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ハルとユーリ 異世界の旅(仮称)  作者: けいぞう
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外に出たハルは、もう一度根の壁に向き合う。

諦めてやるものか、と胸の中で唱える。

こんな異常な世界の返答など、信じるに値しない。何もかもが誤魔化しとペテンだ。

それならまだ、自分の確信に固執してみる選択肢を選ぶべきだ。

意固地だと思われても、無茶に思えても良い。

自分の目で確かめるまで、結論は出さない。

壁に対して斜に構え、再度剣を振り下ろす。

切っ先で壁を掠めるようにして、根の表面をべろりとめくり下ろす。

根が再生しようとする前に、靴底を間にねじ込む。

これを一歩とし、次の足場を斜め上に刻む。

切る、踏む、切る、踏む。

根が再生しようとする力が、首尾よくハルの足を壁側に押し付けてくれる。

とはいえ、楽な行程とは言い難い。

脱力したユーリの体の重みが、荒縄を軋ませる。

ざらついた根の表面に顔を擦り付けるようにして、一歩、また一歩と上を目指す。

半球状の形のおかげで、上に進むほど傾斜は穏やかになっていくはずだ。

一番の難関は登り始め。つまり、今だ。


「…………っ!」


足を滑らせかけて、息を呑む。

まだ自分の背丈の倍ほどしか登れていないが、二人の体を結びつけたままで落下すれば受け身など全くとれない。

骨の一本や二本で済めば運が良い方だろう。

そしてそんな負傷をすれば、ユーリの治療は絶望的だ。


「……ーっ、はぁ……っは……」


早鐘を打つ心臓を宥める。震える膝をなんとか落ち着かせて、不安定な姿勢のまましばし小休止。

そしてまた、剣で足場を刻む。歩を進める。

数歩進んでは息を整え、湧き上がる落下の恐怖を追い払うように瞑目する。

引き返したくなる。しかし手順を巻き戻して降りるのは、登るよりも格段に難易度が高い。

登り始めたからには、進むしかない。


「後付けの弁明がましいかもしれないが」


突然、肩を預けていた根の壁に樹人の顔が浮かび上って話しかけてきて、ハルは悲鳴を上げそうになった。


「そんな便利な剣を持っているというのは想定外でね。上に登れる手段がないというのは回答は、常識的な身体能力で挑む場合、という前提だった」

「……そんな言い訳、聞きたがってるように……っ見えるか?」

「すまないね。私もどうして君にこんなことを言っているのか、理解に苦しんでいるんだが」

「どっか、行ってて。こっちは肉体的に、苦しんでるとこだから……」


のっぺりとしたその顔面に触れないように気をつけながら、ハルはその前を通り過ぎる。

すると、氷面を滑るような滑らかさで顔が追いかけてくる。


「……何なんだよ」

「邪険にしないでくれ。妨害しようとしているわけではないんだ」


悪意のなさが本物だけにタチが悪い、とハルは思った。

何にしても、顔がついてきて話しかけてくるだけですでに深刻な妨害だった。


「久しく忘れていたことなのでね、どう表現して良いのか戸惑っていたが」

「……」

「私は君たちに、興味が湧いた。どうやら君たちは、私達の世界の理の外の、『どこか別の世界』から来た人間らしい」


立ち止まり項垂れて、深い呼吸をつきながら足を休ませるハル。

何も言い返さないのを良いことに、樹人は勝手に話を続ける。


「そして、その『別の世界』というものについては、何故か君たち自身も知らない。違うかな?」

「……」


ちらりと、ハルが樹人の顔を一瞥する。

自分たちが何者か。どこから来たか。

それは常に二人の頭の中にあった疑問だ。

この緊急事態でも、無意識に反応してしまう話題だった。


「……君たちの目から見て、この村は……。この世界はどうかね」


妙に人間臭い、切り出しづらそうな口ごもり方をしながら、樹人は尋ねる。


「この樹村を管理するような立場になって長いが、私には確信がない。これでよかったのか。これからもこのままで良いのか」

「……管理?」


樹人の言葉が、彼自身の、この村そのものが抱えている葛藤の吐露のように聞こえて、ついにハルは言葉を返した。


「そうだ。集落の外にある風車の木も、蔦の壁とそれに覆われた幹の道も木の家も、すべて繋がっている。いわば1つの生命体だ。そして、私という意志が、その在り方を管理している。村民も含めてな」

