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過去形

作者: 呉一

とても稚拙です



冬が好きだと彼女は言った。理由は好きな小説が雪が降る中で始まるからだと。

春が嫌いだと彼女は言った。理由は自分が春に生まれたからだと。


僕は春が好きだった。理由は彼女が生まれてきてくれたからだ。

僕は冬が嫌いだった。理由は彼女が雪に埋もれてしまうから。





 彼女という存在は作られていた。十数年で培われた感情をもとに。僕はそれを美しいと思った。教室で誰とも会話せずに本を読む姿も、長すぎるスカートを揺らす姿も、作られた笑顔で人と話す姿も。


 いつか感情が苦手だと言っていたが彼女の美しさは感情で成り立っていた。感情を殺すという感情はとても愚かで美しかった。感情を殺すということは何も感情を出さないということではない。むしろ感情を感情で塗り潰すことだ。彼女は泣き顔を笑顔で隠し、すべて大丈夫だと言い切る人であった。だから彼女は誰からも愛されて誰からも愛されなかったのだろう。

 愛される人間というのは概して感情を表に出すものである。プレゼントをもらったときにきちんと喜びを表せる人間が愛されるのであり、苦しいときにはきちんと周りに助けを求められる人間が愛されるのである。それを彼女は小学生のときから知っていた。


 彼女の容姿は平凡なものだった。美しいと褒め称えるほどでもなく、かといって嘆かれるほどでもなかった。おまけに私服はモノトーンが多く制服にいたってはこれ以上ないほど地味な着こなしをしていたために視線を向けられることは少なかった。だがそんな所が僕には魅力的に映った。

    



 春はどうしようもなく早くすぎ去る。きっと彼女が早送りしてしまうのだ。僕らがよく会った図書室から見える桜も、瞬きをする間に散ってしまう。幼い頃に憧れたチューリップは今や誰からも見られない。そういえば彼女は春にはマスクをしてたっけ。たしか彼女もまた花粉症だった。

「春生まれなのに花には嫌われているの。」

とよく言っていた。

 彼女は自分の誕生日を誰かに祝われるのを怖がった。僕にはすぐに教えたくせに友達には教えようとしなかった。

「誕生日を祝われたら死にたくなるでしょ。」

彼女の価値観はこの世界に合っていない。だからいつも生きづらそうにしてたのか。




 夏には彼女が遠くなる気がした。脳みそすら沸騰してしまいそうな暑さのなか霞んでいく彼女が見えた。周りのセーラー服が半袖になっても彼女だけは長袖だった。

「あまり見られたくないの。変に勘ぐられるのも嫌だし暑くなんてない。」

僕にも同じ場所に同じ傷があった。それは彼女と僕が必死に生きようとした証であると思っていたけどそんなことは世間には通用しなかった。生きづらい世の中だね、それでもそこで輝く彼女は美しかったんだよ。




 秋は僕らを知らないみたいだ。はらはら落ちる葉に思いを馳せるのも馬鹿馬鹿しくなった。学校でのイベントの多さに彼女が苦しそうに笑うのを僕は見ていた。過去の話をしてくれたのもこの頃だろう。

「私は生まれてくることを望まれていなかったの。目に見える傷はそう多くはつかなかったけれどそうでない傷はきっとたくさん。母にも父にも愛されたことなんてないけれど私はずっと愛してた。」

この世は親から愛されることを当然とする。そんなことはないのに。そういった意味では生まれる前から勝者と敗者が決まっているのだろう。最初から愛されなかった人間はその後の人生も愛されるのが困難になる。当然のように人の言葉を信じられるのはとても恵まれたことに違いないのだと知らない人間は案外多い。

 彼女は他人が大好きだったが、ひとから愛されることはなかった。彼女自身もそれを知っていた。たとえ愛していると言われても彼女は信じられなかった。




 冬は彼女が最も輝く季節だった。赤いマフラーはとても似合っていたし、低い気温ですら彼女の美しさを引き立たせる道具にすぎなかった。だが彼女の精神状態は気温とともに悪くなっていった。

「息をするのが下手なの。生きていたくないと思ってしまうから。貴方の体温に触れていると少しはましになるのだけれど貴方はずっとは居てくれないでしょ。」

何も言い返せなかった。僕には抱き締める以外にできることがなかった。薬を規定以上飲むようになったのもこの頃だった。

「少しずつ死に近づいているようで。」

死なないでなんて言えなかった。




 そうやって季節は過ぎていった。明日にはいなくなってしまうのではないかとびくびくしながら日々を過ごした。春に出会った彼女はその頃には僕のかけがえないひとになっていた。恋だとかそんな陳腐な言葉では足りないほど彼女を愛してた。

 だが彼女はいなくなった。わかっていたことだ。2月の冷たい雪が降りしきる中で彼女は体温をなくした。セーラー服を着て、遺書を置いて、僕を置いてきぼりにした。次の日の学校はやけに騒がしくて先生は作ったような暗い顔をして。陰口を言っていた女子は泣いていた。そんなままごとみたいな死だった。


 彼女は葬式を嫌がったらしい。墓を要らないと言っていた。だから僕たちにできることは何もなかった。先生の関心はいじめの有無に向けられていて、誰も彼女が死んだことを悲しんでいないようだった。

 実は遺書はもうひとつあった。僕だけに向けられた言葉たち。そこにあったのはきれいな空白と彼女の生きた証拠だった。自分は勝手にいなくなったくせに僕には死んでほしくないらしい。勝手だと思う。結局最期まで僕のことなんて信じなかったのに。彼女の言葉は僕にとって呪いだ。今後決して解けることのない呪い。それでもそんな彼女を僕は愛しいと思った。

 忘れていいよと言うくせに忘れられないようにするだなんて、本当にどうしようもなく愛しい。僕のこれからの涙はすべて彼女の所為だ。眠りにつくときは夢では逢えるのかと願い、朝になればまた逢えなかったと涙を流す。そうやってずっと捕らわれていくのだ。彼女が望んでいようがいまいが彼女は僕の過去でしかない。僕が唯一愛した過去の遺物。






初めて書きました。こんにちは呉一です。この話には所々事実が入っています。親から愛されることが当然とされるこの世界はとても生きづらいと思いますし、そんなひとは結構いるのではと思います。私だって愛されても信じられない。自殺を美しいものだと称賛する気も止める気もありません。文がつまっていて尚且つ文字数が多いので読みづらいと思います。ごめんなさい。読んでくれてありがとうございました。

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