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ハルとユーリ 異世界の旅(仮称)  作者: けいぞう
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「……えいっ!」

サーベルの切っ先が蔦の隙間に食い込む。ほとんど当時に、蔦の断面が触手のように蠢いて剣に絡みつく。

「もう……このぉっ!」

綱引きのような動作で剣を引き抜くユーリ。構え直す頃には、壁の傷はすっかり修繕されてしまっていた。

荒い息をつきながら、ユーリは幅の狭い肩を落とした。

「ダメかぁ……」

木の根に穴を開けたときのようにはいかないようだ。それどころか、気を抜くと剣を絡め取られてしまいかねない。

渋々剣を鞘に収めた後で、ユーリの体がぐらりと揺れた。

「……あ、あれ……?」

ハルが慌ててその背中を支えて、手のひらに触れた冷たい感触に驚く。

左の二の腕から広がった血のシミが、チュニックの肩甲骨のあたりまでを覆っていた。

ふらついて当然だ。小柄な彼女の体を考えると、その失血量はすでに危険域に達しているのかもしれない。

言葉を失う。あまりにも呆気なく、悪意は結実しようとしている。

「ちょ、ハル……。放して。大丈夫、ちょっとふらっと来ただけだから」

我知らず両手に力が入っていたことに気づいて、ハルは慌ててユーリを解放した。

ユーリは目を逸らしたまま、何故かしきりに髪の乱れを手櫛で整えて、居心地悪そうに身じろぎする。

その場違いとも言える反応を目の当たりにして、ハルは更に焦りを募らせた。

危機に陥っている本人は、事の重大さを実感していない。状況がどれだけ彼女に過酷な仕打ちをしているか、きっと死に際に追い詰められるまで理解はしないだろう。

もしこのまま失血を止めらなかったら?

ユーリの瞳に灯る活力の光が、絶望や諦念にかき消される様を目の当たりにすることになったら?

「……っ!」

そんなこと、耐えられない。

意を決して、ユーリの左腕を掴む。二の腕の下に体を潜り込ませ、肩を貸す。

「な、な、なに?!いきなり!?」

「黙って」

「やだ、ちょっと……っ、放して!」

「っ暴れないで。出血がひどくなる」

「一人で歩けるから!」

「……ダメだよ!」

叫ぶ声に、抵抗が止まる。

「……頼む。嫌かもしれないけど、僕の言う通りにして欲しい」

「い、嫌っていうか……」

「こうしてれば、傷口が心臓より高い位置になる。少しはマシになるはずなんだ。あと、体重は預けていいから、出来るだけ体力を温存して。心拍数が上がると、出血も進んじゃう」

