第六十六話 それぞれの道
「ってかタケル!! 思い出せばお前、何勝手にコタロウが居る部屋に行ったんだよ!!」
クロレシアから離れてしばらく経った頃、ようやくモヤモヤが解消してきたかと思えばふと思い出して怒りが湧いてきた。人が必死に助けようと思ってたのに、自ら死にに行くようなことしたんだ。腹が立たない訳がない。
「あう……。だってあたし、自分の事ずっと作られた兵器だと思ってたんだもん。うっしーだって言ってくれたらよかったのに!!」
「あう……。それはっ……」
言える訳ねーだろ……。タケルは俺が人とか兵器とか関係なく見てるところがいいって思ってたんだ。それなのに言える訳ない……。
結局怒る事も出来なくて、俺は押し黙った。
「もー。二人であうあう言ってないでさー、ちょっとはノワール見ててよー」
クロレシアを出る前、街の人にミルクを貰って暫くおとなしかったけど、先程からまたぎゃあぎゃあ泣き始めたノワールにテンもいい加減疲れ果ててきたみたいだ。俺にノワールを押しつけてくる。タケルがなぜか嬉しそうに悶えた。
「? 何クネクネしてんだよ、タケル」
「うっしーと夫婦になったらこんな感じかな~って、えへ、えへへ。やだ、もぅ~恥ずかしー!!」
いきなりベチンと背中を叩かれる。咳き込んだものの俺も考えてしまってついつい照れた。
「うっしーもずいぶん変わったな」
「あ?」
しみじみ言う桔梗につい変な声で返した。まさかそんなこと言われるとは思ってなかったからさ。変わった? 俺が? 自分では全然分からなくて、桔梗に問い返した。
「昔のお前なら今のは確実に怒ってただろう? タケル、今ならもっと押せば確実に落ちるぞ」
「え、ホント!?」
物騒なこと言ってんじゃねーよ!! そう思ったけど、反論する言葉が出て来なくて再び黙るしかなかった。
「そういう話は全部終わってからにして欲しいけどね」
ナナセが呆れるでもからかうでもなく言ってくる。まぁ、確かにそうだよな。全部やり遂げてからじゃなきゃ落ち着いて言う事も言えやしねーよ。それに、自信を持って言いたかったんだ。ようやく気付いた俺の本当の気持ち。だから今はただ、やる事に目を向けた。
そこからはそれぞれ何があったか、別れて戦っていたとき相手とどんな会話をしたか、話しながら進んだ。おかげでレガルに着くまではあっという間に感じたな。
何故かレガルでは俺達が来るのが分かっていたかのように、長老や村人達が出迎えてくれていたんだ。どうやらあちらはフレスヴェルグの気配を感じ取っていたらしい。
「ってか、ニタ!? 何でお前がここに居るんだよ!?」
赤い髪、頭を黄色いベルトで巻き、でかい体をしたサレジストの兵士が何故かこんな所に居て、俺は慌てて近づいた。何かあったのかとも思ったけど、そうじゃなかったみたいだ。
「相殺する機械を作るのにの、力仕事とデータが必要じゃて、少し手伝ってもらっておったのじゃ。魔導砲の核は持ってきたかの?」
「ああ……」
俺は持っていた魔導砲の核を渡すと、ニタの方を見た。テンが何故かノワールを抱えてニタに近づいていく。え、お前近づいて大丈夫かよ!? そう思ったけど、ニタは元々性癖は表に出さない奴だったんだよな、ただすごい目でテンを睨みつけてただけだった。テンもそれが分かってるんだろう、視線を無視してノワールを押しつける。
「うっしー達とやること終えたら必ず迎えに行くから、預かってて。ノワール、知ってるよね?」
「この子が?」
「そう」
訝し気にテンの方を見ていたけど、黙ったまま一つうなずいてノワールに視線を落とす。テンに『服も可愛いの自由に着せてあげていいから』と言われた瞬間顔がやや緩んだことは見ないふりしておいてやろうと決めた。
