16 キス
「ん」
気づいたら、私はえいちゃんにキスをしていた。
ほんとに自分が何をしたのかしばらくの間分からなくて、それでもその間私の唇にはえいちゃんの唇の感触が確かにあった。
「ん……」
思わず甘い声が漏れてしまう。
唇を離したところで、ようやく自分がえいちゃんにキスをしてしまったんだと理解した。
「……」
「……」
視線はばっちり合っていて、それでも私たちの間に会話はなかった。
私たちの間を、生暖かい風が吹き抜けていく。
えいちゃんは驚いたような表情をしていた。
自分からしておいて、たぶん私も驚いたような表情を浮かべていたと思う。
「……あっ、ご、ごめんね、えいちゃん」
「……お、おう」
やっと出てきた言葉はぎこちなさに満ち溢れていた。
えいちゃんから視線をそらして、唇を人差し指でそっと触れる。
まだキスの感覚が、唇にあった。
「いやーその……ね? き、キスしたくなる時も、あ、あるでしょ?」
自分でもわけのわからないことを言ってるなと思ってるけど、もうこんな言葉しか出てこない。
「そ、そうだな。うん、そういうときもある」
「え、えいちゃんもあるの⁈」
「あ、あるとも。ええ、あるとも」
えいちゃんも不自然だ……
それほどえいちゃんも動揺してるってことなんだろう。
なんだか……嬉しい。
「まぁそれに幼馴染だし、キスするのも当然だよね!(混乱)」
「そ、そうだな! 欧米とかでは挨拶でキスとかするらしいし、付き合いが長くて家族みたいな俺たちだったら、キスも? まぁ自然なんじゃないか?」
「た、確かに! そうだよね、キスしてて普通だよね!」
「常識だよ常識」
「あはは~」
「あははー」
「「……」」
ダメだもう私おかしくなってる。
これ以上何か言ったらボロが出てしまいそうだ。
穴があったら入りたいって、きっとこういう気持ちなんだろうな……
「そ、そろそろいこっか! 閉会式始まってるし」
「お、おう! でも俺はもうちょっと黄昏れたい気分だから先行っててくれ。あとで行く」
「う、うんわかった。あとでね~」
「お、おう」
私は逃げるように保健室を出た。
しばらく歩いて、誰もいないことを確認して、しゃがみ込む。
「わ、私ほんと何してんだぁ~!」
顔から湯気が出るくらいに、照れくささと恥ずかしさで頭がいっぱいになった。
***
「お、俺はさっきから何言ってんだよ……」
みくるにキスされた。
それもだいぶ長時間。
驚きを隠せない。
今もまだ唇にはみくるの柔らかい唇の感触があって、思わず指でなぞってしまう。
「嬉しいのかびっくりしてんのか、ほんとわかんねぇな……」
心の整理がついていない。
心が事実に追いついていなかった。
幸いにもみくるは先に帰ったので、今保健室には一人だけ。
今の俺の姿を誰かに見られなくて済んだので、ひとまずはよかった。
きっと今の俺、過去最高に変な顔してるだろうし、顔真っ赤だろうし。
「ゆ、夕日のせいにしてしまおう……」
しまいにはわけのわからないこと呟いちゃうし……
ひとまず一人になれたことをよしと思っておくことにした。
少し心が落ち着いたところで、一つ疑問が浮かぶ。
——なんで、みくるは俺にキスしてきたんだ?
みくるは「キスしたくなる時がある」とか言ってたけど、冷静に考えればそんなことあるわけなくて。いや、あるのかもしれないけど……みくるは今までそんな素振り見せてこなかったし。
「幼馴染だから自然」というのも混乱した中で出てきた超理論だし。
「あぁーもう考えてもわかんないわ」
結局答えは出そうになかったので、しばらくの間保健室でぼーっとしていた。
***
私は見てしまった。
英二さんとみくる先輩が、キスしているところを——
それは本当に偶然で、ただみくる先輩が怪我したということを聞いて、四人を代表して確認しに行った時だった。
運よくドアを少し開けた時に見てしまって、そのまま音を立てずにその場を去ったから私が目撃したことは多分二人にはバレていない。
でも本当に驚いた。
あの二人、いつの間にそういう関係になっていたなんて。
確かに二人三脚をしている姿を見て、やっぱりお似合いだなと思っていたし、付き合っていない方がおかしいくらいだから別に不思議はない。
けどいつの間に……
「ほんとすごいな……」
気持ちが宙に浮いたまま、閉会式に遅刻して参加した。
少しでも面白いと思っていただけたらブックマーク、評価、感想お願いします
Twitterもやっていますので、僕の名前から飛んでフォローしてくださいまし!
ちなみに最後の視点は、分かる人はわかると思いますが三ツ谷デス。