「……あの猿が敵だとか言っていたのも?」

「その通り。全ては、ここに住まう人々を守るためだ」

「……っ……」


静まりかけていた憤りがぶり返す。

剣の切っ先が、必要以上に大きく根の壁を切り刻んだ。


「……この世界の人間の歴史は、何度も終わりを迎えている」


まるでハルの興味が離すまいと選んでいるかのように、話題が切り替わる。


「まるで誰かが指揮を取っているかのように、似たような歴史が繰り返され続けてきた。進化、文明の芽生え、目覚ましいまでの繁栄……それらは早かれ遅かれ必ず争いに繋がる。領土や食料、地下資源などの奪い合いが落ち着くと、思想や人種を理由に殺し合いが始まる。争いに飽きると、今度は過剰に倫理に傾倒する。他者を傷つけるべきでない、私利私欲のための殺戮などもってのほかだと、生物としての本能さえも否定し始める。そして最後には、肥大した倫理に振り回されて朽ち果てていく。何とも愚かしい営みだ」


聴きながら、ハルは口元を歪ませる。陳腐な創作の中でも使い古されたような話だ。


「しかし、一度だけ、後世に繋がる終わりを迎えた種がいた。その名残が、この村であり、私自身だ」

「……?……どういうことだ」

「その種は、生きるための糧を奪い合う構図を抜本的に変えようとし、植物に目をつけた。水と日光と二酸化炭素で糖質を生成し得る機関を体の中に取り込めれば、最低限の生命維持は果たせると考えた。自らの体の中に人工の葉緑体を付与し、狙い通り、肉を狩ることも木の実を探し歩くこともする必要が無くなった。結果として移動手段は不要となり、その足は役割を変え、水を求めて地中へと潜った。そしてその身を、光を求めて天空へと伸ばし続けた」


ハルが、初めてまともに樹人の顔に視線を定める。


「そう。この村の木々、草花や蔦は、かつてはすべて人間だった」

「そんな……」

「互いが絡まり合い、その個々の境界を曖昧にし、混然となった意志と記憶の成れの果てが、私というわけだよ」

「……」


驚愕に顔を強張らせたまま、それでもハルは歩を進め続ける。

樹人がこんなことを語って聞かせる理由は定かではないが、急ぐ理由が消えるわけではない。


「……それから私は、また何度も同じように栄えては潰えていく人々の有様を見つめ続けてきた。この森を焼き払おうとした種もいれば、共生を望んだ種もいた。私は数千、数万年というサイクルを繰り返す中で、彼らを退ける術と庇護する術の両方を身に着けて行った。そうして、気の遠くなるような年月をかけて出来上がったのが、この樹村とグリアリスという教えだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


突如強烈な違和感を覚えて、口を挟む。

根の上に置いた靴の先を見つめながら黙考する。

よぎった違和感の正体。それは言うなれば、既視感だった。

この世界に来てから何度か訪れていたその感覚。

自分は、この世界の何かを知っているのか?


「……ひいき目がないとは言わないがね、これまでのところはなかなかの上首尾だったと思っているよ。もう数百年、樹村は安寧に生き続けている。でもどうだ。こうしてたった二人の異邦人を迎えただけで、狼狽え揺らいでいる」

「……」

「自問せずにはいられない。これでよかったのか?このままでよいのか」


知ったことではない、と吐き捨てたい思いと、何故かそれを無責任と譏る自責のような気持ち。

どういった心持ちで彼の、この世界の独白を聞けばよかったのか。

結論が出ないまま、ハルの足は目的地に至ろうとしていた。


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