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ハルとユーリ 異世界の旅(仮称)  作者: けいぞう
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 イムランの言葉通り、それから間もなく正午を知らせる鐘が聞こえてきた。荘厳な音色の聞こえてくる方角から、恐らく聖堂の鐘楼が鳴らしているのだろう。傷口が高い位置に来るようにしてなるべく出血を抑えていたにもかかわらず、ユーリの袖は手首までぐっしょりと血に濡れてしまっていた。

 ハルはゆっくりと様子を伺うように扉を開いて外の様子を伺う。ちらほらと、村民が行き来する姿が見て取れる。正午きっかりを境にシシメヒヒが森の奥に帰っていくというのは、どうやら本当のことらしい。

「とりあえず、何とか火をおこす手段を見つけよう」

「……うん」

 ゆっくりと体を起こして、傷口を気にしながら立ち上がるユーリ。ハルは彼女を気遣うように見遣りながら、ドアを開いて彼女を外へ促す。

 緩やかな螺旋を描きながら続く幹の道を、数人の村人が行き来している。果実をカゴに入れて運ぶ若者、木の枝に衣服を干している老婆、皆緑や茶色を貴重にしたゆったりとしたローブのような衣服を身にまとっている。衣類の色までも教義で定められているのかもしれない。

「……何だか、皆同じに見えちゃうね」

 僅かに眉をひそめて、何か恐ろしいものを見るような表情でユーリは呟く。ハルも全くの同感だった。教えを遵守して貧しく清らかに暮らす人々の営み。それ自体については、アミルに説明を受けた時には感銘さえ覚えた。しかし彼らが教義に縛られて、救えるはずの人の命を見殺しにするような人々なのだと思うと、その画一的な佇まいや仕草は不気味だとすら思えてしまう。

「……あの……ハル」

「ん?」

 言いづらそうに声音を曇らせながら、ユーリが切り出す。

「ごめんね……。何かいきなり迷惑かけちゃって」

「……いや、別に……」

 申し訳なさそうに俯くユーリの言葉に、ハルはどう反応していいか分からなくなって軽く頭を掻いた。

「別に君のせいじゃないよ。僕もあんな危ない動物がいるなんて思わなかったし」

「……怒ってない?」

「怒るようなことじゃないって」

 苦笑するハルの柔らかな口調に、ユーリは胸を撫で下ろした。

「良かった。さっきからハルの顔、なんだかちょっと怖かったから……」

「…………」

 言われてみて、自分の胸の中に渦巻いている薄暗い気持ちを自覚するハル。

「……ごめん。ちょっと、納得出来なかったから」

「何が?」

 幹の道を下る方向に歩き出しながら、ユーリはハルの顔を覗き込むようにして聞いた。

「あの、イムランって人のことなんだけど」

「うん」

「あの人……君のことを心配してた。君が咬まれたって聞いて、すぐに傷を見てくれたし。なのに……」

 自分の言葉に籠る微かな苛立ちを抑えながら、続ける。

「どうしたら助かるのか、積極的には教えてくれなかった。僕があのまま何も質問しなかったら、治療方法も分からなかった気がする」

「……そうだったかな?」

「多分、それも教義に関係してることなんだと思う。グリアリスの教えの中にある『自然でいる』ってことは、教えに背くような方法を使ってまで人の命を助けることを禁じてるんだ。自然が与える死なら、それも甘んじて受けろって」

「……」

 暗い色に染められた自分の袖を見つめて、ユーリは複雑な表情を浮かべた。

「そんなの、本末転倒だ。宗教って、人の苦しみを和らげて、人が生きていくための拠り所になるはずのものなのに……」

「……でも、結局イムランさんは、助かる方法を教えてくれたじゃない」

「『嘘をついちゃいけない』っていう教義があるからだよ。質問を無視するってことも、きっと『不自然なこと』だからできない。聞かれたことには、本当のことを答えなきゃいけなかったんだ」

「……」

「何だか彼と話してる時、すごくおかしな感じがしたんだ。助けたいと思ってるのに、自分からは助ける方法を教えられないことに苦しんでるみたいに見えた……。それに」

 一度言葉を区切って、俯きながら続ける。

「……もしかしたら、彼が言ってた治療を受けずに亡くなった女性って、彼の身内か……大切な人だったんじゃないかな?」

「そんな……」

「…………」

 余所者が口を出すべき問題ではないとも言われた。確かにその通りだとも思う。それでも、言葉にしきれない靄のような気持ちは晴れない。

「ごめん……。こんなこと話してる場合じゃないね。まずは傷をなんとかしないと」

 無理やり頭を切り替えるつもりで、早足でもと来た道を戻る。

 やがて幹の道がごつごつとした根に変わり、芝の地面に降り立った二人は、同時に眉を顰めた。

「あ、あれ?」

 ハルは何かの勘違いである可能性を疑って、改めて辺りを見回す。

 が、何度見返してみてもそこには、蔦の壁しかない。二人で歩いてきたはずの、聖堂と樹村を結ぶ蔦のトンネルが消失している。

「そ、そんな……なんで?!」

 壁に駆け寄り、ユーリは蔦の様子を両手のひらで確かめる。元々そこに道があったことが嘘のように、蔦は十重二十重に絡まり合い堅牢な壁を形作っている。

 一方ハルは、数歩下がってより広い範囲を視界の中に捉えた。全体を観察すると、一部だけごくわずかに蔦の緑が薄いことがわかる。半円の形に、若い蔦がトンネルを『塞いでいる』。

 ハルの背中を冷たい汗が伝う。胸に渦巻く黒い靄がその濃度を高める。

 その感覚の名前を彼は知っていた。

 これは、悪意だ。何者かが意図を持って彼らの目的を妨害している。

 何者かが?誰が?


 問われれば、その答えはおそらく『森』が。

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