第10話 冒険者という者たち
「み、3日!? お風呂はどうするんだい!? 」
「川や湖があればラッキーだな。喜べ、天然の風呂だぜ? 」
「トイレは!? 」
「もよおしたら馬車を止めてやるから、その間にそこら辺でしてこい」
「寝る場所は!!? 」
「大自然がベッドだ。……まあ、女共はうるせえから、婆様も馬車の中で寝かせてやるよ」
フルミは、わなわなと両手を動かした。
「なんてことだい!? 戦時中でも、もっとマシな生活だったよ!! 」
「旅から旅の冒険者なんてこんなもんだ。むしろ、俺たちは恵まれてる方だぜ? 駆け出しや中級の冒険者は、そもそも馬車なんて持てないから、荷物背負って徒歩だからな。それよりはマシだと思えよ」
オーロックが、腕を組んで壁にもたれながら言う。
その目は閉じられているが、眠ってはいないらしく、フルミの相手をしながら休んでいるようだ。
「お、女の子たちも、こんな待遇で良いのかい!? もっと、女性が声を上げるべきじゃないのかい!? ウーマンリブ運動だって、平塚らいてうが声を上げたんだよ!? 」
「……えーと……どこもこんなものですよ? 私たちは国から支度金が出ましたから、良い方です」
「まあ、その支度金も、荷物と馬車と装備品買ったら雀の涙しか残らないのです」
戦士のモリジニアと、もう一人の大きなハットで顔が見えない、背の低い女性たちがそう呟くように声を出した。
フルミは、「はあ~~~~」と大きくため息をつく。
「せめて車とは言わないけど、バイクが欲しかったねえ! 」
「バイク? メカニックの一種なのですか? それなら、大地の街にあるのです」
帽子娘が、そう答える。
フルミは、すぐに飛びついた。
「あるのかい!? 」
「ええ。でも、そもそもバイクを人数分買うお金がないのです」
「3台買って、二ケツすればいいじゃないかい!? 」
「それでも、バイクは高額ですし、そもそも大地の街からだと燃料が保たないのです。燃料が産出する国は限られていますのです」
フルミは、「うぐぐ」と声を詰まらせた。
まさに打つ手なし、である。
「あ、でも……」
「『でも』!? 何かあるのかい!? 」
声を上げたモリジニアに、フルミはにじり寄った。
「村や街を困らせているモンスターを倒せば、お金は稼げます。モンスター退治は、冒険者の大きな収入源ですから。しかし、大きな収入を得るには、それだけ危険な仕事をこなさないといけません」
「むう……小さい仕事をちまちまこなして、お金を貯めるのはどうだい? 」
「フルミ様は何年冒険者として過ごすつもりです? 小さくお金を貯めていると、それだけ年月が経過してしまうということです」
「うぐっ……」
フルミは、喉の奥でうなった。
つまり、冒険者というのは、ぱーっと大きな仕事を得なければ、金も尽きてしまうということだった。
「あ、でも、オーロックは勇者なんだろう!? それに、皆も! じゃあ、皆、強いんじゃないかい!? 」
「……フルミ様。私たちの年齢、わかってます? 」
「ほ? 」
「オーロックでさえ、勇者として魔王に勝利した当時は23歳。そして今は、28歳です」
「若いじゃないか! 」
「23の頃と、ブランクが5年あるのですよ。そして、私たちも5年間、それは、何もしてこなかったわけではないですが、冒険者として5年ブランクがあるのは大きいです。その5年をどう取り戻すか……」
「婆様は神様だろう? 婆様がどうにかできないのか? 」
オーロックが、目を閉じながら口を開いた。
フルミは、自分を指さす。
「あたしがかい!? いや、あたしはそもそも、下級魔術しか教えて貰ってないよ! 」
「……神様なのに? 」
「この体はあたしの体じゃないんだよ! 」
「……? 」
勇者一行は、大きくクエスチョンマークを出す。
フルミは、かいつまんで今までのことを話した。
――
「ふん。じゃあ、婆様は本当の婆様だってことか。戦力になるかと期待して損したな」
オーロックが、そんな憎まれ口を叩く。
他の一行は、口をぽかんと開けている。
「そ、そんな……フルミ様が、この世界のことを何も知らない異世界人だなんて……」
「我も、ちょっと信じられないのです。これは困ったことになったのです……」
「どうしますかな。しかし、ご老人となれば、更に困ったことです」
勇者一行は、口々にそんな感想を述べた。
フルミは、銀の髪をさらりと撫でて、腰に手を当てて立ち上がる。
「今は老人じゃないよお! ピチピチの女の子だよお! 」
「まあ、それでも、俺より強いことは確かだがな。ちなみに婆様、馬車の上で立ち上がると、側面から落ちて助ける間もなく轢かれるぞ」
オーロックのその言葉を聞いて、フルミは、静かに体育座りをした。
「あたしは、今はピチピチの女の子だよお……。ちょっとだけ、若返りすぎた気もするけどねえ……」
「大丈夫なのです。神々は元々不老長寿なのです」
落ち込むフルミの頭を撫でながら、帽子娘がにこっと笑った。
少し青みがかかった長い髪が、さらりと揺れる。
フルミは、帽子娘の手を握った。
「あんた、良い子だねえ! あたしの孫にならないかい!? 」
「えー、突然すぎるのです……」
帽子娘は、重すぎるその言葉に、若干引き気味になっていた。