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ハルとユーリ 異世界の旅(仮称)  作者: けいぞう
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ほぼ垂直だった壁が登るほどに傾斜を持ち、十数メートルの高さに至る頃には側面に直立出来る角度になっていた。

張り詰めていた神経と全身の筋肉を弛緩させると、同時に疲労と脱力感が襲ってきた。

倒れ込みたい欲求に抗いながら、両足を引きずるようにして頂上部を目指す。


根から繋がる目的地。つまり、この巨木の幹にあたる部分だ。

根の壁が作る半球がドームなら、その幹はちょっとした塔のようだった。


ハルの予想が正しいなら、構造的にもそうであるはずだ。

つまり、『中には意味のある空間が存在している』はず。


両手で柄を握り直して、腰の高さに構える。

そのまま、全体重をかけて切っ先を幹に突き立てる。

スポンジの塊を貫いたような呆気ない感触。

刀身は鍔のそばまであっさりと埋め込まれた。

そのまま、剣というよりノコギリの扱いで真下に切り下ろす。


足元には相変わらず無表情な樹人の顔。

自分の体を切り刻まれているというのに、文句の一つも言わずに大人しくしている。

不気味ではあったが、問いただしている暇はなかった。


縦長の直方体の形に切れ目を入れ、靴底で押し込むように蹴る。数回目の蹴りで、大きな戸口が出来上がった。

同時に驚く。内部の空間は、目がくらむような光に満たされていた。

中に入り込んで見上げる。数十メートルの高さで幹はラッパのように広がっていて、上部からは直射日光のような強い光が降り注いでいた。光源はとても直視できそうにない。


ホワイトアウトする視界に目を細めながら、どうにか内部の様子を観察する。

内部の直径は十メートル前後。どこに繋がっているのかは眩しくて確認できないが、上から二本のロープが垂れ下がっている。よく見るとロープの先は繋がっており、巨大な輪になっていることが分かった。

