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月に喘ぐ  作者: sadaka
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まもりたい(3)

 かげろうの森での攻防が始まってから、白影の里は大聖堂(ルシード)兵の命を相当数奪ってきた。しかし大聖堂兵はもともと流民の集まりであるうえ女子供、老人まで兵として使っているので一向に数が減ったという感じはない。その出来事が起きたのは、戦が始まってから何日目のことだっただろう。敵兵に不審な動きがあるという報告を受けた海雲が動向を探らせようと配下に指示を出していた時、異変は起きた。

「なんだ、この臭いは?」

 異様な臭いが鼻につき、地図を見ながら指示を出していた海雲は眉根を寄せながら顔を上げた。海雲達がいるのはかげろうの森の中に特設された白影の里の幕営である。同じく異変を察した配下の一人が様子を見てこようかと海雲に尋ねた時、別の者が天幕に飛び込んで来た。

「大聖堂軍が森に火を放ちました!!」

「馬鹿な!!」

 報告を受けた海雲は思わず、叫んでいた。自らの目で真偽を確認するため、海雲は天幕を飛び出す。そうして目にしたものは、夕暮れのように赤く染まっている空と森の入口付近に立ち上っている炎だった。

 火を放つのであれば味方を撤退させてから行うのが普通である。そうした前兆があればもっと早く敵兵の動きを察せられただろうが、大聖堂軍にはそうした動きがまったくなかった。つまり彼らは、すでに多くの仲間が侵入している森に火を放ったのである。

(仲間まで焼き殺す気か!)

 物が焼ける臭いが強まってくる中、海雲は熱風に立ち向かいながら非難の声を上げた。敵味方を問わず焼き殺そうなど、正気の沙汰とは思えない暴挙である。

「消火だ! 水を用意しろ!!」

 怒声を散らしながら、海雲も消火のために走り出す。連中は狂っている、その呟きは誰にも届かず熱い風に消えた。







 彼岸の森の浅いところでいつものように仕事をしていたサイゲートは、普段は姿を見せない動物達が群れを成して走り去って行く様を目にして眉根を寄せた。そうした動物達の異変は何かが起こる前兆である。サイゲートにはそこまでの知識はなかったが、尋常でない動物達の行動は不安を抱かせるのに十分な効力を発揮していた。

「何か、臭くねえか?」

「それに、いつもより熱いぞ」

 異変を察知したのはサイゲートだけではなく、仕事仲間達も手を休めて不審そうな顔をしている。親方に周囲を窺うよう言いつけられたサイゲートは大木にとり付き、枝に足をかけて器用に登っていった。

 地上からではよく分からなかったが、サイゲートが登った木は周囲の木よりも背が高かった。そのおかげで頂辺まで登らずとも周囲を見渡すことが出来たのである。北の空に目を留めて、サイゲートは愕然とした。夕方でもないのに紅に染まった空の下で、森が燃えている。

「親方、火事です!」

 急いで地上に戻ったサイゲートは着地に失敗してよろけながら叫んだ。異変の原因が森林火災と聞いた仲間達は一様に狼狽したが、親方は一人涼しい表情をしている。

「とにかく、今日の仕事は終いだな。街に戻るぞ」

「はい」

 親方が片付けろと指示を出したので、サイゲートはすぐに動き出す。突然の出来事に動きが鈍っていた仲間達も慌てて片付けを始めた。撤収の準備をしつつもサイゲートは考えを巡らせる。

(でも、何で……)

 火事が起こる原因は落雷か火の不始末である。今日は朝から晴れていて雷など発生していないので、落雷が原因ということは有り得ない。それならば火の不始末によって森が焼かれる事態となっているはずだが、サイゲートにはその考えもしっくりこなかった。その理由は、火災の起きているかげろうの森が戦場となっているからである。

(……海雲)

 斧を肩に担いだサイゲートは北の空を仰ぎ、その場所へ赴いているはずの友人の無事を祈りながら街へ向かって歩き出した。







 街のほぼ中央に位置している赤月帝国の王城には、その日も平穏な空気が流れていた。王城の二階部分までは一般人でも立ち入ることが出来るが、それより上階は王族の私室などがあるため進入者は厳選される。そんな四階の一室、赤月帝国の王女である菜の花の私室にはこの国の次期王位継承者であるアゼルの姿もあった。

「世界地図で見た赤月帝国の所在地は?」

 分厚い本を片手に窓辺に佇んでいるアゼルは書物に目を落とすこともなく問いを口にした。それに答える菜の花も、特に考える様子もなく言葉を紡ぐ。

「知っています。ドクロの左目から東でしょう?」

 世界地図を開いた時、そこに大陸が一つしかない。大陸の西部には大きな湖が二つあり、これが地図の向きを右に九十度回転させると髑髏の双眼のように見えるのである。そのことから西北の湖を右目、西南の湖を左目と呼ぶことがあるのだ。菜の花がそうした俗称まで知っていたのでアゼルは頷き、それから問いを重ねた。

「では、左目の別称は?」

「陸の孤島と言うそうですね。湖に浮かぶ島なのに、陸の孤島なんておかしな話だわ。どうしてなのかしら?」

「……よく、勉強してあるな。今日はここまでだ」

 菜の花が発した問いの答えは分からなかったので、アゼルは本を閉ざして白旗を上げた。王位に無関係な菜の花は世界の地理など学ぶ必要がないのだが、率先して様々なことを学んでいる彼女は下手をするとアゼルより博学であるかもしれない。妹の出来が良すぎることに兄としての複雑な思いもあるのだが、何故菜の花が勉強をしたがるのか知っているアゼルは仄かな笑みを口元に浮かべた。想い人に見合うよう知識をつけたいなどとは、なかなかに可愛い考えである。

「なんですか、お兄様?」

 顔色を読まれてしまったのか、菜の花が鋭い視線を向けてくる。アゼルは苦笑しながら首を振った。

「あら?」

 ふいっとそっぽを向いた先で、菜の花が声を上げた。彼女はそのまま窓辺に寄ったので、アゼルは首を傾げながら隣に並ぶ。

「どうした?」

「煙が上がっています。火事かしら?」

「火事?」

 菜の花の思いがけない言葉に、アゼルは眉をひそめながら外を窺った。北に面している窓からは、遠くで火の手が上がっているのが見える。その出所がかげろうの森だったのでアゼルは顔を強張らせた。

「……お兄様」

 アゼルと同じ危惧を抱いたようで、菜の花が不安そうな声を上げる。アゼルは見上げてくる菜の花の目をしっかりと見つめ返し、頷いて見せた。

「大丈夫だ。菜の花は城にいろ」

 菜の花に言い置いてから、アゼルは彼女の私室を後にした。廊下へ出た途端、彼は厳しい顔つきになる。戦場で、何かがあったのだ。

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