遠い記憶
翌日。私はアルバイト先であるスーパーマーケットにいた。結局あれから二人と話し合い、少年の主が見つかるまで、二人を家に泊める。と言う事で落ち着いた。
寝る時、ベッドを使っていいよと少年に言えば、跳び跳ねて喜んだので、一体今までどんな生活をしていたのか聞きたかったが恐くて聞く事が出来なかった。
今日は元々、午前中から夕方にかけてシフトが入っていたため、二人を家に残して私はアルバイトに向かったのだ。
バックヤードに戻ろうと、商品の後片付けをしていた時。後ろを通った女子高生の会話が耳に入ってきた。
「うち、昨日の帰り。怪奇現象にまた会っちゃった」
「この前、学校であったようなやつ? 」
「そう。駅行くまでの道に教会あんじゃん? あそこでさ━━」
私は後片付けをする手が止まった。この辺りで教会と言うと、付喪神の少年を初めて目撃した場所にしかない。あの時、後ろの女子高生も自分と同じ場所に居合わせていたらしい。女子高生達の話はまだ続いていたが、追い掛けてまで立ち聞きする訳にはいなかったので、私は後ろ髪引かれる思いで、バックヤードに向かったのだ。
「お疲れ様です」
休憩室に入る。休憩室は質素な造りで、部屋にはテレビが一つと長机と椅子があるくらいだ。後ろの席で同僚と先輩が、笑い声を上げながら話していた。同僚は、地元の中学が一緒だった元同級生。先輩はこのアルバイト先で出会った。確か一つ歳上だった気がする。
二人は私が部屋に入ってきた瞬間こちらを見たが、直ぐに何事も無かったかのように笑って話続ける。
今、明らかに目合ったよね?
挨拶すら無視だなんて。あの日から覚悟はしていたけれど、最低限のマナーをやめるつもりはない。相手に合わせて自分が変わることを強いられる方が嫌だった。
しかし、そんな態度を取られる度に、これで良かったんだ。むしろすっきりした。そう言い聞かせて、私は出来るだけ離れた席に着く。
休憩室でいつもコソコソ何か話しているのは知っていた。このバイトを始めて、少し経ったある日のバイト終わり。私がロッカールームに向かっていると、休憩室にいる二人が窓越しに見えた。休憩室の窓枠は大きく、通路から中の様子が良く見える。お先に上がります、と声を掛けようと顔を覗かせた時、私は目を丸くした。同僚の男の子を壁に立たせ、二人が腕組みして立っていたのだ。
休憩室の入り口近くの席。あの人達がいる場所とは席が丁度、対角線上になる。一番距離を取れるここが、今や私の特等席になっていた。それでも聞こえてくるのは、仕事の出来ない同僚や客の悪口ばかり。
気付かれないようにため息を付く。お弁当を食べた後は、休憩が終わるまで携帯アラームをセットし、机に伏せてしばらく仮眠する。それが、ここ最近のお昼休みの過ごし方だった
目が覚める。ふと、見上げたらTVが付いていた。絵本の特集をしてるようで、作者らしき人がインタビューを受けている。
「では、今回の作品は桜庭先生が子どもの頃に考えていた物語を下地に描いたものなんですね」
女性アナウンサーと話をしている女性が絵本の作者らしい。見た目は三十代くらいの若そうな人だった。朗らかな笑みを浮かべて答えている。
「そうですね。下地と言うより、本当に土台だけなんですけど。子どもの頃に想像してたものがこうして絵本にして出版する事が出来て幸せです」
そのインタビューをぼーっと眺める。そう言えば、私も子どもの頃に絵本みたいなもの作ったっけ。私はTVを眺めながら頬杖をつく。小学校の時、写真から物語を考えると言う国語の授業があり、それがとても楽しくて、提出期限ギリギリになるまでいつまでも書いていた。
そこまで思い出して、私は首を捻る。どんな物語だったっけ。
記憶を探っても全然思い出せない。まるで、ずっと歩いていた道が突然途切れてしまったかのように。どうしてだろうと考えていると、視界の端にちらちらと何かが見えた。それを見た瞬間。私はうわっと声を上げそうになる。
窓越しに付喪神の少年が、満面の笑みでこちらに手を振っていたのだ。