第18話 詐欺師勇者と貧民女神
オープンテラスの喫茶店。
そこで、オーロックとフルミは、二人で仲良く……という雰囲気ではないが、デニール名物のチャイを飲んでいた。
「男たちの持ち金が、合わせて15デニリオン。やったな婆様、鍛冶屋代を引いて、5デニリオンの儲けだぜ」
「……ふん」
あの後、オーロックの武器である大剣を鍛冶屋に預け、こうして呑気に茶を飲んでいるわけだ。
しかし、フルミはやはり不満そうである。
「いくら強盗だからって、人の財布から勝手に金を取っていくってのはどうだろうね……」
「何言ってるんだ婆様。俺たちは万年金欠なんだぜ? 倫理がどうとかマナーだとかはその次だろ」
意外そうに、オーロックはそううそぶいてみせる。
フルミは、冷やしたチャイを、ストローでずずっと吸い込んだ。
「……で、な。婆様。3デナルだ」
「……何がだい? 」
「その、コールドチャイの値段だ。3デナル」
オーロックが、ずいっとフルミの目の前に手のひらを上にして、差し出す。
フルミは、気色ばった目で、オーロックを見る。
「……ミドリちゃん、デナルってのはいくらだい? 」
『1デナルが100円です』
そう、羽の生えたハムスター型の情報端末からミドゥリの声が聞こえる。
フルミは、がたんと机を叩いてみせた。
「ふざけるんじゃないよ!三百円であたしに恩を着せるっていうのかい!? 」
「あれ? 婆様は今、1デナルでも持ってるのか? もちろん、持ってるから言えるんだよな? 」
オーロックに茶化され、フルミは「ぐぬぬ」と顔を引いた。
「……1デナリオン、返したじゃないか……」
「あれは、婆様の10デナリオンの借金から引いたってことだろ? 今日稼いだ15デナリオンのうち、7.5デナリオンが分け前。10デナリオンから7.5を引いて、2.5デナリオン。そこから婆様の1デナリオンを引くと1.5デナリオン。そしてこのチャイの値段を足すと、1.53デナリオン、つまり1デナリオン5デニール3デナルな? わかるか、婆様? 」
「ぐっ……! 」
フルミは、声を詰まらせて、恨めしそうにオーロックを睨んだ。
「……なあ婆様。俺は別に、1.53デナリオンくらい、チャラにしてやったって良いと思うんだぜ? 」
オーロックが、急に声を潜めた。
フルミは、顔を上げる。
「良いのかい!? 」
「もちろんだ。何言ってるんだ婆様、俺たちは仲間じゃないか。仲間って本当に素晴らしいもので、とても金なんかに代えられないと思うんだ。そうだろ? 」
「うんうん、オーロック、わかってきたじゃないか! その通り! 仲間は大事なんだよ! 」
「ただ、婆様、俺は悲しいんだ。こんなに信頼している婆様だって、いついなくなるかわからない。人であれ神であれ、気が変わって、とか俺のことが嫌いになって、とかでいなくなるかもしれないだろう? 」
「そうだね。それは悲しいだろうね」
「だから、婆様は、1.53デナリオンに誓って、ここにちょっとサインをして欲しいんだ。何、ただのお飾りのご契約書だが、これで婆様を引き留めておけるなら、安いもんだ」
「そうかい? じゃあ、書くねえ……」
と、フルミはペンを持った手を、ぴたりと止める。
「お? どうした、婆様? 」
「……あたしの目が悪いのかねえ? ここには、100.53デナリオンって書いてある気がするんだけどねえ? 」
「それはいけない。婆様は本当に目が悪いんだな!? まさか、そんな大金を綺麗事だけで借金背負わせるわけないだろ? ……でも、この契約書は、一応処分しておこう。誰かが拾って悪用するといけないからな! はははは! 」
「はははは! そうだね! まさかいくら最低勇者のオーロックでも、老人の情につけこんで騙すような、そんな卑怯でゴミで人間のクズみたいなことをするわけないよね! ははははは! 」
「「はははははは!!」」
二人はそう言って笑い合った。
はたから見れば、オーロックの娘とまではいかないが、仲の良い兄と妹が談笑しているように見えるだろう。
しかし、内心では、激しい精神的殴り合いのバトルが起きているのである。
とことん、オーロックとフルミは、仲が悪かった。
――
「皆、それぞれ買い物はできましたかな? 」
集合時間。
まだ、腕をつねり合っているオーロックとフルミ、そして、リカルド、モリジニア、リリーシャが集まっていた。
「もちろん! 」
「色々と買ってしまったのです。やはり大きな市は良いのです」
モリジニアは服を、リリーシャは装飾品をそれぞれ見せた。
そこに、オーロックが、リカルドに金を差し出した。
「リカルド、ちょっとした商売をして余った金だ。5デナリオンある。こいつを足しにしてくれ」
「ほお? 商売? オーロックも、フルミ様と一緒に来たということは、お二人で何か? 」
「ああ。共同作業でできた金だ」
「そうそう、共同作業でね。本当に、あたしの名に誓って、汚い金じゃないよ! 」
「ふむ? 」
リカルドは、不審そうにしていたが、結局は「金はあればいい」と思ったらしい。
「そうそう、炎の神殿の方に行ってきたのですが、明日、炎の神に謁見する手はずが整いました。今日は疲れたでしょうし、皆、宿を取ってゆっくり休みましょう」
「そうするかな」
「あー、疲れた疲れた」
そうして、リカルドについていくオーロックとフルミを見て、モリジニアとリリーシャは声をひそめる。
「なんか怪しいわよね」
「しかも、なんだか二人は、いかにも取っ組み合いを始める気配だったのです。おかしいのです」
仲間たちには、気配で二人に何かあったかがばれていた。