第13話 一撃必殺!
「……勇者殿は、昔はあんな感じじゃなかったのです」
大きな帽子を布団の上に置いた、リリーシャの髪は、後ろ髪だけをまとめ上げていた。
ブルーのかかった綺麗な髪が、さらりと音を立てる。
「……その。口調はあんな感じで乱暴でしたが、やっていることは基本的に人助けで、決して自分の欲のために動く人ではなかったのです」
「まあね。何であんな男になったかね」
モリジニアが、悪態をつくように言った。
リカルドは、男性の寝床と女性の寝床を分けるために、衝立を広げているところだった。
「今では、仕事らしい仕事もせず。安価な風俗嬢のところに行って、追加料金を払わずに本番行為を強いる人になってしまったのです……」
「改めて聞くと、クズの極みだねえ……」
フルミは、遠い目をしてそう言った。
リリーシャが、ふるふると首を振って続ける。
「おかげで、夜のお店では、オーロックは出入り禁止なのです。それこそ、ヤクザたちにも目を付けられているのです」
「じゃあ、旅をして良かったんだ? これだけ街と街が離れているのなら、悪い噂もヤクザも追ってこないだろう? 」
「でも、噂はどうしても広がってしまうです」
「噂というか、本当の話だしねえ……」
女性たちは、ため息をつく。
「……そもそも、魔王の首を取ったのは、オーロックじゃないです」
「んん? どういうことだい? 」
「オーロックが……」
「リリーシャ! それ以上言わない! 」
モリジニアに叱られ、リリーシャは「ぴい」と声を上げる。
「大将首を取ったのは、オーロックじゃない……? 」
フルミは、考えた。
そこへ、畑の方から、この家の主のおじいさんとおばあさんが、室内に走り込んできた。
「あ、わわわわわ! 」
「何かあったのね!? 」
「ご老人! しっかり! 」
モリジニアと、リカルドが老人たちを介抱する。
と、畑の向こう側で、オーロックが大剣を構えている。
その向こう側には……。
「熊だ! それも、あの巨大さは、『穴持たず』だよ!! 」
フルミが、そう言うと、一行がフルミの方を向いた。
「フルミ様、穴持たずとは……?」
「その体が巨大すぎて、冬眠ができなかった熊のことだよ! 例外なく、その熊は凶暴で、一度荒らした畑の味を忘れない! 来ていたのはイノシシじゃなくて、熊だったんだよ! 」
しかし。
オーロックは、落ち着き払って、構えた大剣をだらりと下げた。
「……来いよ。熊公。びびってんのか? 弱虫熊公」
「グルルルル!! 」
「自分より小せえ者しか相手にできねーんだろ? 来いよ」
そして、熊は、ファイティングポーズを取った。
今にも、襲いかからんという、頭を低くしているポーズだ。
次の瞬間、熊が走った。
「オーロック!! 」
「勇者殿!! 」
見ていた仲間たちが、声を上げる。
しかし。
ぺん、と。
オーロックは、サイドステップで突進してきた熊の脇に入り、大剣で熊の側面を叩いた。
それだけ、だった。
「ウグルグル、ググググ……」
その熊は、ぐるぐるとその場を回ったかと思うと、ばたん、と倒れ込んだ。
「……!! 」
仲間たちも、いつでも助けに行ける体勢のまま、止まってしまった。
身長2mを超えるその熊は、叩かれた脇腹を大きくえぐられ、オーロックの元で泡を吹いていた。
「やはり! 」
「今でも、勇者オーロックは健在なのね!? 」
仲間たちは、一斉にオーロックの元に駆け寄る。
しかし、当のオーロックはというと。
「うっせーな。熊一匹倒したくらいで、そんなに騒ぐな。鬱陶しい」
と、小指で耳をほじくっていた。
――
「さすがは勇者オーロック様! さあ、熱いうちにどうぞ! 」
夕食時、熊汁と、川魚を揚げたもの、そして野菜の千切り、という、質素ながら麦粥をすすっていた頃とは比べものにならない食事に、一行は舌鼓を打った。
「じいさん、肝はどこへやった? 」
「もちろん、保管してあります。肝は高く売れますからな」
「熊の右手も保管した方が良いよお? 」
「へえ、右手を? 」
「熊は右手でハチミツを取るから、右手は美味いんだよ。ちょっとした高級珍味だねえ」
「ほお」
気の良い、農家のおじいさんとおばあさんという2人は、フルミの知識に驚きながらうなずいた。
「肝は、卸値が10デニリオン。俺の分け前として5デニリオン。さっさと用意してくれよ」
「は、はい。直ちに……」
「ちょっと、食ってるときに金の話をするんじゃないよ! 」
「婆様、あんたは働いてないだろ。いつ金の話をしようと、働いた俺の勝手だ」
「働く暇がなかったんじゃないか」
オーロックとフルミは、いつも通りににらみ合った。
しかし、オーロックは、強い。
2m級の穴持たずを一撃で、しかも撫でるほどの軽い力で叩き殺すという、大技をやってのけたのだった。
「しかし、勇者様はやはりお強いのですね! あの熊を一撃とは! 」
「……あの程度で、か。じいさんもばあさんも、魔王世代じゃねーのか? もっと厄介なモンスターなんて死ぬほどいるだろ」
「はあ……しかし、この辺りは、アルデナという大きな街がありましたし、魔物もそっちの方に行っていたので、あまり被害はありませんでした」
「ふん。なるほど」
要するに、アルデナは、周辺の村の避雷針になっていたわけである。