そして、足元には、木製の壺が2つ。同じく木製の浅いボウルが1つ。さらに、そのボウルの蓋に使えそうな大きさの黒く丸い石の円盤が1つ。

一つずつ確かめていく。壺の蓋を開けてみると中身は、1つは水、そしてもう一つは白い粉だった。風車の木で挽いていた小麦粉のようだった。

水、小麦粉、ボウル。

これだけ揃えば目的は誰の目にも明確だ。


「……生地が作れたとして……」


問題は、焼き方。火をおこすような設備は見当たらない。

しかしそれも、この部屋の明るさから考えれば容易に予想がつく。

ハルは荒縄をほどき、ユーリの体を慎重に地面に横たえた。


天井から垂れ下がるロープの、片方を引く。重い感触。片方を引っ張ると、もう片方のロープが上に向けて引き上げられているのが分かった。

続けてロープを引っ張る。次第に、上部から降り注ぐ光の量が弱まっていることに気づいた。

改めて見上げる。塔の天上に当たる部分に、キラキラと輝く何かが見て取れた。


「あれは……鏡?」


天井は半球状。片側はぽっかりと穴が空いており、反対側にいくつも鏡が貼り付けられているようだ。


「そうか……。これで天井が回るようになってるのか」


先ほどと逆のロープを引っ張る。天井の穴の角度が変わり、また光が幹の中を満たす。


「天井の穴が、まっすぐ太陽の方向を向けば……」


光が最も強くなる角度に天井を調整する。

数秒後、地面の一部から細く煙が上がり始めた。幹の中に焦げ臭い匂いが充満する。

天井に配置された鏡に反射した光が、一点に集中するよう調整されているようだ。


「これなら、確かに火を使わなくても高温になる……」


ボウルの中に生地を入れ、黒い石版で蓋をして光が当たるようにしておけば、石版が熱せられて生地が焼き上がるということなのだろう。


それにしても鏡とは。ハルはどこか納得いかない気持ちを表情に滲ませる。

鏡の材料は、確かガラスと金属だったはずだ。人工物を嫌って排除するはずの森の秘密のタネがこれとは、お粗末が過ぎるのではないだろうか。


「名誉のために言っておくがね」


音もなく登場して弁明がましく切り出す樹人の言葉に、もうハルは驚かなくなっていた。


「あれは、人が作った鏡ではない。『鏡の樹』の葉だ。文字通り鏡面のように日光を反射する葉を茂らせる樹だ。日陰に光を届けるために、この樹村に生まれた」

「……」


何とも都合の良い話だ。

そんなことが許されるなら、レンズの実だって灼熱の種だって勝手に生み出して、教義には反していないと言い張ればいいことになる。


ともあれこれで、やっと熱を得る手段を見つけた。

横たわるユーリの様子を伺う。顔色は紙のようだが、まだ小さく呼吸しているのが見て取れた。

何とか間に合うだろうか。


ハルは光の焦点の場所に、鞘ごと剣を置く。感触によると材質は金属だ。色も濃い藍色なので、集光と蓄熱には適している。

数十秒待つ。煙が上がるなどの変化は見て取れないが、全体が熱を帯び始めている。

試しに壺から水を掬って加熱部に水滴を垂らすと、音を立てて一瞬で蒸発してしまった。

消毒には十分な温度に達している。

ロープを引いて、集光を解除する。


「……少し、我慢して」


服の切れ目を割いて広げ、傷口を露出させる。

締めの甘い蛇口のように、細く血を吐き出し続けている傷口に、ゆっくりと鞘を近づけていく。


「……っ!」


じゅうっと嫌な音を立てて、血が蒸発し皮が焦げる。

目を背けたくなる欲求を抗って、傷口全体を慎重に加熱する。

意識がないことが幸いしてか、ユーリの反応は軽く眉根を寄せる程度だった。


ゆっくりと、剣を離す。

赤く腫れ上がった跡が痛々しいが、たしかに血は止まった。消毒と言うよりは、溶接のような作業だった。

剣を投げ出し、その場に尻餅をつく。同時に呼吸を止めていたことを思い出して、大きく息を吐き出した。


……やった。

この村の仕組みを、ルールを、出し抜いてやった。

脱力感と、達成感。

まだユーリを助けられたと決まった訳ではないにもかかわらず、ハルの顔にはうっすらと笑みすら浮かんでいた。


「上手くいったようだね」


ハルが一息つくのを待っていたように、樹人が話しかける。


「……おかげさまで」


精一杯の皮肉を込めて、ハルは口元を曲げながら言う。

樹人の顔が口惜しさに歪んでいるかと期待したハルだったが、相変わらず能面のままだった。


「……ところで、この村の蔦が、分解を試みる対象がどんなものだったか覚えているかな?」

「……?」

「人間の手によってその有り様を著しく歪められたものを選別し、森は蔦を使って溶かす。これは、兵器と呼ばれる類のものを進化させないための抑止力だ。では、我々はどのような判断基準で、それらを特定していると思うね?」

「何を……」


背筋を這い上がってきた悪寒に、ハルは身を起こす。


「思い出して欲しい。この村でその姿を保っていられなかった物質が、どんなものだったかを」

「……」


聖堂の建材として使われていたはずの金属の梁。木の枠にはまっていたガラス。そして、ユーリが持ち込んだこの剣……。


一方で、同じ加工品でも、木を削っただけの器や、繊維を紡いで織った服、皮を割いて縫い合わせた靴などは標的にはされていない。


「まさか……」


自身の推察を口にすることが出来ない。

もし、それが間違いでないとしたら、今ハルがしたことは。


今、してしまったことは。


「そう。『意図的に熱を加えて変質させたもの』だ」


その言葉が合図だった。

ハルが開けた入り口から、数十本の蔦が幹の中になだれ込んできた。

ハルがユーリの体に駆け寄ろうと一歩踏み出す前に、蔦はユーリの胴体に絡みついた。


「……くそっ!!」


剣を拾うが、抜刀を封じるように鞘と鍔にも蔦が絡まる。

有無を言わせない力で剣が引っ張られる。

離すまいと縋り付くハルの体を易々と宙に持ち上げ、壁に向けて叩きつけた。

背中をしたたかに打ちつけて、ハルは言葉もなく地面に倒れこんだ。


明暗を繰り返す視界の中で、蔦はみるみるうちに本数を増やし、ユーリの胴体、四肢、首と頭を覆い尽くす。

その様は、まるで貪欲な食虫植物の食事風景のようだった。

あっという間にユーリの全身は蔦の波に飲み込まれていった。


「……どうして……」


呆然と呟く。

ユーリは、この森に食われる。血を失うだけでは飽き足らず、全身を溶かされ、跡形もなく消し去られる。


結局、ハルの奔走は無意味だった。

体に力が入らない。

ついさっきまで剣を振り回して、ユーリを抱えて駆け回っていたことが信じられない。

ただ目の前で繰り広げられる残酷な光景を、眺めていることしか出来なかった。


こんな場面でも、ハルの記憶は彼に既視感を与える。


……どこかで、こうなることを予想していたのかもしれない。

自分の力では、世界を変えることなどできない。

希望を鼻先にぶら下げられて走り回り、疲れ果てて倒れこむ。


いつものことだ。

だからこそ、あの木の根の中から出たいとも思えずにいた。

彼女が声をかけて来なければ、あそこで朽ち果てていけたのに。

そう望んでいたはずなのに。


「……」


声を思い出す。

生きることに疑問を持たない、屈託のなく芯のある言葉たち。


……彼女だけは、どこかが違うと感じていた。

眩しすぎて目を背けたくなるような、暖かな輝きに満ちていた。

奪われてから気づく。自分は、その光が翳ることが許せなかった。


……許せなかった?


諦めたのか、と自問する。

自分一人が空回って失望するのは構わない。

多分、ずっと繰り返してきたことなのだから。


だが彼女は違う。


こんな泥沼に、足を踏み入れてはいけないはずだ。

怒りのままに、蠢く蔦を睨みつける。しかし、体は痺れたように動かない。


だからせめて、叫んだ。

何になるかなど考えもせず、ただ声の限り、彼女の名前を。


「ユーリ!!」


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