「うむ……、やはりわしの予想通りであったか。一度放たれておるせいか力が少し足りぬかもしれんの……」
長老の言葉に俺は、俺達は驚いて振り向いた。
「力が足りないってどういうことだよ!?」
もしかして俺達が魔導砲の核を取りに行くって言ったとき、何か言いかけてやめたのはこの事だったのか!? 食ってかかる俺をなだめつつ長老は言葉を続けた。
「腐敗した大地の魔力量に比べやや少ない気がするのじゃ。ただ正確な数値が出せぬでの、ハッキリとは言えぬ」
魔力量が少ないってことは相殺させられないって事だろ。それじゃ俺達一体何のためにここまで来たんだよ!? あまりの事実に俺は肩を落としてうなだれた。こんなことになるなら魔導砲の破壊を遅らせればよかった、なんてバカなことまで考える。
「確実に大地が救えぬと言っておるわけではない。ただその可能性もあるという事じゃ」
「どういうことだ……?」
俺の質問に、長老は渋い顔で答えた。すごく言いづらそうだ。
「相殺において失敗した時の状況は知っておるな?」
「爆発するか、何も起こらないか、だ」
ニタがノワールを抱きながら口をはさんでくる。爆発か、無反応……か。俺も心の中でニタの回答を反芻した。
「何も起こらなければ腐敗を治す事は出来ぬ。じゃが爆発が起きれば流れを生むことは出来たとしても、遠隔操作が出来ぬ相殺の機械では起動した人物が死ぬことになるじゃろうて」
「それじゃぁ大地の腐敗を治すには相殺を成功させるか、爆発させるしかないのか……?」
長老がうなずく。俺は振り返って皆の顔を見た。覚悟はもう決まってるんだ。皆も眉間にシワを寄せながらも否定の言葉は伸べなかった。
「……老い先短いわしの出番かの」
「いや、俺がやる」
長老の言葉を消し去るように声をかぶせ、俺はまっすぐに見据えた。他の誰かに譲る気はなかったからさ、だから俺は長老が持っていた機械の方へと手を差し出した。
「死ぬかもしれぬのだぞ」
「分かってる。だけど俺は腐敗を治すためにここまで来たんだ。誰にも譲るわけにはいかない」
俺の覚悟の気持ちが伝わったんだろう、長老はそれ以上何も言わず、相殺させる機械に魔導砲の核を埋め込んで俺に渡してきた。
「ここがスイッチじゃ。……成功を祈る」
俺はうなずくと、長老から受け取った機械を抱えナナセの方へと向き直る。あいつも俺の気持ちを汲んですぐにフレスヴェルグを呼んでくれた。
「すまないがツイッタ村まで連れてってくれ。やりたいことがあるんだ。……そこから腐敗の中心までは俺一人で行く」
「僕も、行ける所まで行くよ。まずはツイッタ村だね」
俺がフレスヴェルグに乗った後、何故か桔梗とテン、タケルまで乗り込んできた。
「タケルっ……お前はッ」
「絶対行く。うっしーが覚悟決めたのにあたし一人のんびりなんて待ってられないよ!! あたしも、みんなとここまで来た一人なんだから!!」
何を言ってもタケルを止める事は出来ないだろう、俺はうなずくと一言だけ伝えた。
「ツイッタ村までだからな」
「うん!!」
結局五人一緒にツイッタ村まで来た。もう日が傾いて来ていて、もう少しすれば太陽も赤く染まり始めるだろう。焼け焦げた家々、燃えた木々、タケルと二人で作った村の人たちの墓……それらも腐敗に呑まれる事なくそのまま残っていた。懐かしい気持ちで村の中を歩く。
「この村でやりたかった事って何だったんだい?」
ナナセの質問に、俺は自身のポケットからタケルにもらった種を取り出した。
「これを植えておきたかったんだ。俺が守った世界でさ、こいつが大きく育ってくれたら嬉しいじゃねーか」
「そう。……君の役目、僕が代わってあげられたらよかったのに……」
しんみり呟くナナセに俺は笑って言ってやった。
