第1話
-27歳の冬
男はたまたま実家に帰ることになり、東京駅から特急に乗り込んだ。
最終列車にも関わらず、満員でったあったが、出発ギリギリになっても男の隣の席は空席だった。そんなことはどうでもいいと思いながら、男はホームをボーッと眺めていた。
男は地元を離れて5年になるが、東京を好きにはなれなかった。しかし、バンドで売れるためには東京に住まなければならず、安定しない非常勤のカウンセラーとしてクリニックで働いていた。週の合間を縫って月に何度もライブを行う。こんな生活をもう5年も続け、一向に目がでないことと年齢が年齢だけに焦りを感じ、神経が磨り減っていた。
少しずつ辛さを感じてきた男は、忘れたい出来事を次々と思い出してしまった。
男は東京都の中でも、特に新宿が嫌いである。大学時代に付き合っていた女性と最後に旅行した場所だからである。彼女が嫌いなのではなく、思い出に浸る自分と新宿という思い出が未だに忘れられず、新宿を嫌いにしてしまっているのだ。
そんなことを思い出し、男はため息をついているもしも彼女が今この空席に座ってきたら、僕はなんて声をかけるだろうか。
男と彼女は大学を卒業後、遠距離恋愛になってしまった。男は大学院に行き、彼女はホテルマンとして、京都に行ってしまった。男は最後のデートで彼女が男に言ったセリフを思い出していた。
彼女:ねぇ、本当は行って欲しくなかった?
男:正直言えば行って欲しくないよ
彼女:もー早く言ってよ!もっと早く言ってくれれば行かなかったのに!
男:だって、俺は今まで自由にやってきて、バンドばっかしてバイトして、君と一緒にいることよりも優先してしまった。そんな俺が君にどうこう言う資格はないんだ。
男は「行かなかったのに」と言われたことに対して素直に喜んでいた。今にして思えば、もっと早く止めていれば今も彼女と付き合っていたのだろうかと考えていた。
彼女と別れた後もズルズルと引きずり、他の女性と付き合うこともなかった。寝ても覚めても、男の中には彼女との思い出ででいっぱいであった。そのおかげか、バンドマンの嵯峨なのか1年掛けて彼女に対する曲を作り上げた。男が作ったその歌を、寒い冬の日に彼女がいないライブハウスで歌ったのだ。初めてその曲を披露し終えた後、ライブに来ていた知人にこう言われた。
知人:「俺もさぁ彼女と別れてさぁ〜いろんな思い出が蘇えったよ。いい曲だね!ありがとう」
男はその発言に対して憤りを感じていた。
男の心の中:「なーにが、ありがとうだよ!ふざけんじゃねぇ!セフレもいて、早く彼女と別れたいってぬかしてた野郎が、俺の歌に共感するんじゃね!もっと他の奴に聴かせたいんだ」
男は少々捻くれていた。しかし、これまでラブソングやら、失恋ソングというものを作ったことはなく、寧ろ自分とは何か、反骨精神剥き出して歌っていたため、こう言った失恋ソングを褒められたことは少し嬉しく、葛藤していた。
男は一旦彼女に関する記憶から抜け出そうと、買っておいたコーヒーに手をつける。一息ついたところで、カバンからスマホを取り出し音楽を聴く。流れてきた音楽はTHE BLUE HEARTSの「君のため」。男が音楽を聴くきっかけになったバンドである。バンドを始めたばかりの頃の懐かしさを一瞬噛み締めながら、カバンからパソコンを取り出し、カウンセリングの記録を個人情報のため、こっそりと記録していた。
男はカウンセリングで高校生のClに言われたセリフが頭から離れなかった。
Cl「大人ってどっからが大人なんですか?働いて税金納めて、土日に家族サービスをすれば大人なんですか?満員電車に揺られながら死んだ魚みたいな目をしてこのまま定年まで迎えるのがそんなに偉いこと何ですか?」
男は今の現状からして何も言えなかった。
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初めて執筆するので、至らぬ点が多いと思いますがよろしくお願いします。本日は一旦ここまでにしようと思います。