第9話 出発!!
勇者一行が、アルデナを発つ日がやってきた。
同時に、女神フルミも、神殿を離れて、旅に出る日であった。
「フルミ様、後のことは、このミドゥリにお任せを」
ミドゥリがぺこりと頭を下げる。
シスターたちは、まだ信じられないといった顔で、フルミの姿を見ていた。
「ミドリちゃんは優秀な子だからねえ。シスターたち、頼んだよ! 」
フルミにそう、告げられ、シスターたちも慌てて頭を下げた。
「フルミ様、馬車が来ました」
そう、勇者パーティのうち、黒髪の女性が頭を下げて告げる。
フルミは、その女性を見た。
「ああ。よろしくね、あんたは……ええと」
「モリジニアと申します。国によって、発音がモージニアになります」
「んーと、じゃあ、モーちゃんだね。よろしくね、モーちゃん」
「え……あ……はい」
モリジニアと名乗った、その女性は、目をぱちくりさせた。
そう。
おばあちゃんという生き物は、名前を短縮して呼びがちなのだ。
「モーちゃんは、戦士さんかい? 」
「その通りです。といっても、この格好では、すぐにわかってしまうかもしれませんが」
モリジニアは、自分の姿を見下ろした。
女性用武具を着け、腰に日本刀に似た刀を差した姿である。
髪も、邪魔にならないように、ポニーテイルにしているが、その艶は失われていた。
「ふーん。じゃあ、うちのパーティは、戦士が2人いるのかい? 」
「……は? ええと、リカルドのことなら、あの筋肉では信じられないかもしれませんが、ヒーラーです。要するに、回復士ですね」
「ほう? じゃあ、なんであんなに筋肉ついてるんだい? 」
「リカルドの趣味は、筋トレですから」
その言葉を受けて、フルミは馬車の御者台に座るリカルドを見た。
馬車を神殿脇につけると、そのまま御者台から下りて、荷物の上げ下ろしを始める。
「……なかなか、苦労してそうな子だねえ」
「まあ、うちは、リカルドがいなければ成り立たないパーティですからね」
勇者は、そんなリカルドを手伝いもせず、悠々と馬車に乗って、くつろいでいる。
フルミは「まあ! 」と文句を言いたげにしたが、リカルドに「荷物を積み終わったので、どうぞ」と言われ、幌付き馬車に渋々乗り込もうとした。
……その直後。
「あっ……」
フルミが、がくんと馬車のステップから足を滑らせる。
「フルミ様! 」
リカルドと、モリジニア、そして、大人しそうな杖を持った勇者パーティの残り一人が、叫んだが、間に合わない。
フルミは、ぎゅっと目を閉じたが、すぐにがくんと、腕を引き戻された。
「っ!何してんだ婆様!」
フルミの左腕を取ったのは、勇者オーロックだった。
オーロックは、そのままフルミの腕を引き、乱暴に馬車の中にたぐり寄せる。
「はあ……婆様、いきなりこんなところで死んだり怪我したりするなよ!? 皆の迷惑になるだろうが! 」
そう、オーロックは、そっぽを向いて言った。
フルミは……というと、キラキラと瞳を輝かせて、オーロックを見ていた。
「すごい! オーロック、あんたやればできるじゃないか! そうだよ、仲間っていうのはそういういたわり合いをしなきゃね! それだよ、オーロック! 」
「……うっせーな、婆様は。ちょっと手を貸したくらいでこの騒ぎようじゃあ、ヒール一回貰ったくらいでも大騒ぎするんじゃねえか? 」
オーロックは、そう言っているが、少し顔を赤らめている。
照れているのだ、要するに。
「くふふっ……」
「ぷっ……」
周りを見ると、リカルドとモリジニアが笑いを押し殺している。
ミドゥリは胸をなで下ろし、シスターたちもざわついていた。
「この感じでは、勇者殿は、フルミ様の尻に敷かれそうなのです」
と、もう一人の、錫杖を鳴らした女性がそう言った。
そして、残りの女性二人も、馬車に乗り込むと、勇者をからかいたそうにクスクスと笑う。
「……あーっ、うるせえうるせえ! さっさと行くぞ、リカルド、馬を出せ! 」
「そうしますか、勇者様」
まだ笑いをこらえながら、リカルドが言って、ぴしりと馬に鞭を入れた。
馬車が動き出す。
「ミドリちゃん、またねえ! 」
「フルミ様、ご武運を」
フルミの右肩には、ミドゥリの持たせた「明智十兵衛光秀」……つまり、情報端末がふわふわと浮かんでいる。
これで、いわゆる通話ができるわけである。
こうして、フルミたちは、一路、「神々への謝罪の旅」に出たのだった。
――
「リカルドくん、そういえば、謝る神々っていうのは、何人いるんだい? 」
フルミが、御者台のリカルドにそう聞く。
リカルドは、少し考えて言った。
「フルミ様を除くと、あと3柱ですね。火・水・地。その属性を持つ神々です」
「なんだ、それだけなのかい! それなら、さっさと終わらせて戻れそうだねえ! 」
「……フルミ様、もしかして、移動距離をわかってらっしゃらない?」
「ふん? 」
フルミが、返事をすると、オーロックが答えた。
「火の神殿までは、いくつ村を経由するかわからない。誰も数えていないし、その情報を得るには、金が必要だからだ」
「村くらいいくつでも通るだろ? 何言ってるのさ」
「ちなみに、最短の村までは馬車で3日だ」
「ふへえ!? 」
フルミは、そこでようやく、事態の大きさに気付いたようだった。