「お前にはクロレシアをどうにかするって役目があるだろ。ヤエも寂しがってるしな。それから、レスターの奴もどんどんこき使ってやってくれよお貴族様。それでさ……たまにはお前の手品、見せてくれよな。まだまともに見た事ねーんだよ、俺」
言い終わるあたりで、ナナセが人前では外さなかった白い綿の手袋を外して、こちらに手を差し出してきた。
「は、はは……。お前の紋章、そんな所にあったのか」
「必ず帰って来て」
うなずいて差し出された手を握る。握手なんて初めてだったけど、悪くはないなって思った。
「何も出来なくて、すまないな」
桔梗も辛そうに俺の顔を見ないで呟く。なんて顔してんだよ。
「死ぬって決まった訳じゃねーだろ。いいんだよ、それで。お前はフレスナーガの復興が待ってんだろうが。港町に預けた子供たちに勉強教えてやらねーといけないしな。俺じゃその役目は出来ねーだろ」
冗談交じりに言ったら桔梗がようやく笑った。俺も嬉しくなる。桔梗が先生……か。良く似合ってると思うぜ。口には出さなかったけど、その想いすら分かってくれたみたいだ。まずは学校の立て直しからだな、なんて言って笑った。
「出会ったばっかの時死ね死ね言ってたけどさ、その言葉撤回する」
テンが唇を尖らせながら呟く。ったく、お前はいつまでたっても正直じゃねーな。俺は近づいて行って両の拳で頭をぐりぐりしてやった。
「俺と契約して正解だったろ?」
「全っ然! 正解じゃねーよ!! 後悔ばっかだったし! ……でも、ありがと。うっしーと契約してなかったらぼく、まだ憎しみでいっぱいだった」
テンの言葉に嬉しくなってさらに頭をぐりぐりしてやった。
「サレジストを変えるんだよな? やり遂げろよ」
「お前もな!!」
バシンと背中を叩かれる。気合を入れられた気がした。
「うっしー……」
タケルが言いづらそうにこちらを見てくる。ナナセが何かに気付いたように手を打って、いきなり大声を出した。
「ああ! そういえば村人を一人待たせてるんだった! 布を一反持っていく約束をしていたんだったかな! テン、桔梗、手伝って!」
「え? え? なに? 村人なんて居た!?」
そのままナナセは訳の分かっていないテンと桔梗を連れ、その場を去っていった。あいつ……俺が忘れてたらどうするつもりだったんだよ……。苦笑してナナセの背中を見つめた。
情報屋の暗号……か。タケル救出作戦の時、港町アスレッドに居たおばさんが使ってたやつだ。一反は一時間、待つは待って帰る、のことだったっけ。ナナセのおかげで俺はタケルと二人で話す機会が出来た。だからその前に、この村で俺が一番気に入っていた夕日がとてもきれいに見える場所……そこにタケルから貰った種を植えるため移動した。タケルもついて来る。墓を作った時と同じようにあいつと二人で穴を掘って種を植えた。違うのは今の気持ちだ。顔を見合わせて二人同時に立ち上がる。
「うっしー、本当にやるの?」
「ああ」
突然のタケルの質問に俺はうなずいた。タケルは辛そうに顔を歪める。
「だって、本当はあたしの、刻の子役目なんだよ!? だからあたしがっ……」
タケルの言葉を遮るように俺は口を開いた。タケルの体が腐敗した大地に耐えられるわけがない。そんな事、俺がさせる訳ないだろ。
「お前言ったよな? 英雄は世界を救う人の事だ、ってさ。俺はその言葉を信じてここまで来たんだ。だからこの役目、誰にも譲るわけにはいかない」
俺の真っすぐな言葉に、視線に、耐えられなくなったのかタケルはうつむき、だけどしばらくして顔を上げた。
「違う。あたし間違ってた。英雄は世界を救う人の事なんかじゃないよ! あたし分かったんだ。英雄ってその人の背中の向こうに未来が見えることだと思う。だからっ……だからうっしーはとっくに英雄だよ!! あたしにとっては英雄なの!! だってあたしの未来、うっしーの背中の向こうに見えるもん!!」
