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第3話 明智十兵衛光秀(名前)

 フルミの巫女であるミドゥリは、カツカツと神殿の廊下を歩いていた。

 同時に、ため息も出てしまう。


「あ。ミドゥリ様。ごきげんよう」

「ごきげんよう、シスター」


 廊下で、ミドゥリやフルミの世話をする、シスターに会って、なんとか疲れた顔を見せたくなく、笑顔で挨拶をする。

 しかし、シスターはミドゥリの前で顔を曇らせる。


「ミドゥリ様、フルミ様は一体どうなされたのでしょう……? 」

「…………」


 それは、ミドゥリこそが一番誰かに聞きたい事柄である。


「フルミ様は……確かに少し常人離れしたところがありましたが、髪が伸びているだけではなく、中身もまったく違う人格が乗り移ったような……。ミドゥリ様なら、お祓いはお得意ですので、私も口を出すまいと思っていたのですが……」

「フルミ様は、至って普通よ。何も取り憑いてはいない。それは、巫女である私が一番わかっているわ」

「しかし、もしや魔王軍の残骸が、フルミ様に影響しているのでは、と。私、心配で……」


 シスターの言うことも、ミドゥリにはよくわかっていた。

 今、風の神殿中では、フルミの振る舞いや口調について、様々な憶測が流れていた。

 いや、神殿中だけではない。

「お言葉」を聞きに集まった信者たち、アルデナの民たちからも、不安の声が上がっている。


「でも、銀髪に青の瞳、間違いなく『風の女神』の特徴そのものだわ。魔王軍だって、フルミ様そのもののような姿形をした何かを送り込むことはできない。女神の外見の特徴は、何人たりとも複製することはできないのよ」

「はあ……」


 まだ、不安そうにミドゥリを見るシスターに、ミドゥリは「大丈夫よ」と、ぽんぽんと肩を叩く。


「もし、これ以上人々が不安に思うようであれば、私が直々に民に公表するわ」

「……私には、教えてくださらないのですね……」

「意地悪でやってるんじゃないわよ? あくまでも、神殿を守るためだわ。話すべき時がきたら、あなたにもちゃんと話をするから」


 ミドゥリは真実を知っているが、まだ誰にも話をしてはいなかった。

 しかし、あのフルミの行動を見ていると、彼女は簡単に真実を話してしまうだろう。

 だから、ミドゥリは、フルミに「監視」を付けているのだ。


『ミドリちゃん、ミドリちゃーん!! 助けておくれよおー!! 』

 ミドゥリの耳に装着した、その「監視装置」から、フルミの声が聞こえる。


 ミドゥリは、「では、失礼」とお辞儀をしてから、シスターと別れ、フルミの元に歩みを進めた。


『フルミ様、フルミ様、怖い』


 フルミの過ごしている部屋にミドゥリが駆け込むと、フルミはクッションで何かを抑えているところだった。


『ミドゥリ、助けて、助けて』

「この子のねえ! 体を洗ってやろうとしたんだけどねえ! あたしに爪を立てるんだよお!! 明智十兵衛光秀がねえ! 」


 ミドゥリは、本日何回目かのため息を吐き出す。


「フルミ様、それは情報端末ですので、あまり愛着を持ってはいけないと言ったではありませんか」

「でもねえ、汚れてたらかわいそうじゃないかい!? 動物虐待じゃないのかい!? あたしの明智十兵衛光秀なんだよお! 」

「ですから、動物ではないと……というか、名前まで付けられたのですか……」

「おばあちゃんねえ、大河ドラマを観てるんだよお! 良い男がねえ、いっぱい出るからねえ! 明智十兵衛光秀も、良い名前だろう? 麒麟が来そうだろ? 」

「…………」


 ミドゥリは、扉の前から、部屋の中に入ると、フルミの抑えていた動物……いや、情報端末を取り出す。

 それは、ふわふわとした、毛玉のまんじゅうのような、灰色の動物だった。

 ジャンガリアンハムスターにも似ているが、それが、ふわりと空中に浮く。


『フルミ様、危険! 僕を水に入れる、危険!』

「そうなのかい? ハムスターは洗っちゃいけないのかい? 秋篠宮様は、ハムスターを池に入れて、上皇に池にたたき落とされたんだよお! そういうことなのかい? 」


 ミドゥリには、現代日本と言われる世界の知識はない。

 ……が、訳のわからないことをいちいち聞いていたら、このフルミとは付き合っていられないのだ。


「そういうことです」

「そうなのかい!? 怖いねえ! あたしゃ、もう少しで明智十兵衛光秀を殺すところだったのかい!? まああ恐ろしい!! ミドリちゃん、教えてくれてありがとうねえ! 」

「……いいえ」


 ミドゥリは、そう答えて、資料をフルミのデスクの上に置いた。


「あれ! また仕事かい! サインするだけなんだから、ミドリちゃんが代わりにやってくれるって手もあるんだよ? おばあちゃんは、そういう悪知恵が効くんだよ! 」

「そういうわけにはいきません。大体、フルミ様の筆跡は、私には真似できないじゃないですか」

「ミドリちゃんは、『日ペンの美子ちゃん』とかやったことないのかい? おばあちゃんは、硬筆も毛筆もできるんだよ! 字が綺麗だって、年賀状書く時もじいさんに頼まれてねえ……」

「へえ。それでは、私が他は書きますから、お手本をここに書いてください」

「そうかい? じゃあ、お手本を書くねえ……」


「……上手ですね!一枚だとまだわからないので、2枚目も書いてください」

「そうかい? ばあちゃんは字が上手だろ? 」


 ……結局、そうやって、ミドゥリはフルミに、全ての書類にサインをさせたのだった。

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