まもりたい(4)
仲間と共に街へ戻ったサイゲートが目にしたのは、慌てふためく国民の姿だった。街からでは火災の様子を窺うことは出来ないが北の空が異様に赤く染まっており、焼け焦げた臭いは熱風に乗って街にまで吹き付けてきている。王から公表されたわけでもないのに敵が来るという情報が飛び交っていて、そのせいで混乱に陥った人々は何かを叫びながら走り回っているのだ。
「親方、城に行きましょう」
混乱を目の当たりにした時、サイゲートは真っ先に頭に浮かんだ提案を親方に話した。城へ行けば、アゼルがいる。彼ならばこの混乱を収めてくれるはずである。サイゲートはそう思ったのだった。
少し考える間を置いた後、親方はサイゲートの提案に頷いた。親方や仕事仲間に先に行って欲しい旨を伝え、サイゲートは彼らと別れて走り出す。人々は正気を失っているので誰かが誘導した方がいいと思ったからだった。
サイゲートは街を走り回りながら手当たり次第に王城への避難を呼びかけた。だが国民の数に対するのに一人では、どうにもならない。誰かいないかと思い周囲を見回したサイゲートは逃げ惑っている一人の青年に目を留めて傍へ寄った。
「あんた、確か自衛団に入ってたよな? 今、どうなってる?」
サイゲート自身は加入していないが、自衛団はよく街中を巡回していたので構成員の顔は何となく把握していた。だが青年は、忌々しいと言わんばかりの顔をサイゲートに向けてくる。
「そんなこと知るかよ! 逃げなきゃ、早く逃げなきゃ!」
青年の反応から察するに、敵が来るという情報に踊らされているのは自衛団も同じなようだった。サイゲートは青年のあまりの情けなさに眉根を寄せる。
「しっかりしろよ。逃げてる場合じゃないだろ」
「放せよ!!」
及び腰の青年の腕を掴んだ刹那、サイゲートの手は振り払われた。反射的に、サイゲートは青年を殴り飛ばす。力の加減など何もしていなかったので青年は倒れこんでしまった。
「しっかりしろ!!」
尻もちをついて呆然と頬を押さえている青年に、サイゲートは大声で呼びかけた。それでもまだ呆然としている青年を助け起こし、周囲のざわめきにかき消されないようさらに声を張り上げる。
「仲間を探して声をかけろ!! 逃げるなら城だ!!」
まだ我に返れていない青年の背を叩いて送り出し、サイゲートは周囲を見回した。呼びかけも虚しく、街ではまだ至る所で人々が逃げ惑っている。この調子では、いつ何処で問題が起こるか分からない。
(何とかしないと)
無駄かもしれないが、今は人々に城への避難を呼びかけることしか出来ない。ならば出来ることをやるしかないと、サイゲートは再び駆け出した。
私兵を引き連れて街へ出たアゼルは直属の配下である者達に城への避難を呼びかけるよう言い含め、自らも走り出した。この場合は散開した方が効率がいいので、アゼルも単身である。平和慣れした国民が不測の事態にどれほど対応出来るか甚だ疑問であったが、街では思ったよりも混乱が広がっていなかった。ここ数日の気の緩みからいって、もっと大規模な混乱が起きていてもおかしくなかったはずである。それを危惧して城を飛び出して来たアゼルは正直なところ、首を傾げていた。
城を出てから郊外に向かって走っているアゼルは次第に多くの者とすれ違うようになった。それは人々が王城に向かって逃げているからである。どうやらアゼルが来る前に自衛団が、率先して避難を呼びかけていたらしい。
(……これほど機能出来るとはな)
自衛団は一般の若者達で構成された組織である。設立してから日が浅く、また訓練を積んでもいないので、アゼルはあまり当てにしていなかった。だが避難を呼びかけている者の中に見知った姿を発見し、アゼルは納得する。彼が動いてくれたことを嬉しく思いながら、アゼルは先日知り合ったばかりの人物の元へ走り寄った。
「サイゲート!」
「アゼルか!」
アゼルの声に振り返ったサイゲートはホッとしたような表情をした。その彼に、アゼルは笑みを浮かべて応える。
「サイゲートのおかげで避難は順調だ。火も、どうやら収まってきたようだ」
アゼルが指し示した北の空はすでに元の空色を取り戻しつつあった。汗だくで動き回っていたサイゲートにはまだ実感がないかもしれないが、熱風も弱まってきている。だが物が焼け焦げた悪臭だけは、まだ街にまで運ばれてきていた。
「とりあえずは、大丈夫そうか」
北の空を仰いだサイゲートが滴る汗を拭いながら言うのでアゼルも頷いて見せる。
「ああ。火が消えれば、城にいる人々も落ち着くだろう」
それだけを口にして、アゼルは言葉を途切れさせた。サイゲートも言葉を次ぐことをしなかったので沈黙が流れる。だが自衛団が城への避難を叫んでいる声が、未だにあちこちから聞こえてきていた。
「サイゲートが言っていたこと、本当だな」
若者達の懸命な声に耳を傾けながら、アゼルはぽつりと呟いた。サイゲートが零していたように大聖堂は、恐ろしい。今回の一件で国民も少しは大聖堂の恐ろしさを実感しただろう。それはサイゲートも例外ではないようで、彼は北の空を見上げたまま静かに口を開いた。
「これで、終わりじゃないんだよな」
「ああ。むしろ、始まりかもしれない」
他人事ではない、戦争の始まり。そのことを実感じたのはアゼルもまた同じであった。