「…………そうか」
俺は心のままに微笑んだ。何故かタケルが俺の方をじっと見つめてくる。
「どうして……? どうして笑ってるの? もうすぐ死んじゃうかもしれないのに……。どうしてそんな風に笑っていられるのよ?」
彼女の責めるような視線が突き刺さる。けど俺は……どうしてだろう? なぜだか笑っていた。
無理やりじゃない、引きつってもいない。自然とこぼれる笑みの理由を、ただひたすら考えてみた。
適当に答えることはできるよ。でもそうしたくはなかった。だから……しばらく考えて、考えて……。そしてたった一つの答えにたどり着いた。
「そうだな、俺は……皆の記憶の中でも笑っていたいんだと思う。オリオの母さん……この村で別れたあの人がさ、俺に向かって最後まで笑ってくれてたんだ。嘘の英雄演じてたって分かった俺にもだぞ? だからあの人の顔、今思い出してもずっと笑顔なんだよ」
俺はタケルから視線を外すと、真っ赤に染まりつつある夕日を見つめた。あの日、英雄になるって決意した時と同じ色の夕日。その色を心に刻んで俺はゆっくりと目を閉じた。
「だから俺も……皆の中でずっと笑顔で居たいんだと思う。明日も、明後日も、これから続く未来の先でさ」
「うっしー……」
自分の気持ち、ようやくハッキリしたおかげで何だか吹っ切れた気がする。俺は目を開けてタケルの方を見ると、ニカッと笑った。
「っても、死ぬつもり全くねーけどな! お前も縁起でもねーこと言ってんじゃねーぞ」
タケルの額を拳で軽く小突き、その後すぐにその場所にキスを落とした。
「うっしー!?」
驚いて目を見開くタケルに、つい笑みがこぼれる。はは、やっぱ驚いたか。いたずらっ子の心境でタケルを見下ろした。
「全部終わったらキスしてやるってクロレシアから逃げる時に約束してただろ。……まだ全部終わった訳じゃねーから、額で許せよ」
「もー!! 言ってくれたらもっと味わったのにぃ! うっしーの意地悪!!」
ギャーギャー言うタケルの言葉は全部無視した。しばらくしたらナナセ達が戻ってきて、結局いつものメンバーでいつも通りに過ごす。逆にこれがないと寂しいぐらいになってた。
翌日。俺が一人で行くって言ったんだけど、ナナセが行ける所までフレスヴェルグで送ってくれるって言ってくれたから甘えることにした。出来るだけ力を取っておきたいってのもあったんだ。さすがにタケルをこれ以上魔力の影響が強い場所に連れて行くわけにはいかなかったから、テンと桔梗にも残ってもらった。
「く……、そろそろ……ダメみたいだ……」
フレスヴェルグの上、ナナセが呻いた。魔力の影響が強すぎて安定した力が出せなくなってきたらしい。このままじゃヘタしたら暴走することになる。俺はナナセの肩を叩いて降りると伝えた。
「ありがとな」
ナナセにそれだけ伝えて、腐敗した大地の中心へと向かう。あいつもうなずいてすぐ引き返していったから大丈夫だと信じた。
「またここに来るなんてな……」
漂う悪臭、ドロドロになった木々、クロレシアの兵士に追われて逃げてたのは十年以上前だ。全てが終わって始まった場所……。今居るのが恐らく腐敗した大地の中心だろう。
「俺、ちょっくら世界救いに行ってくるわ」
誰に言うでもなく冗談交じりに呟いて、長老から預かっていた機械を取り出す。教えられた通りにスイッチを押した。
機械音と共に光が溢れていく。
「頼む、相殺してくれっ……」
溢れていた光は俺の予想に反して徐々に収束していく。このままじゃ何も起こらずに終わってしまいそうだ。
「嘘だろ!? ダメだ、世界を、タケルを助けてくれっ……」
願う気持ちで自身の紋章に触れ、力を注ぐ。瞬間、熱量が増し機械が膨れ上がった。
その日起きた爆発の音は、世界中に轟き歴史に残る事となった……。