第14話 勇者様をイジってみよう
「はあ……最初の依頼をこなしたと思ったら、たった5デニリオンか。魔獣も、熊一匹だと? 全く心躍らない依頼で何よりだ」
馬車の中、オーロックが銀貨を指で空中に弾いては、それを手のひらでつかむ。
仮にも、オーロックは勇者であるし、その退屈さ加減は仲間たちもわかっていた。
「しかし、一銭にもならないよりはマシでしょうな」
「それもそうだが。リカルド、金勘定はお前に任せる」
「はいはい。私は戦うよりも、商人として金を数えていた方がマシですがな」
ヒーラーであり、恵まれた体型をしているリカルドだが、そう言ってため息をついた。
「5デニリオン? 要するに5万円だろ? ちゃんとした依頼じゃないか」
「ごまんえん……? よくわからんが、俺たちが直々に売れば、10デニリオンだったんだぜ? それに、俺たちは仮にも勇者ご一行だ。5デニリオンくらいでどうのこうの言っていたら、装備も何も買えやしない」
フルミは、ふうっと息をついて、馬車の側面に体を預けた。
「それにしても、次の炎の街は、大きい所なんだろうね? 」
「はい。炎の街デニールは、とても大きなところです」
「そこには、炎の神が祀られていますのです。露店市も沢山出ていて、かなり活気がある街なのです! お買い物ができますのです! 」
女性は買い物でストレスを発散するというが、モリジニアとリリーシャもその性質を持っているらしい。
二人で、「お買い物! いえーい! 」とハイタッチをしてみせる。
「おい、リカルド、デニールでは一人当たりいくら支給される? 」
「うーむ……5デニール……いや、奮発すれば1デニリオンは配れますな! 」
「……だとよ、女共」
「「うえーい……」」
1デニリオンは、現代日本の価値で言うと、1万円である。
1デニールが1000円なので、5デニールは5000円、かなり奮発をしたようだが。
「1デニリオンごときで我々の欲望は満たされないですよ……」
モリジニアが、がっくりと肩を落とす。
オーロックは、そんな女性たちを見て、ふん、と鼻を鳴らして横になった。
自分から気勢を削いでおいて、この態度である。
「……あんた、本当にどうしようもない男だね」
フルミがそう言うと、オーロックは、フルミと反対方向に寝返りをうつ。
「そんなに女共を哀れと思うなら、婆様自身が活気づけてやればいいじゃないか。お節介焼きの婆様が」
「こういうのはリーダーであるあんたが言うからこそ、だろ。あんたはいつもの態度が態度なんだから、あんたが気を使って喋ってやれば、あの子たちだってわかってくれるさ」
「……めんどくせえ婆様だな。俺はあいつらにも、あんたにも、好かれようとは思わないね」
「……あんたも相当めんどくさいと思うよ」
オーロックは、もはや何も言うつもりはないらしく、そこで黙った。
フルミは、仕方なく、女性たちの所に戻って、気落ちしている女性たちの側に座った。
「あんたたち、オーロックが半分の5デニールしか要らないから、女の子で分けろって言ってたよ! 」
「ばっ……! 言ってねーよ!! 」
「ほら、聞いてる。本当はこの子たちが気になるって、普通に言えば良いじゃないか。素直じゃないねえ。そういうのは尋常小学校で卒業しないと」
「……? 何小学校だって? ともかく、俺は勇者特権で10デニリオン貰うつもりだからな、リカルド! 」
「えっ……ああ……はい……」
急に話を振られたリカルドが、仕方なさそうに返事をする。
「勇者特権とか、ずるいのです」
「オーロック、横暴すぎるぞ! 」
「うるせえうるせえ、婆様、こういうのが女共の厄介なところだ。ちょっと甘い顔をすると、これだ。こんな奴らにかしづくような真似をするなんて、世のフェミニストとやらもお里が知れるところだな」
「オーロック、女の子は大事にしないといけないよ」
フルミが、静かに言う。
その声のトーンの真面目さに、一瞬馬車内がしんと静まった。
「……婆様はフェミニストで結構なことだな。俺が熊を仕留めなければ、こいつらは5デニリオンですら稼げなかったんだぜ? 」
吐き捨てるように、オーロックが言った。
フルミは、フードの下の、青い瞳で寝転がったままのオーロックを見つめる。
「…………わかったよ。今のは俺も言い過ぎた。謝る」
向こうを向いたままのオーロックが、ぼそりとそう告げた。
「オーロックが……! 」
「謝ったのです……! 」
「うるせーな女共! 一言謝ったくらいでいちいち騒ぐんじゃねえようっとうしい! 第一、人が寝ようと思ってる時に騒ぐんじゃねえ! 」
「……全く、素直じゃないんだから。でも、謝ったのは偉い。どれ、ばあちゃんが、子守歌を歌いながら膝枕でもしてやろうか? 」
「婆様の外見だと、俺がロリコンに思われるじゃねえか! やめろ! 馬車だって通るし、歩いてる奴らだっているんだぞ!? 」
「……なんだかんだでオーロックも、フルミ様には敵わないようですな……」
御者台で手綱を操りながら、リカルドが小さな声で呟いた。
それに応えるように、馬車を引く馬たちが、ブルル、と鼻を鳴らしてみせた。