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名前のない神様  作者: 春クジラ
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誰かの視線

何か言いたげな少年を連れて、私はこっそり裏口から出る。ここなら誰にも見られない。


「ルイ君、勝手に来ちゃ駄目だよ。今日は家で大人しくお留守番してるって約束したじゃない」


少し屈み、目線を合わせながら言えば。ルイ君は俯いて口を尖らせた。


付喪神の少年ーールイ君は、青い雨合羽をすっぽり頭から被っていた。てるてる坊主のようで、可愛らしいシルエットだった。


私はそこで、今日は雨の予報が出ていた事を思い出す。


「だって、オネーサン傘忘れてっちゃったから……」


ルイ君の手に握られていたのは、薄い緑色をしていて縁にレースが付いている傘。私は、はっとする。


「ありがとう。家にあった傘、わざわざ持ってきてくれたんだね」


私は屈んでルイ君に目線を合わせた。礼を言った後、いつも隣にいる黒い烏、クロウさんがいない事に気付く。


「あれ、クロウさんは? 一緒じゃないの? 」


聞くと、ルイ君の口元が笑いを堪えるように、にんまりした。


「クロウ、お留守番してろってうるさいから逃げてきたの! で、オネーサンとこに内緒で来た! 」


「巻いてきたって事!? 」


「巻けるわけねぇだろ」


私が驚いたのとほぼ同時に、頭上から声が降ってきた。


声を主を探して、後ろを見上げる。クロウさんが屋根の上にいた。






「クロウ何で、ここにいるの分かったの!? 」


慌てて逃げようとするルイ君のフードを、飛び降りて来たクロウさんが足で掴もうとする。


「このクソガキ、大人しくしてるかと思えば外に勝手に出やがって。バレバレなんだよ」


「もう、ぼくガキとか小僧じゃないからね。ちゃんと「ルイ」って名前があるの! 」


「ちょっと二人とも! あんま大きな音立てないで!職員さん達に聞こえちゃうでしょ! 」



私の目の前にいる少年は、名前が無かった。


そう、昨日までは━━━



これから少年とやり取りするのに、呼び名が無いと不便だと思った私は、昨夜少年の名前を考えていた。少年はと言うと、冷蔵庫にあった冷凍食品の唐揚げに感動して、自分の名前を唐揚げにしようと言い出したので慌てて止めたのだ。


クロウさんが恐ろしそうな様子で、美味しそうに唐揚げを頬張るルイ君を見ていたのは、気づかなかったことにした。


「ルイ」と言う名前は、私が紙に名前の候補を書いて、彼自身に選んで貰ったものである。






私は大きな声を出すルイ君を抱え込んで口を塞いだ。大人しくなったルイ君がフガフガして何か言いたそうにしていたので、私は手を退ける。


「僕たち、みんなには見えないよ」


「えっ? 」


「見えないから、大丈夫だよ」


あれ?「みんなには」見えない?初めて教会の屋根に、ルイ君が私達を見下ろしていたあの時の状況を思い出す。そして、今の言動に引っ掛かりを覚えたのだ。何かおかしい。


「クロウに乗ったぼく達が見えてたのオネーサンだけだったから……」


そこで違和感を感じた私は「待って」と二人に顔を向けた。


「みんなには見えないって、あの教会にいたルイ君達を見てたのは私だけじゃなかったでしょ? 」


そうだ。今思い起こせば、そもそも教会の屋根にいる、ルイ君を最初に見付けたのは私じゃない。別の人だった。


それに人だかりが出来る程には、集まっていた。つまり、沢山の人の目に見えていたのだ。


「見える、けど直ぐ忘れちゃうんだよね」


ルイ君が傷ついたような顔をするので、私は心が苦しくなった。


「あー、確かに今の言い方だと他のやつらも見えてんじゃんってなるよな」


すまない、とクロウさんも言う。


他の人は一時、見えても直ぐに忘れてしまうらしい。


私と出会う前、ルイ君と少し仲良くなった女の子がいたそうだ。初めて出会った日の翌日が雨だったので、まだ落ち着いて住める場所も、雨を凌ぐ道具も無かった彼らは、外を自由に歩けず、屋根のある所で一日過ごした。


