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ハルとユーリ 異世界の旅(仮称)  作者: けいぞう
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05


 道は進むにつれて踏み固められた跡が増えていくようだった。目を凝らすと轍のようなものも微かに見て取れる。馬車が走るのだろうか?道があの平原の途中でぷっつりと切れてしまうのに、どこから来て何処へ行ったのだろうか。浮かんでは答えを出せないまま消えていく疑問の数々が、ハルの脳を疲弊させた。目を覚ました時点からそうだったが、どうもこの世界には理にかなわないことが多すぎる気がしてならない。

 首をひねったり、ため息をついたり、天を仰いでみたりするハルの思考などどこ吹く風といった様子で、ユーリは上機嫌だ。小川で水切りをしてみたり、花の絨毯に埋もれてその香りを胸いっぱいに吸い込んでみたり、目につく物全てを楽しんでやろうと張り切っているように見える。

「……随分元気だね」

 ハルの口から出る呼びかけに呆れの色が混じっても、ユーリは全く気に留めていないようだった。

「だって。ほら、風車があるんだよ?」

「……風車、好きなの?」

 丘を越えた辺りから急に背中に追い風を感じ始めたことも、ハルにとっては不可解な出来事の一つだった。まるであの丘が何かの境界であったかのように、色々なことが少し前までと変わっていた。風景、雰囲気、風の強さ、人工物の有無……挙げだせばキリがない。

「何言ってるの。風車っていうのは、穀物を臼で挽くために回すものでしょ?風車、穀物、すなわち食べ物よ」

「……なるほど」

 上機嫌に合点がいった。理屈で考えて理解できるものが身近にあったことが、ハルにとっては細やかな救いだった。だから、水を汲み上げたり運んだりするために回す風車もあるという知識を披露するのはやめておいた。

 いざ近づいていってみると、威圧感すら感じるほど巨大な風車だった。時折うめき声のような軋みの音を上げるその様は、怪物と見間違える人間がいても不思議ではないとさえ思えた。羽一枚の長さが二十メートルは優にありそうだ。最上部で中心軸を支える塔は歪な円柱形で、個体ごとに高さも太さもちぐはぐだった。

「風車小屋から風車本体まで、全部木で出来てるんだね。こういう建物って、普通土台くらいは石を使うものなんじゃないの?地面に接してる部分から、腐っちゃいそうだけど……」

 自信なさげに言いながら、ユーリが首を傾げる。一つの風車塔の外壁を手で擦りながら、ハルは自分の仮説が正しかったことを確かめた。

「必要ないんだ。これはこのままで、土台なんかいらないほどしっかりしてる。多分腐る心配もない」

「どうして?」

「よく見て。これは、この塔に見える建物は、一本の木なんだよ。しかも、まだ生きてる」

「ええっ?!」

 濡れたような光沢を放つ飴色の外壁に駆け寄って、ユーリは両手でその表面を撫でたり叩いたりする。

「……本当だ……。言われてみれば木に見える……。でも、こんな風に削られたり穴を開けられたりしてて、しかも枝も葉もないのに、枯れてないなんて……」

 畏れと驚きに満ちた双眸で風車塔を見上げるユーリ。視線に応えるように、羽の軸がぎいと低く鳴った。

「ドアがついてて中に入れる木なんて、まるでおとぎ話みたい……」

 ユーリの言葉通り、よく見ると風車塔の側面には取っ手と蝶番が取り付けられていた。縦長の四角に木を切り出して、その板をそのままはめ込んでドアに仕立てているらしい。

「誰か、中にいるのかな……?」

 警戒に満ちた声を絞り出すハルを不思議そうな目で見ながら、ユーリは事も無げにドアをノックしてみせた。続けて、大声で中に呼びかける。

「すみませーん!どなたかいらっしゃいますかー?!」

 おとぎの国に迷い込んでしまったかもしれない状況で、良く臆面もなくそんなことが出来るものだとハルは感心する。怪物や魔女が中から出てくるかもしれないとは考えないのだろうか。

