もう一人の付喪神と思い出
「このペンギンさん、エミの家の前でふらふらしてたの」
膝の上に乗っているペンギンの頭を撫でながら少女が言う。ルイ君に「モモ」と呼ばれたペンギンを良く見ると、酷く疲労しているようで、目をつぶっていた。黒い羽毛は毛が逆立ってガビガビになっていた。所々傷も見受けられる。
「まさか、モモがペンギンだったとは……」
私は静かに呟く。
でも、どうして、こんな酷い姿になっているのだろう。私は、両の手をぎゅっと握りしめた。
「大丈夫よ。エミが直ぐに病院連れてってあげるから」
話を聞くと、女の子の名前は相沢エミちゃんと言った。エミちゃんが小学三年生と聞いて、私は違和感を覚えた。今日は月曜日。なのに、平日の昼間に私服を着ているエミちゃんが少し気になったのだ。すると、今日は振り替え休日で学校はお休みなのだとエミちゃんが話してくれた。
「あなた達はペンギンさんとお友達なの? 」
エミちゃんがルイ君とクロウさんを交互に見やる。
「友達って言うか……なぁルイ」
クロウさんは歯切れ悪くしながら、隣にいるルイ君に顔を向ける。恐らく付喪神の関係を危惧しているのだろう。そうだよね、話して良いのか分からないもんね。
「友達だよ」ルイ君の一言を聞くないなや、エミちゃんは目を吊り上げた。
「友達なのに、何で一緒にいなかったの!? こんなボロボロになってるのに! 」
「ちょっとエミちゃん……」
私は彼女の怒りを収めようと両手を広げるも、エミちゃんの怒りは収まらなかった。
「一緒にいたんだけど、いつの間にかいなくなってたんだ」
ルイ君は俯いていた。
それって本当?
私は小声でクロウさんに聞く。嘘を付くメリットが思い当たらないため、ルイが嘘を付いていないと言う事は分かるが、ルイ君の話が気になったのだ。
「あぁ、本当だよ」
クロウさんが答えた。
二人がエミちゃんに自分達のことを全てを話したのは、やっぱり時間が経てば忘れてしまうからだろうか。
エミちゃんは最初はびっくりしてたけど、最後には落ち着いて聞いてくれた。
ペンギンのモモは私達が別れる時になってもまだ眠っていて、エミちゃんと話し合った末に、モモは私の家で預かることになった。
「ねぇこんなにケガしてるのに病院に行かなくて良いの? でも付喪神だから病院の先生には見えないか? 」
モモをバスタオルの上に寝かせ、どうしよう……と悩んでいたらルイ君が難しい顔をする。
「ある程度のケガなら時間が経てば自然に治っていくんだけど……こんな酷いケガは初めて見たよ」
私は携帯で応急処置の仕方を調べるも、ペンギンの応急処置の方法なんてあるわけが無く、肩を落とす。
相変わらず目をつぶっており、起きる気配はない。羽にある傷口が開き、中から何かが出てきて
私は慌ててタオルを当てる。
「わぁー!? ほら悩んでる間に傷口から綿出ちったじゃない! 綿ぁ!? 」
傷口から出てきたのは赤い血ではなく、白い綿だったのだ。
「……マリちゃん」
えっ?誰かの声がしたかと思って周りをキョロキョロするも、声の主は目の前にいるモモだった。
「モモ聞こえる? ぼくだよ。今応急処置してるからね」
ルイ君が素早くモモの近くに寄って、声を掛ける。モモはうっすら目を開けた。
「モモちゃん。私はユズハ。あなたを助けるために私の家まで連れてきたの。あなたがぬいぐるみだなんて知らなかった。そしたら、傷口は糸で縫った方が良いかな? 」
聞けばモモが小さく頷いたので、私は裁縫箱を出そうと立ち上がった。
「その様子じゃ、まだマリちゃんとやらには会えてないみたいだな」
クロウさんがため息混じりに聞く。
「この辺りにいると思ったんだけど……体が動かなくなっちゃって」
モモが小さな声で項垂れるので、私は裁縫箱から黒い糸と針を出しながら聞いた。
「マリちゃんって誰? 」
「モモの主だった人。モモはマリちゃんって人を探しにここに来たんだ」
ルイ君がモモの身体から出た綿を傷口に戻しながら言う。
「わたしとマリちゃんは親友だったの」
傷口を糸で縫合し、落ち着いた頃。モモがゆっくりと話し出した。
「わたしのことが見えるのは、マリちゃんだけだったけど、マリちゃんはいつも優しくて、夢に向かって努力してる頑張りやさんだったから、わたしはいつもお話してくれるマリちゃんがいるだけで幸せだった」
マリちゃんの事を話すモモは、懐かしむような口ぶりで、優しい雰囲気を纏っていた。
「わたしはマリちゃんの部屋にずっといたんだけど、ある時マリちゃんが家の人に怒られて泣きながら部屋に入ってきたの。わたしはマリちゃんを慰めたんだけど……」
そこまで言った時、モモは口をつぐんだ。
「次の日マリちゃんは、わたしのことが見えなくなってたの」