そして翌日、会いに行ったら女の子はルイ君を完全に忘れてしまっていたと、クロウさんが話してくれた。



「あちこち飛び回って、色々やったけどオネーサンだけだよ。時間経っても僕達を忘れてないの」



ルイ君が不安そうな表情をするので、私は小さな頭を優しく撫でた。ルイ君はそれに安心したのかふふっと笑う。さらさらとした金色の髪が春風にそよぐ。


そして、ん?「あちこち飛び回る」と言う言葉に私は、ある事を思い出して恐る恐る聞く。


「ねぇ、色々やったって言ってたけど具体的に何したの? 」


二人は、きょとんとした顔で。


「クロウに乗って、人がたくさんいる所飛んでたよ」


ね? ルイ君がクロウさんに続きを促す。


「そうだ、まず主って言う一人の人間を探さねぇといけねぇからな。だったら、行く場所は手っ取り早く人間が大量にいる所だよな? 駅やショッピングモールとか行ったぞ」


私はそれを聞きながら、ロッカーでおばちゃん達が噂話の内容が脳裏に甦った。




駅前にいた人達の頭に、突然葉っぱが落ちて来たり。孫のいる学校で、朝会で体育館に集まってた所に突風が吹いたりしたんだって━━



「もしかして、駅とかで葉っぱ降らせたりしてたのって……」


二人は顔を見合せる。


「そう言えば、そんな事もしたね」

「したな」


「それ、怪奇現象って噂になってるからね!? 」


ルイ君達が見えてた人達が、時間が経った今では、記憶がないとしても。トラブルが起きるリスクはゼロとは限らない。


二人が早々に出会った人物が、理由は分からないが、飛んだ彼らを視認出来た上、衣食住を提供出来る自分で本当に良かった、と私は安堵したのだ。


「でも、らいこう達には普通に僕たち見えるから。やっぱり隠れてなきゃね……」


呟いたルイ君の言葉に聞きなれないものがあり、私は聞き返す。


「らいこうって? 」


「昨日襲ってきた奴だ」


クロウさんが、そう言った時だった。突然、アラームが鳴った。見ると、バイトの制服のポケット、自分の携帯のアラームだった。


「あっ休憩時間もうすぐ終わっちゃう! 」


「ほら、小僧。こいつは仕事に戻るってよ」


そう言うと、クロウさんはぴょこぴょこ動きながら方向転換する。クロウさんは体が大きいが、普段の動きは、普通の鳥と動きが変わらないのでちょっと面白い。


私がバイトに戻らなければならない事を知るなり、ルイ君はつまらなそうに口を尖らせた。私は目線を合わせるように屈む。


「家で待ってるだけじゃつまらなかったよね?ごめんね、今日夕飯にまた唐揚げ買っていくから、良い子でクロウさんとお家帰れる? 」


宥めるように言えば、ルイ君が目を輝かせた。


「えっ本当!? 」


「うん。だから、今日はお家で待っていて。今日は唐揚げだけじゃなくて、他にも美味しいもの沢山あるから、買っていくよ」


「やった!オネーサンありがとう! 」


ルイ君はそう言って、辺りを駆け回り始めた。


「危ないから道には出ないようにね! 」


口元に手を添えて言えば、ルイ君は元気な返事を返す。


ルイ君を見ているクロウさんの隣に、私は歩み寄った。


「クロウさんもありがとう」


お礼を言うと、クロウさんはむすっとした様に言う。


「礼を言われる筋合いは無いぞ」


「だって本気だったら、ルイ君を家から出さないことも出来たんですよね? ルイ君が退屈してるのを見て、見守りながらここまで来てくれたんですよね? 」


「……俺の優しさを分かってんじゃねぇか」


ひねくれたように言ったつもりだったみたいだったけど、本当にそう思ったので私は素直に頷く。


「うん。クロウさんは優しい人なんですね」


「……そこは何言ってんだとか冗談でも突っ込んでくれよ。こっちが恥ずかしいだろうが……」




ご機嫌な様子で帰るルイ君と、見守る様に屋根や電柱に留まりながらそれを追いかけていくクロウさんの後ろ姿を見送ると、私は張り詰めていた緊張をほどくように脱力した。


二人と話している間、終始ひやひやしていた。職員の誰にも見られていないだろうか。バイトに戻ろうと、私は振り返った。


緊張が走った。身体が硬直する。裏口の戸の隙間から、目がこちらを覗いていたのだ。




ふと目が合った相手は、裏口の隙間から身体を滑り込ませると、ゆっくりとこちらに出てきた。

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