第12話 最初の村
3日、野宿をして、ようやく最初の村に着いたフルミ一行である。
決して美味いとも言えない麦粥。
春とはいえまだ寒い時期に、川の水で行水。
馬車内は立ち上がることもできず、ひたすら尻や足の痛みと戦う日々。
そんな、フルミ曰く「戦時中以下」の生活だったが、村に着いてしまえばこちらのものであった。
「うう~~~~~~! ん~~~~~~~! 」
フルミは、馬車から降りて、思いっきり深呼吸しながら体を伸ばした。
そして、辺りを見回す。
鶏が特産なのか、大きな鶏小屋が目に入った。
戸数20程度の小さな村である。
畑もあり、有刺鉄線のようなもので作物を守っているが、その有刺鉄線が一部、破られている。
「宿! 宿はあるのかい? 」
「こんな辺鄙な村に、宿なんてあるわけねえだろ。民宿だ」
「民宿! 懐かしいねえ。あたしは熱海におじいさんと旅行に行った時に、民宿に泊まったんだよ」
「婆様、その話は長くなるか? 泊めてくれそうな家に話を付けてくる。リカルドは、馬車を頼む。女共は、荷物の番をしていてくれ。婆様は……うん……」
フルミに指示を出そうとした勇者は、一旦一人一人指さしていた人差し指を、フルミに向けたは良いが、すぐにふにゃりと人差し指をしまう。
「……日光浴でも何でもしててくれ。ただし、『風の神』だとバレるなよ? めんどくせえからな」
「あい、わかった。ちゃんとこのフードを被っていくよお」
フルミは長いローブを着ていたのだが、それにフードを付け足して、顔をすっぽり覆えるようにしていた。
馬車の上での暇な時間、フルミは「暇なら裁縫でもしててくれ、婆様」と勇者の一言で、皆の服の穴が空いたところを繕ったり、ちくちくと縫い物をしていたのだった。
もちろん、馬車は揺れるが、指先に針が刺さるより、フルミは退屈を恐れていた。
――
しばらくして、オーロックが「宿が取れた」と報告しにやってきた。
「じいさんとばあさんだけの、古い家だ。宿代は、5デニールだそうだ」
「5デニール? ということは、1デニリオンしか持っていないので、お釣りが5デニール必要になりますが」
「畑を荒らすイノシシ共を狩ったら、タダでいいそうだ」
「なるほど、それは冒険者に頼むしかないことでしょうな」
オーロックとリカルドが、そんな話をする。
フルミは、はて?と首をかしげる。
「5デニール? 1デニリオン? 」
「硬貨の種類なのです。デニールが、一番安い銅貨。デニリオンが、一般的に使われている銀貨なのです」
『聞こえます? フルミ様。1デニールが、フルミ様の世界では100円。1デニリオンが1000円と考えてください』
「ああ、ミドリちゃん! 懐かしいねえ! 元気だったかい!? 」
『……離れてからまだ4日なんですけど』
ふわふわと宙に浮く、情報端末の『明智十兵衛光秀』が、神殿にいるミドゥリの声を届ける。
フルミは、ぽんと手を叩いた。
「外国為替相場の話かい? む、難しいねえ! 」
『……多分違うけど微妙に合ってますね……』
「おい、行くぞ婆様たち! 」
オーロックに声をかけられ、フルミと女性一行は、勇者の後をぞろぞろとついていったのだった。
――
「イノシシは、俺がやる。そろそろ血の味に飢えてきた頃だ」
オーロックが、あてがわれた、ふすまで仕切りをしてある十畳ほどの大部屋で、大剣を磨きながら言った。
フルミは、心配そうにオーロックを見る。
「一人で大丈夫かい? オーロック。ばあちゃんがついていこうか? 」
「田舎のばあちゃんかよ!! ……いや、本物の婆様だったな。婆様は、俺を何だと思ってるんだ? 」
「ヤンキーとか舎弟のヤクザっぽい兄ちゃんだと思ってるよ」
「そういうことじゃねえよ。俺は、勇者・オーロックだぞ。イノシシくらいに手こずってる男を、勇者だと思うか? 」
「それもそうだねえ」
そして、フルミは、既に敷いてある客用……とはいえ、押し入れに長くしまってあったせんべい布団に横になる。
そして、そこでストレッチを始めた。
「体が! なまっちゃって! しょうがないからねえ! 」
「まあ、そのうち、嫌でも体を動かす時が来るからな。婆様の能力には期待してるぜ」
大剣を、いくつかのパーツに分解して掃除していたオーロックは、綺麗に磨いた剣を、再び組み立て始める。
このオーロック、意外と細かい性格をしているらしい。
「夜になったら行ってくる。イノシシ共は夜行性だ。畑を荒らすのなら日が落ちてからだろう」
「オーロック、私も同行しようか? 」
筋肉のついた体を、フルミと同じように自重ストレッチをしていたリカルドが、起き上がる。
オーロックは、若干嫌そうな顔をした。
「なんでお前が来る必要がある? 」
「そんな顔なさらずとも。ヒーラー役は必要では? 」
「要らない。お前まで、婆様に感化されたか? イノシシを倒せない勇者が、どうやって魔王に挑むんだ? 」
「ふむ。それはそうですな」
リカルドが、顎に手を当てて考え直す。
オーロックは、大剣を背負った。
「……行ってくる」
「え? まだ日暮れには時間が……」
「あのな。じいさんとばあさんが外で畑仕事してんだ。イノシシが出たらどうするんだ、泊めて貰える宿がなくなるんだぜ? 」
「……案外、この子は優しい子なのかもしれないねえ」
フルミはそう、ぽつりと言った。