第16話 フルミ、大ピンチ!
「はい、1デニリオンずつです。オーロックは10デニリオン。これで好きな物を買ってきてください」
決して重たいとは言えない硬貨の詰まった袋から、リカルドの太い指が器用にデニリオン銀貨をつまんで、皆の手のひらに乗せる。
皆……特に女性陣は、顔を輝かせて、「えー、何買おうかな-? 」とはしゃいでいる。
「1デニリオン……1万円かい。結構何でも買えそうだねえ」
フルミは、そう言って、きょろきょろと市を見渡した。
服や装飾品、雑貨、それに食べ物……。
なんと、ここからは遠い国の、氷の魔法で鮮度を保った海産物まで売っている。
『商人の街』の大市に、フルミは興味を示していた。
「婆様、ぼーっと歩くんじゃねえぞ。気をつけろ」
「わ、わかったよう……」
オーロックにそう言い含められ、フルミは手のひらのデニリオン銀貨をローブのポケットにしまった。
「では、ここで一旦自由時間にしましょう。買い物が終わったら、南の大門……今立っているここですな。ここに、集合ということで」
「「はーい! 」」
女性たちはそう言うと、めいめいに市の人混みへと消えていった。
男性2人も、それぞれ別の方向へと歩いていき、残されたフルミは慌てて、自分も市の中へと駆け込んでいった
――
「はえー、大きい市だねえ! どこで買い物するかねえ! 」
フルミは、感嘆の声を上げて、それから、テクテクと市を見て歩くことにする。
果物や肉などの生鮮食品は、全て加工……干し肉やドライフルーツにしてある他、おそらく魔法の使い手であろう商人が、大量に氷をぶちまけている。
フルミは、それに気を取られて、しゃがみ込んだ。
「すごいねえ……氷の魔法は、こういうことにも使えるんだねえ」
「お嬢ちゃん、一人かい? 危ないなあ……ここら辺は治安も良くないし、気をつけるんだよ? 」
「ありがとうね、おっちゃん! 」
店の主にそう声をかけられ、フルミは慌てて立ち上がった。
そのまま、アクセサリー売りの元で、またしゃがみ込む。
「綺麗だけど……あたしはローブを被ってないといけないからねえ。今のあたしなら、可愛い女の子だし、ちゃんとすれば似合うかもしれないねえ」
うんうん、とうなずいて、フルミはまた立ち上がる。
そうやって、市を見て回ったフルミは、一つの露店に目を奪われた。
有名な露店らしく、かなりの人が並んでいる。
そこの露店では、新鮮なサシの入った牛肉を、やはり氷魔法で凍らせて売っていた。
看板には、「1名様分1デニリオン」と書いてあるのを確認する。
「あれえ~! あれは和牛かい? 美味しそうだねえ! 」
フルミは、ちょこちょことその露店をのぞき込む。
それに気付いた店の従業員らしき女性が、にこりと笑った。
「試食をどうぞ! 」
「あれえ、試食もできるのかい。一つ貰おうかね」
焼いた肉に茶色いソースのかかったその料理を、フルミは頬ばった。
美味い。噛んでいると、勝手に唾液が、久しぶりのサシの入った牛肉を感知して、次々とあふれてくる。
肉の線維がプチプチと心地良い。そして、脂がジュースのように舌にまとわりつく。
「はああ、美味しいねえ! 硬い干し肉とは大違いだ! 」
「これは、若い雄牛の餌にエールを混ぜて育てたんですよ。脂の乗りが素晴らしいでしょう? さらに、牛舎でマッサージも施され、まさに『美食のための肉』なのです! 」
若い従業員が、そう言って微笑む。
フルミは、「エール? 」と首をかしげた。
情報端末から、「フルミ様、エールはビールのことです」とミドゥリの声が聞こえる。
「ああ! ビールかい! なるほど、和牛と同じ育て方をされてるってことだね! 」
「ビール? 和牛? ……もしかして、別の国の方ですか? だとしたら、余計にうちのお肉はお土産にでも買っていくべきです! 溶けない氷を使っていますので、遠距離でも大丈夫ですよ! 」
「そうかい? じゃあ、これを5人分買っていこうかね? 」
「ありがとうございます! 注文は通しておくので、行列に並んでお支払いと受け取りをお願いします! 」
フルミは、「皆に美味しい物を食べさせてあげたいねえ」と、行列に並んだ。
――
15分ほどしたところで、フルミの番がやってくる。
「はい、5名様分『最高級デニール牛ステーキ肉』ね! 2デニリオンを5セットで、『10デニリオン』になります! 」
「……へ? 」
フルミのうきうきとした気持ちが、一気に冷める。
なにせ、フルミが手にしているのは1デニリオン。
フルミは、慌てて看板に目をやる。
そこには、確かに「1名様分2デニリオン」と書いてあったのだった。
間違えた――!!
しかも、1名様分も1デニリオンと間違えていたので、どっちにしろ5名分買ったら5デニリオンな時点でアウトだったのだが。
「え……えっと……困ったねえ……」
フルミは、断ってここを去ろうかと思ったが、フルミの後ろには行列ができている。
ここで下手に揉めると、その他の客に迷惑がかかるのであった。
「えっと……えっと……」
フルミは、ポケットの1デニリオンを、冷や汗が手のひらにまで染みた手で、握りしめた。
そのときだった。
「10デニリオンだな。これでぴったり、頼む」
「はい、お嬢ちゃん、商品ね。毎度! 」
「え……? 」
フルミの横から、にゅっと腕が出て、店主に硬貨を渡す。
フルミは、慌ててうつむいてしまった顔を上げた。
「……何やってんだ婆様」
「オーロック! 」
そう、フルミの窮地を救ったのは、オーロックその人であった。