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ハルとユーリ 異世界の旅(仮称)  作者: けいぞう
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04

「ハルは、他に覚えてることってないの?」

「……うーーん」

 ユーリの問いかけに、自問する。何かきっかけを与えられれば、関連する事柄の記憶が芋づる式に掘り起こされるのだが、ただ漠然と何かを思い出そうとすると途端に思考が行き詰まる。特にこんな代わり映えのしない風景の中では、尚更だった。

「太陽が登る方向は東」

「うん?」

「太陽が頭上を動いているように見えるのは、自分たちがいるこの星が自転してるから。太陽が登る角度と日照時間は季節によって変わって、これはこの星が地軸を傾かせて公転してるから」

「……どうしたの急に」

「今目に見えるものから、自分が知識として知っていることを並べてみた。子供でも知ってることだけど……この知識を『子供でも知ってる』ってことを理解してるってことも、一つの知識なのかもしれない」

「……なんか、難しい話ね」

「……記憶がない状態は、『記憶喪失』と呼ばれていて、いわゆる『私は誰、ここはどこ』っていう状態の多くは心因性のもの。特に自分に関連する事柄の記憶だけを失っているケースが多い」

「自分に関連することだけ?」

「そう。過去自分に起こった出来事のことは全然思い出せなくても、世の中で起こった事件や騒動のことは、覚えていたりするんだって」

「……何か、覚えてる?最近の大事件とか」

「……うーーーん」

 出会ってから何度目かの唸り声。事件どころか、自分が何という国で生活していたのかさえ覚えていない。国という概念は理解できているのに、この星に存在しているはずの国の名前は一つも思い出すことが出来ない。そもそもにしてこの星の名前すら出てこない。なんとなくこの場所は自分がかつて居た場所とは違う世界であることは感じているが、具体的に前いた世界とどう違うからそういう考えに至ったのかを辿ることが出来ない。

「君は、この景色を凄いって言ったよね?」

「え?ああ、うん」

「……何を見て凄いって思ったの?空が青くて雲一つないから?草の緑が鮮やかだから?」

「それは……」

 細い腕を組んで、視線を中空に彷徨わせるユーリ。考え事をするときに目が動く方向で、その人の脳の使い方の癖が分かるらしい、というどうでも良い知識が脳裏を掠めた。

「……ゴメン。よくわかんないや」

「……そっか」

 項垂れるハルの肩を、ユーリは握りこぶしでぽんと叩く。

「でも、わかったことが一つ。ハルって多分、凄く物知りだよ」

「え?そう?」

「うん。それに、理屈屋で、物事を順序立てて考えるタイプだね。なんでも感覚で片付けちゃう私とは真逆みたい」

 いいコンビじゃない、とユーリは笑って、少し歩調を速めた。かすかな風が、ユーリの黒髪と腰の荒縄と揺らした。その後ろ姿に、太陽から降り注ぐ無数の光条が重なる。また、何故かその光景を微かに、懐かしいと感じた気がした。

「あ!ハル!見て!!」

 ユーリの呼びかけに、ハルが視線を上げる。彼女が指差していたのは、何も代わり映えのない草原の風景だ。

「どうしたの?」

「ほら、あそこ。あれ、道じゃない?」

「……」

 言われて目を凝らす。言われてみれば、六つ、七つほどのうねりの小山を越えた先、線状に草が禿げて黄土色が覗いている。今までずっと歩いてきた中で、初めて見つけた変化らしい変化だった。

「本当だ……。目がいいんだね……。僕一人だったら気が付かなかったかも」

「とりあえず、道があるってことは、他にも人がいるってことだよね!」

 言い残して、駆け出すユーリ。仕方なくハルも、小走りであとに続いた。とりあえずの目標が決まったことで足取りは軽くなっていた。ほどなくしてその場所にたどり着き、そこが道の始点であることが分かった。

「なんだか、唐突だね。突然こんなにくっきり草が禿げて道になってるなんて……」

 全くの当てずっぽうで歩き出した先にそれが現れたことに、ハルは違和感を覚える。これではまるで、二人のためにこの道が用意されていたかのようではないか。訝る視線を道の先に向ける。人二人が並んで歩くのにちょうどいい幅のその道は、なだらかな上り坂を登り、虹のように盛り上がった緑の地平線の向こうまで続いている。ともあれ、二人は肩を並べてその道を歩き始めた。小高い丘の斜面でも、ユーリの歩調は全く落ちなかった。ハルは息を弾ませながら、なんとか隣の位置を守り続けた。

 丘の頂上が近づくに連れて、ハルの胸中には不安が募っていった。本当にこの道を進んでいって良いのか。この道の先には、自分たち以外の第三者が居るだろう。果たして、自分たちはそこに飛び込むべきなんだろうか……。

 ハルの懊悩を他所に、我慢できないという様子で駆け出すユーリ。帯剣して迷わず進むその姿は、勇ましい騎士のようだった。

「……うわぁぁーーーー……」

 一足先に丘の頂上に辿り着いたユーリが、感嘆の声を漏らす。彼女と同じ感激を自分も味わえることを祈りながら、ハルはその隣に到着した。

 黄土色の道は、丘の頂上から突然三倍ほどに幅を広げていた。木の杭と板を組み合わせた柵が傍らに設けられ、等間隔に並ぶ広葉樹がさらにその脇を固めている。キラキラと水面を輝かせる小川を木製の橋が飛び越して、その先では両側に小さな白い花の咲き乱れる野原が広がっていた。所々に、二人を閉じ込めていた大樹と同じ木が佇立している。ただしその高さはハルの背丈の倍ほどしかなく、根元の空洞も人一人入れるかどうかというサイズだった。

 更に道の先を視線で辿っていくと、十数個の巨大な木製の風車が、十字架のような羽をこちらに向けてゆっくりと回っている。

「すごい……」

 譫言のように、ユーリが漏らす。それを聞いて、ハルは何を言い返していいか分からず、どんな顔をすれば良いのかに頭を悩ますことになってしまった。

 その光景もまた、ハルにはどこに心を動かされるべき箇所があるのかが分からない物だった。


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