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月に喘ぐ  作者: sadaka
10/45

夜空に浮かぶは赤い月(10)

 自宅の客間でサイゲートと盛大な喧嘩をした数日後、緊急の連絡が入ったので海雲は王に謁見を願い出た。謁見はすぐに許されて対面が叶ったのだが、王は海雲の顔を見るなり眉根を寄せた。その理由は、未だ生々しい海雲の傷である。

「その傷は何事だ?」

「少々、ケンカをいたしまして。それより王、大聖堂(ルシード)が進軍を開始しました」

 海雲が早々に本題を口にすると、眉をひそめていた王はそのまま渋面を作った。

「報告は受けている。やはり、目標は我が国のようだな」

「進路から見て、そのようです。既にかげろうの森には部下を配しておりますが、到着までにはまだ数日かかるでしょう」

「その間に、何をする?」

「足留めの準備は既に進めております。軍が到着する前に国内を固めておくのが得策かと」

 赤月帝国を抱くかげろうの森は天然の迷路になっているが、攻められるのであればそれだけでは少々心もとない。そのため海雲は、戦になりそうだと予感した時からかげろうの森にも罠を張れるよう準備を進めてきた。かげろうの森は広大なので全てを監視することは不可能だが、進軍ともなれば大体のルートを把握することは可能である。それよりもむしろ、問題なのは街の方なのだ。王も同じ考えのようで、彼はすぐ海雲の意見に同意した。

「そうだな。無駄な混乱は引き起こしたくない」

「戦況を国民に伝える者達を組織して下さい。逐一情報を送れば、国民も素早く対応出来るでしょう」

「うむ。既にある程度の組織は整っている」

「後は大聖堂の戦い方を見てからでないと、判断出来ません」

 防衛戦とはいえ大聖堂は初めての敵である。また攻め込んで来る者達も普通の軍隊とは違うので、現時点では予想を立てることも難しい。しかし海雲には戦いを長引かせる気はなかった。防衛戦の要は、早い段階で諦めさせることだからだ。

「自衛団はどれ程のものか?」

 そのような問いが出てくるところを見ると王は白兵戦も視野に入れているようである。様々な事態を想定しておくことは有意義だが、海雲はあっさり切り捨てた。

「戦を知らぬ民です。あまりアテになさらない方がよろしいかと」

「……そうだな。戦い方を知っている者は少ない」

「緊急の場合の自衛団です。しかし実際に攻め込まれた時、どれほど機能するかは未知数です」

「誰が指揮をとっている?」

「王子です。日頃から民衆の前に姿を見せておられたので、支持を集めております」

「……そうか」

 我が子の頼もしさに気を緩んだのか、王は口調に嬉しさを滲ませながら呟く。まだ王の弛緩を咎めるほどの時期ではなかったので海雲も笑みを浮かべ、一礼してから謁見の間を退出した。









 仕事を終えて酒場へ行き、飲んだくれた親方を引きずりながら家へ戻ったサイゲートは水汲みを言いつけられて再び外へ出た。たった今閉ざしたばかりの扉からは早くも金切り声が漏れてきている。酔いつぶれた親方を罵っている妻の姿が目に浮かび、サイゲートは微苦笑を浮かべながら歩き出した。

 空のバケツを担いで森に入ったサイゲートは、川面に映りこんだ月に目を奪われて空を仰いだ。天空には今宵も、赤い月がぽっかりと浮かんでいる。赤月帝国の由来ともなった紅の月を仰ぎながら、サイゲートは同じ月の下にいるはずの友人を思い浮かべた。

 先日盛大なケンカをした友人は、飾らない人である。それは初対面でケンカをした時から変わらず、いつでもそうだった。そのことを知っていながら、サイゲートはつまらない意地やプライドで自分を傷つけたのだ。その傷はまだ体のあちこちに残っており、前触れもなく痛んだような気がしたサイゲートはビクッと体を震わせてから苦笑を零す。

(……バカだよな、ほんと)

 自分の想いもうまく口に出来なくて、せっかく差し延べてくれた手もはね除けた。だが彼はぐちゃぐちゃだった想いをすくい上げてくれ、手を握り返さなかったことも許してくれたのだ。

(オレも、うれしかったんだ。初めて自分の居場所が出来たような気がした)

 だから本当は、居心地のいい場所を作り出してくれる彼と一緒にいたいと言いたかった。だが血の繋がりのない自分をここまで育ててくれた親方を裏切るような真似はしたくない。そう思ったから、サイゲートは海雲の誘いを断ったのだった。

(でもきっと、これでいいんだよな)

 人間にはそれぞれ役割があるのだと、海雲も言っていた。海雲が白影の里の棟梁として出来ることをしているように、自分も赤月帝国の一国民として出来ることをするしかないのだ。そうして心が決まってしまえば痛みも晴れやかなもので、サイゲートはまだ腫れている頬に手を当てながら片手で水をすくい上げた。

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