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入学

※この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称は架空であり、実在のものとは関係ありません。


※基本主人公の一人称視点で話が進み、それ以外のキャラの視点は三人称で進みます。


  海軍通信学校に入ったのはそこが授業料が必要なく、かつ私の経歴と学力で入れる場所だからだった。

  私、アラベラ・バーナードは自分で言うのもなんだが物覚えが良くて勉強ができ、かつ手先の器用な女だった。初等教育学校の成績は常にトップクラスだったし、運動も得意な方だった。

 でも家は貧乏だった。

 家族は両親と弟が2人、妹が1人。家族6人で貧民街のフラットに住んでいた。

 父は農村から溢れ出た農民で王都の軍需工場で職工として働いていたが、工場を経営する会社はそんな父を安い労働力として買い叩いた。夜遅くまで働かされて給料は雀の涙。暮らしはかつかつだった。

 そんな家庭が娘の中等教育進学費用など用意できるわけもなく、私は初等教育学校卒業が近づくと選択を迫られた。

 就職か、結婚か。

 周りの多くの女性は前者を選んでいた。でも女性が就ける仕事なんて限られている。飲食店のウェイトレスとか工場の女工とか。もう少しハイレベルなのだと電話の交換手とか。

 でもどの仕事に就いたって給料はものすごく安い。それこそ職工の父がもらうわずかな給料のさらに半分以下。実家暮らしして下宿費を浮かせても手取りはほとんど残らない。

 でもそれだけなら正直我慢もできた。問題は人間関係だった。

 私は初等教育学校に入った時から女ばかりの環境が嫌だった。派閥をつくり、見栄を張り合い、些細なことでイジメが始まる。実際いじめられたことだってある。

 私は女子のグループを嫌って男子とよくつるんでいた。男子は確かに呆れるほどバカな時もあるけど一緒にいて気楽で楽しかった。女子同士でおしゃべりしてるより男子と遊んでる方が居心地がいい。

 でも仕事になればそうはいかない。女性が就く仕事は言い換えるなら「女性ばかりの仕事」だ。

 近所の幼馴染でよく一緒に遊んでくれたエリス姉ちゃんはそんな職場で働いていてよく仕事の話を聞かせてくれた。聞いたことを後悔するような内容だったけど。

 職場にいるお局様の存在。派閥に入れなければ一人ぼっち。いつも誰かいじめられてる。しかもいじめられる理由がまたくだらない些細なこと。

 やれお局様の気に障ることを言っただの、挨拶しに来なかっただの、先輩より先に上がっただの。

「ムリ。私にはムリ」

 仕事に就けば私は間違いなく何かやらかしていじめられる。そんな確信があった。なにせ私は女同士の駆け引きなんて好き嫌い以前にやろうともしてこなかったのだ。一朝一夕でできるようになるわけがない。

 では結婚はどうか。これはかなり望み薄だった。貧民街出身の女をもらいたがる男はほとんどいない。いてもいい男かどうかは甚だ怪しい。いい男は希少ですぐ誰かのものになる。それを考えると父と結婚できた母は幸運だったのだと思う。

 それに結婚を選べば生活のために色々なものを犠牲にしなきゃいけない。私はまだその犠牲を払う気にはなれなかった。


 ある時学校に貼り紙がしてあるのを見つけたことが私の決意のキッカケになった。

 曰く、海軍通信学校の受け入れ人数を大幅に増やし、志願兵や少年兵の受け入れも始めるとのことだった。初等教育を修了していれば女性の入学も可能で学費もない。しかも給金まで出る。

 私はすぐに受験を決意して志願兵登録事務所に行った。その時士官学校のことも知って一瞬そちらに気が向いたが士官学校に行くには中等教育を修了していなければならず、私に受験資格はなかった。残念。士官という立場に憧れを覚えたのだけど。

志願兵登録事務所で初等教育学校卒業と同時に海軍に入ること、基礎訓練完了後に通信学校選抜試験を受けることが決まった。

 それから猛勉強の日々が始まった。

 試験は学科と身体検査。どちらかに絞るなんてことはできない。

 海軍通信学校の競争率は7倍。ライバルの大半は男子だ。学力はともかく身体能力ではどうあがいても男子には敵わない。

 私は体力の不利を学力で埋めるため猛勉強した。弟たちが寝静まった後もロウソクを何本も灯して教科書とにらめっこした。学校の休み時間も教室を出て図書館で勉強し、放課後は先生のところに質問に行ったりした。

 もちろん体力向上も怠るわけにはいかなかった。毎朝学校の周りを走って体力をつけようと努めた。

 私と同じく海軍通信学校を目指す男子が出てきた後は彼と一緒に勉強に励んだ。

 その甲斐あって私は海軍通信学校に受かった。もっとも順位は下から数えた方がだいぶ早かったけど。一緒に勉強に励んだ男子は残念ながら失敗した。



 そして今、入学式。私は1000人の新入生の1人として真新しい制服に身を包んで練兵場に立っている。

新入生総代の男子が挨拶を読み上げる。

 新入生の中に女子はわずかだった。ヒソヒソ声が届く範囲には誰もいない。私語がバレたら大目玉だからいても話しかけないけど。

 今更ながら遠くに来たと思った。生まれ育った王都の貧民街を出て豪華な赤レンガの校舎が建つ海辺の地に来て知らない人に囲まれている。初等教育学校にいた頃がひどく昔のことのように思える。

新入生の挨拶が終わり、全員で王国国歌を斉唱する。


おお神よ我らが慈悲深き国王を守り給え

我らが気高き国王よ永久にあれ

神よ国王を守り給え

君に勝利を

幸福を栄光を

御世の悠久たらんことを

神よ国王を守り給え


王家を讃える歌だ。初等教育学校の頃から毎朝朝礼で歌わされてきた。

よく知っている。そのはずだがやはり今までとは何か格の違いのようなものを感じた。

歌が終わった。これから1年間のキャンパスライフが始まる。

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