第11話 野芹の麦粥
ぐつぐつと中央で鍋が煮立っており、それを囲むように、勇者一行は地面に腰を下ろしていた。
鍋の中は、麦の粥。
小麦の実をお湯で煮込んだだけの、質素なものである。
それを、ずぶ濡れになった勇者一行が、火に当たりながら料理ができるのを待ちわびている。
「近くに川があって良かったですね! 」
リカルドが笑うが、皆は、一様に押し黙る。
それもそうであろう。
川の水は冷たく、しかし、衛生面で問題が起きるために、川にぶち当たったら身を清めておく必要があった。
しかし、着ていたものを洗濯すると、男性陣も女性陣も、ローブ一枚で火に当たらないとならなかった。
「……リカルドは筋肉バリアがあるから良いのです」
帽子娘――名前を、リリーシャという、魔術師が、ぼそりとそう言った。
彼女も、鶏ガラのように痩せており、ガタガタ震えながら火に当たっている様は可哀想の一言であった。
「……ほら、干し肉だ。皆に配れ、リカルド」
「おお、勇者殿、豪勢ですな! こいつをかじれば、元気モリモリですな! 」
リカルドが、豪快に笑って、女性たちにも干し肉を配り始める。
リリリ、と虫の鳴く声。
まさに道ばたで、敷く物もなく、煮炊きしている姿は、涙を誘った。
「……うっ……うっ……」
フルミはというと、先ほどからずっと泣きじゃくっている。
その理由が、これだ。
「戦時中を思い出すねえ……! みじめだった……みじめだったよ、あの頃は……! 」
「みじめとか言うな、婆様。村についたら、これよりはマシな食事も生活環境もできる。だから、辛気くさい顔すんな、鬱陶しい」
オーロックが、干し肉をかじりながら言った。
しかし、リリーシャがぎゅっと、食事の際も手放さない、錫杖を握りしめる。
「でも、平和な世の中になった今、冒険者の需要があまりないのです。つまり、お金を稼げる手段があまりないのです」
「元勇者一行ってことで、ネームバリューで泊めてくれるところだと良いけどね……」
モリジニアも、それに続く。
勇者は、面倒そうにあくびをした。
「フルミ様、神殿でのお食事からすると、劣るかもしれませんが、麦粥ができましたので、お召し上がりください」
リカルドが、人好きのする顔で笑って、粗末な木の器に麦粥を取り分ける。
この麦粥も、塩のみで味付けした、シンプルすぎるものであった。
「うう……でも、温かい食べ物を食べられるってことは良いことだねえ……」
フルミは、それを受け取ると、木のさじで掬って、ふうふうと息を吹きかける。
そして、「あち、あち」と言いながら、麦粥を口に入れた。
「…………ううー……イギリス軍の味がするよお」
「イギリス軍? 」
「まず……い、いや、美味しいねえ! 温かくて美味しいねえ! 皆! 」
何か言いかけたフルミであったが、さすがに振る舞われたものをけなすことはできなかったらしい。
なんとか笑顔を作って、ぐるりと皆を見渡すが、麦粥をすするその顔は、一様に暗い。
「……わかってますよ、不味いってことは」
「むう。誰も、美味しいと思って食べている人はいないのです。日持ちがするから行動食になっているのです」
そのまま、しーんとする一行に、フルミが立ち上がった。
「ちょっと、行ってくるよ! 」
「何だ? 婆様、食ってるときに便所か? 」
「違うよお! まだ、日が落ちきっていないし、ちょっくらその粥を美味くするものを取ってくるよお! 」
「粥を美味くする……? 」
勇者一行は、首をかしげる。
しかし、それに異を唱える者はいなかった。
皆、一縷の希望を持って、フルミを見送ったのである。
――
「待たせたね! 」
戻ってきたフルミが持っていたのは、植物であった。
葉がぎざぎざしていて、茎は真ん中が空いている。
それを、フルミは、指先でちぎって、鍋の中に入れ始めた。
「おいおい婆様。これは何だ? 食えるのか? 」
「こんだけ水が綺麗ならって思ったんだよ。野芹だ。水の綺麗なところに生える、野菜だよ」
「ふん? 」
「懐かしいねえ、あたしも昔は、田んぼの横の用水に生えていたのを食べたもんだ。あんまり火を通さなくても平気だよ。そら、食べてごらん? 」
皆が聞いていたのは、今のフルミは今までの『風の女神フルミ』ではないことだ。
しかし、異世界人なら、何か状況を打破する術を持っているかもしれない、という期待もあった。
「じゃあ……」
「いただきますのです……」
こういうものは、女性の方が割と度胸があるものだ。
女性2人が、芹を入れた麦粥に口を付ける。
と、同時に、目を見開いた。
「美味しい! なんだか、香辛料っぽい味になった! 」
「風味が爽やかなのです。そういえば、5年前に立ち寄った村でも、こういう味の野草が出されたことあるのです」
「どれ……」
勇者も、リカルドも、それを聞いて麦粥に口を付ける。
「……ふん。なるほど。食えなくはない」
「オーロック、素直に『美味い』と言えば良いのだ。いやあ、フルミ様は、やはり『知恵の女神』ですな! 」
そう言って、リカルドが笑った。
「どうだい!? 」と胸を張るフルミに、皆が感嘆の声を投げかける。
「……悪くはないぜ、婆様」
一人、野芹の麦粥をすすりながら、オーロックは、そんな「褒め言葉」をつぶやいた。