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第1話 おばあちゃんは女神!?

 梅沢キヌは、おばあさんである。


 御年99歳で、大往生として、この世を去ることになった。


 思えば、平凡な女の人生であった。

 小学校を出た後、大店にて奉公をして働き、家族を養い、その家族からのお見合いの勧めを受けて、おじいさんと結婚した。


 その後、戦争やら何やらはあったものの、幸いにもキヌの家族は全員無事。災害も、病害もあったが、キヌは時には涙し、くじけることはあったものの、99まで生きたのだった。


 おじいさんはキヌより先に亡くなった。

 そしてキヌは、愛する子供・孫に囲まれ、ささやかな幸せを感じるまま、99まで生きたのであった。




 ……そう、ささやかで、普通の幸せを手に入れたのが、梅沢キヌという女性である。




 病院のベッドから、キヌは見知らぬ空間に立っていた。


 晩年は膝と腰の痛みに悩まされていたのが、全くなくなっている。

 それどころか、老眼鏡がなければ見えなかった自分の手のひらのシワの一つ一つまでくっきりと見える。

 多少認知症の気配のあった頭の中は、若い頃のようにクリアになっている。

 

 部屋を見渡すと、真っ青な空と白い雲が眼下に見えた。

 そして、その部屋の脇に、扉が一つ。


 それから、部屋の中央……キヌの立っている真っ正面に、紅茶を傾ける若い女性がいた。


 胸がぱんと張っており、ローブのような簡素な服を着ている。

 真っ白な髪は、キヌの晩年のような白髪まみれの頭ではなく、その女性の神秘性を増していた。


「……ええと。梅沢、キヌさんね。99歳。まあ、長生きしたこと」

 その女性は、くるくると自分のミディアムショートの髪を指に巻き付けながら、書類のようなものを見ている。

 キヌは、思わず目を丸くした。


「お姉さん、そんな格好じゃ冷えちまうよお!ばあちゃんが肩掛け貸してやるから! ほら」


 今度は、目を丸くするのは女性の方だった。

 キヌは、強引に女性の腕を取り肩を取り、ショールを羽織らせる。

 ちなみに、そのショールは孫娘のものだったが、いくら孫娘が「ショール」と教えても、キヌは「こりゃいい肩掛けだね」と、頑として「肩掛け」という言葉を使っていたのだった。


 そして、おばあちゃんというものは、大抵が寒くもないのに、常に人……特に女性の冷えには気を使うものなのである。


「あ、ありがとう……ございます……? 」

「いいよお。ばあちゃんは頑丈だかんなあ! 」

「……ええと、申し上げにくいのですが、キヌさん。あなたには、仕事があるのよ。私は『運命の女神』。キヌさんには、私の仕事を引き継いで頂きます」


 運命の女神は、そう言って、一つ咳払いしてみせる。

 キヌに崩された自分のペースを取り戻そうというのだ。


 しかし、それがまた、あだとなった。


「お姉さん、咳してんがな! 飴やるから舐めなっせ! ええと、手提げ《バッグ》……ママー!! ばあちゃんの手提げどこにやったっけなー!? 」

「お、落ち着いてください。お嫁さんはまだ亡くなってないので、ここには来ません! 」


 運命の女神は、アラベスク模様のカップをかしゃんと置き、キヌをなだめる。


「キヌさん、あなたはもう亡くなっているのよ」

「はあー、そうだっぺなあ? じゃあ、お姉さんが観音様ってことかい? ナンマンダブツ、ナンマンダブツ……」

「だ、か、ら、運命の女神って言ってるじゃないですか! 観音様じゃありませんし、そもそも南無阿弥陀仏は阿弥陀如来に捧げるお経でしょうが! 」

「あんれー、そういやあたしは死んだんかい? じゃあ、葬式は要らねえよって隆一に言わなきゃならんべや」

「もう死んでるので、伝えられないでしょうが!! 話聞いて!! お願いだから!! 」


 ついに、運命の女神は、だん、と拳で目の前のテーブルを叩く。

「おお、おっかねえ。若い子は気が強くて、あたしみたいな婆さんは震えちゃうべな」

「ぜんっぜん言ってることとやってることが違う……」


 運命の女神は、腕を組んで、ようやく話を聞く姿勢になったキヌに言い渡す。


「キヌさん。あなたは今度は、異世界の神として、神殿に祀られる神になって頂きます」

「はあー、神様かい? 恐れ多いねえ! 」

「それも、知恵を司る、風の神、『フルミ』。それがあなたの次の仕事ですよ」

「へええ! あたしは次はフルミって名前なんかい!? カタカナでハイカラだねえ! 」

「……あなたのキヌって名前も確かカタカナでしたよね……? 」


 運命の女神は、完全にツッコミキャラとして定着してしまいつつあった。

 しかし、おばあちゃんという生き物は、その場全ての空気を掌握する術に長けているのだった。

 簡単に言えば、「KY(空気読まない)」。


「いいかしら? あなたは知恵の神ですから、それ相応の態度を取ってくださいね? 」

「知恵の神ってのは、偉い人のことだろ? 田中角栄先生みたいな人になれっていうのかい? 」

「うーん、たとえがよくわからない! ともかく、神様らしくすることです! 私からは以上! では、転生先に転送します! 」


 運命の女神が片手をさっと振ると、ガチャリと室内にあったドアが開いた。

 そこから重力が発生し、キヌ……いや、フルミはそこに吸い込まれていく。


「あれえ~~~!! ばあちゃんは遊園地は嫌いなんだよ!! 心臓が止まっちまうよお~~~!? 」


 ばたんと、フルミを飲み込んだドアが閉まった。


「つ、疲れた……。『運命の女神』に格上げされるのって、こんなに疲れるものなの……? 私も職場変えようかしら……」


 運命の女神は、そう言って、がっくりと上半身をテーブルに突っ伏したのだった。

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