 返事がないとみるや、ユーリは更に大胆な行動に出る。取っ手を掴んでおもむろに引っ張る。鍵はかかっていなかったらしく、開いた隙間から中を覗き込んだ。

「か、勝手に開けちゃまずいんじゃない?」

「平気よ。なんとなくそんな気がする」

 根拠のかけらもない言葉とともに、大きく扉を開け放つ。ハルはその背中越しに、恐る恐る中を覗き見た。頭上ではいくつかの木製の歯車が組み合って回り、部屋の中央にはユーリが期待した機構――直径三メートル超の巨大な石臼が鎮座していた。一抱えはありそうな野太い主軸が上臼の中央に突き立てられて、ゆっくりと回転を続けている。臼の外周には、きめ細やかな真っ白い粉がたっぷりと降り積もっていた。

「これ、麦かな?」

「……多分……」

「粉のままじゃ、食べられないのよね……」

 指を咥えて、臼の外周に白い粉が吐き出され続ける様を悔しそうに眺めているユーリ。その後、道沿いに並ぶ風車全てを同様に確かめたが、人の姿はなく、中で行われていることも全て同じだった。変化といえば、道の奥に進むにつれて風車の周りに樹木の陰が目立ち始め、十五番目の風車の横を通り過ぎる頃、二人は鬱蒼とした森の入り口に差し掛かっていた。道は、その森の中心を貫くように真っ直ぐ続いている。

「どうしよう。森の中に、入ってみる?」

「入らない理由がどこにあるのよ」

「……」

 食べ物の材料だけを見せられたユーリは俄然鼻息を強めている。引き返すという選択肢は思いついてもいないらしい。

 しかし素直に考えるなら、あの風車を建て、利用している人は、森の奥にいるはずだ。一つしかない道を辿ってきたのだし、足元には轍の跡がくっきりと残っている。森と風車を行き来している誰かがいることの証だった。

 状況整理を終える暇もなく、ユーリはつかつかと森の中へ歩を進めていった。ハルは頭を掻きながらその背中を追う。

 左右に茂る木のほとんどは、細い蔦が何本も螺旋状に絡まりあってその幹を形成している。ある一定の高さまで到達すると蔦たちは分散して、隣り合った木の蔦と手を繋ぐようにして成長を続けている。森が深まると、道を挟んだ木々同士の蔦が頭上で絡まりあってトンネルが出来上がっていた。木の密度が上がれば一本ずつにあたる日光の量が減る。結果、木々たちはその幹と枝を上へ上へと伸ばし、他の木よりも多くの光を浴びようとする。支え合うような、縛り合うような、競い合うような、不思議な関係性だとハルは思った。

 頭上は蔦と枝に完全に覆われているが、身長の数倍以上の高さがあるためか閉塞感は感じない。むしろ生い茂る葉を透かして漏れ入ってくる緑色の木漏れ日が心地よくさえあった。周囲を警戒しながら進んでいたハルも、次第に毒気を抜かれていった。聞こえてくるのは小鳥の囀りと風に揺れる木の葉の囁き声ばかりで、害になりそうなものの気配は全く無かった。

 頭上の蔦に綻びかけの赤い蕾を見つけて、ユーリが声を上げる。緑と茶色だけに包まれていた視界にちらほらと、色とりどりの花弁の色彩が散りばめられていく。土と草の匂いしかしなかったトンネルの中はやがて、芳しい花の香に満たされていった。

 もしかしたらこの場所は、自分たちの来訪を歓迎してくれているのかもしれない。過るそんな印象を、ハルは根拠もなく打ち消そうとする。なぜかは分からないが、平原の中に道を見つけたときから、自分には警戒しなくてはならない理由があると感じている。

「……子供の頃に」

 記憶の中の過去を愛でるような声で、ユーリが切り出す。

「こんな場所に来たことがあるような気がする。全然詳しくは思い出せないのに、懐かしいって感じてる」

「……」

 瞳の中に緑と光を閉じ込めて輝かせながら、穏やかに微笑むユーリ。そこには微塵も懐疑の念など映っていない。

 この感覚と反応の差異は、残された記憶の量の差によるものだろうか。他に要因があるとするなら、それを早く突き止めるべきだとハルは思う。理由の分からない苛立ちというのは、思いの外強いストレスだった。


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