「でも……」

なおも異存を唱えたそうなユーリを引きずるようにして、ハルは歩き出す。

「戻れないなら、先に進むしかない。樹村の奥がどれくらい深いのか分からないけど、何とかして抜け出さないと」

「……」

「急ごう。ほら」

納得はしていない様子で、それでもとりあえず黙ったユーリ。強張っていた体が脱力して、ハルの肩にかかる重みが微かに増した。不安になる程軽く、柔らかい感触だった。

再び幹の道に差し掛かる前に、ユーリの腕をしっかりと担ぎ直す。乾いた血が手のひらにこびりついてカサつく、嫌な手触りがした。

腹を決めて登り出す。数十歩も行かないうちに、自分が体力に自信がある方ではないことを思い出す羽目になった。

息が乱れる。全身に汗が滲む。

しかし体を預けろと言っただけに、弱気は見せられなかった。

歯を食いしばって歩を進める。

坂道の上に、村人たちの人だかりが見えた。緑のローブ姿の5、6人の男女が、一様に警戒するような視線をこちらに向けている。

ゆっくりと二人が近づいていくと、示し合わせたように人だかりは解散して、それぞれ別々の木の家の中へと姿を消した。

助けの手を差し伸べてくれるような村人の存在は、期待できない様子だった。

あてにしていた訳でもないが、こうまで露骨に見て見ぬ振りをされるとも思っていなかった。

憤りとともに、また少しハルの胸の中に巣食う靄が色濃くなる。

歯嚙みをして、意地になって歩調を早めるハル。

「……もし、私がさ」

不意に、呟くように切り出すユーリ。

「……今、『私なんかどうなってもいいから、放っておいて』って言ったら、どう思う?」

ハルは足を止めて、息がかかるほど近くにある横顔を睨みつけた。

「……ムカつくでしょ?」

血の気が失せかけている顔を微かに背けて、ユーリは小さく笑った。

「最初の木の中で、キミが言ったのは、そういうことだったんだよ?私の気持ち、分かった?」

そう遠くないはずの記憶を辿る。たしかにハルはあの時、あの木の中で朽ち果てても構わないと思っていたし、そう伝えた気がする。

「……そっか」

仕返しをされたのかと納得して、ハルは小さく曖昧に答え、また足を進める。

お互いを助けようとする二人の行動は、似ているようで明確に異なるものだ。動機が全く違う。

ハルが今意地になっているのは、自分たちに向けられた悪意に対する反発だ。ユーリのように、純粋な倫理観や親切心に衝き動かされている訳ではない。

自分とユーリの間に横たわる境界線のようなものを感じる。

生き続けることに疑問を持たないこと、考えるより先に動き出せること、そして、剣を与えられていたこと。

ハルにとって、自分と違うそんな彼女は、理解し難く、妬ましく、少し疎ましく、少し眩しい。

今はまだ、すべての気持ちを合算してユーリをどう認識しているのか、はっきりしない。

だからこそ、自分の中の衝動を強く信じることができた。

こんな顛末で、罪もない命が失われて良いはずがない。それだけが、彼にとって疑いようのない確信だった。


どれくらいそうして登り続けていたか。

幻想的ではあるが、代わり映えのしない風景に変化が現れたのは、負荷に耐えかねたハルの足が小刻みに震え始めたのと同時だった。

木の家を見かけなくなった。視界の中には、螺旋を描く幹の道と、樹村全体を覆い尽くす蔦の壁のみ。

蔦の隙間から漏れ入る陽光が、針のような形の日向を無数に作り上げる。

埃か、それとも何かの胞子なのか、舞い遊ぶ無数の小さな粒が、光を受けて瞬くように輝く。

天国へ続く道というものがあるとしたら、こんな風なのかもしれない。そう考えかけて、ハルは小さく頭を振った。

幻想的な雰囲気に飲まれてはいけない。この世界は、おとぎ話のように優しくなどない。

「……ハル、見て」

「ん?」

十数分ぶりに口を開いたユーリの声は、幾分か弱々しくなっていた。

「上。行き止まり、かな?」

促されて仰ぎ見る。

幹の道の行き先が、円盤状に広がっているのが見て取れた。下からは裏面しか確認できないが、ユーリの言う通り、道としてはそこから先は繋がっていないように見えた。

蔦の壁も、円盤の真上あたりでドームのように内側に窄まってしまっている。

村からの出口がその先にあるとは思えない。

「……大丈夫。あの上に、何かあるはず」

「……」

ハルの発言の根拠について尋ねかけて、思い直したように口を閉ざすユーリ。

命の危機を感じ始めているはずの彼女が、無言で自分に身を委ねている。その重責に、ハルは自身の喉を締め付けられるような息苦しさを覚えた。

しかし、間違いない。

今までこの村付近で見てきた事柄から、この先がただのデッドエンドであるはずはない。

確信と言う名の鞭を自身に振るい、最後の長い坂に差し掛かる。

近づくほどに、目指す円盤状の足場の異様な巨大さを実感する。遠近感がおかしくなりそうだった。

到着してみると、円盤の広さは直径にして実に7,80メートル。

そしてその中央には――

「ハル……。これって……」

「……ああ」

二人がこの世界で目を覚まして一番最初に目にした、洞を持つ木がそびえ立っていた。


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