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名前のない神様  作者: 春クジラ
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これしか無かったんです!

「ぼくを生み出した主を探して欲しいんだ」


大学生のユズハの前に現れたのは、付喪神の少年と大きな化けガラス。少年の主を探そうと町中を奔走するユズハ達の前にかつて、自分の側にいた付喪神がいなくなってしまったと言う叔母。そして、少年を捕まえようとする男が現れて……!?


これは、子どもの頃の夢と現実の狭間でもがきながらも、成長していく一人の女の子のお話。

帰りに唐揚げと、いくつかのお菓子を買い、コンビニに寄ってミニサラダを買って、私は帰り道を歩いていた。足取りは軽い。


お菓子コーナーでお菓子を選んでいる時、心が踊っている自分に気付いて驚いた。誰かの為に何かを選ぶなんていつ以来だろうか。


しばらく一人暮らしだったものあり、当然自分に必要なものしか今まで買って来なかった。でも、今日は違う。自分以外のものを選んで、重たくなったエコバッグを見る。私は誇らしい気持ちになっていた。鼻歌でも歌ってしまいそうだ。



「ごめんね、遅くなっちゃった」


「おかえりなさいオネーサン! 」


玄関の扉を開けるやいなや、明るい声と共にルイ君が駆けてきた。


唐揚げやサラダをお皿に移し替えて、テーブルに並べる。ホームセンターで買ってあった子ども用のお茶碗に白いご飯をよそうと、ルイくんは目を輝かせた。クロウさんもおぉ、と歓声を上げる。自分用のご飯を袋から出した時、私は大事なことに気付く。


「あっクロウさんのご飯買ってくるの忘れちゃった」


口に手を当て、ゆっくりクロウさんを見る。

すると、ルイ君の横でウキウキしていたであろうクロウさんが声を上げた。


「あぁ~~!? おい小娘、こんなでかくて存在感あるオレの事忘れるとか本気で言ってるのか」


「あっいやでも、カラスって基本雑食でしょ……? 」


えーと、と言いつつ席を立ち、私は冷蔵庫を漁る。良い感じの食べ物……お菓子意外であるかな? あっこれしかない……。


「お待たせしました。どうぞ」


私はクロウさんの目の前にお皿を出す。床に置かれたお皿の上。そこには、こんもりと盛られた茶色いものがある。それをじっと見下ろして、クロウさんは私を見た。


「何だこれは? 」


「鶏そぼろでございます」


「とりぃッ!? おいおいここは地獄か?鬼かよ……。唐揚げはルイがこんなに好きだから、悪いと思って何も言わなかったけど、鶏そぼろは……流石にっ…クソ……食うけど! 」


「これしか無かったんです! 勘弁して下さい! 」


顔の前で手を合わせるも、クロウさんには効かなかったようで、彼の視線はテーブルにある私のドリアに注がれていた。


「お前の飯も食わせろ! 」


「これは私のご飯だからダメぇ! 」


「クロウ僕の唐揚げ食べて良いから! 」


「だから共食いだって言ってんだろうが! 」


三人の声のボリュームが大きくなり、部屋が騒がしくなった時。突然、隣の壁からドンっ! と音が聞こえた。 その瞬間、私は両手を前に広げてストップのジェスチャーをする。そして片方の人差し指を口元に当て、二人に視線を送った。所詮は薄い壁を隔てたアパートである。直ぐ隣には他人が住んでいる。大きい音には気を付けなければならない。


昨日私の部屋に来た時に、説明した事を思い出してくれた様で、二人は口を開いて変なポーズのままピタッと止まった。








「あっ、ねぇオネーサン聞きたい事があるんだけど」


お風呂から上がり。私が膝立ちして、前に座るルイ君の頭をタオルでわしゃわしゃ拭いていた時だった。良いよ。何?と聞くと、えっとね……と、ルイ君は言葉を拾うようにゆっくり話し出した。


「僕「ルイ」って名前の前は付喪神って呼ばれててね。初めは……それが僕の名前かと思ってたんだけど……。他にも僕と同じ名前で呼ばれてる付喪神もたくさんいて、こっちに来てから、あれは僕だけの名前じゃなかったんだなぁって思って寂しかったんだ」


前にいた世界の話と、自分の話もしてくれるなんて意外だった。そう言えば、バタバタしていたせいで、器の事やルイ君が探していると言う主について、まだゆっくり話を聞いていなかった。


「そうだったんだね」と私は頷いて、ルイ君の次の言葉を待つ。クロウさんは、後ろのベッドにいるけれど、随分静かだった。


「だから、今の「ルイ」って名前は好きだし、あの時より安心するんだ。でもちょっと気になった事があって……」


「こっちの世界では、僕みたいに名前がないものってないの? 」


てっきり主について何か知ってることが無いか聞かれるとばかり思っていたので、ルイ君のその言葉に私は少し驚いた。


「何でそんなこと……」私が戸惑っていると、後ろでクロウさんのカッカと笑う声がした。


「元々こっちの世界に降りてきた時、あれは何だ、これは何だって物の名前をいちいち聞くから、教えてたんだよ。そしたらこいつ、不思議がってよ。何でそんなに名前がたくさんあるんだー! って」


「だって、そんなに覚えられないし。僕には名前がないのに良いなぁって思ったんだもん」


悲しそうに俯くルイ君に、私は人差し指をぴんと立てて言った。


「ルイ君にも、本当はちゃんとした名前があったりして」


ルイ君は首を横に振る。


「分からない。だって思い出せないんだもん。あっねぇ、オネーサンも本当はオネーサンって名前じゃ無いんだよね?本当は何ていう名前なの? 」


「私の名前は「てらさき ゆずは」って言うんだよ」


「てらさき……ゆずは……? 」


私を見上げるルイ君の瞳が、少し見開いた。


「えっそんな変な名前だったかな? 」


聞くとルイ君はううん、と首を横に振った。


「良い名前だと思う」






ベッドボードにある小さなオレンジの明かりを付けてルイ君をそこに寝かせる。


私はベッドの横に買ってきた布団を敷いて、そこに入る。


クロウさんは部屋の隅で、掛け布団を敷いた上で、既に寝る体制に入っていた。何もないよりはあった方が良いと思い、羽織る用に軽い毛布を掛けようとしたら、別に平気だとやんわり断られた。


クロウさんが目をつぶると、本当に黒い大きな固まりにしか見えなくて、私とルイ君は顔を見合わせ、小さく笑ったのだ。



静かになったと思ったら、ベッドの上からルイ君が小声で話し掛けて来た。


「ねぇオネーサン」


「なあに? 」


「オネーサンのこと「ユズハ」って呼んでも良い? 」


まさかの呼び捨ての申し出に、私は少し驚いたが、このままずっとオネーサンと呼ばれ続けるのも距離を感じて嫌だったので、私は素直に良いよと言った。


「ユズハって名前は誰が決めたの? 」


「私を産んだお母さんだよ。ルイ君を生んでくれた主っていうのと似てるかな」


「そうなんだ 」と言うルイ君に私はそうだよ、と答える。


「オカーサンはどこにいるの? 」


「こことは違う所にいるよ。前は私と一緒に住んでたけど、今は別々の場所で暮らしてるの」


「僕にもオカーサンいるのかなぁ」


ルイ君がぽつりと呟くように言うので、私は少し黙った。恐らく自分を生みだした主の事を指しているのだろう。そういう意味では母と呼べるのかもしれない。


「うん……きっといるよ。明日は私、学校お休みだから、みんなでルイ君のお母さん探そうか」


私は起き上がり、ルイ君の頭をそっと撫でる。













その夜、私は夢を見た。

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