第六十三話 作りし者、作られし者
「さぁ、始めようか? TK86」
ウッドシーヴェル達を隠すように再び開いたままの扉の前に立ち塞がると、コタロウがニヤリと口元を歪めて部屋の中央に向き直った。途端、そこに居たタケルがビクリと体を震わせる。自分に刻まれた、コタロウに対する恐怖の感情だ。このままでは攻撃することもできないと、持っていた剣の柄を握り締めて顔を上げた。
「あたしはタケルだよ! そんな名前じゃないんだから!!」
「たかだか失敗作の兵器をどう呼ぼうとボクの勝手だと思うけどねぇ。まぁいい、ここに来た事だけは褒めてあげるよ」
直後、周囲を炎が埋め尽くした。魔導砲側の出口も炎で塞がれ見えなくなる。タケルにとってはありがたい事この上ない。けじめをつけるためにここへは来たけれど、生きて彼らの元へ行ける自信などなかったのだ。それどころか自分は人として、人のまま死ぬつもりでここの扉を開いたのだから。
「扉は開けてある。ボクを越えてみるがいい」
「あああああー!!!!」
タケルは気合を入れるために雄叫びを上げて剣を引き抜くと、目の前に居たコタロウに斬りかかった。コタロウは嬉しそうに唇を歪め人皮で出来た紋章入りの長いリボンを一振りする。タケルの剣はその布を切り裂くどころか弾かれてのけぞった。そこを追撃するように炎が巻き上がる。すぐ熱風を避けるように後ろに飛んで避けたが、皮膚がちりちりと焼かれる感触がした。このまま接近しているのは危険だと、かなり距離を取って再び剣を構える。
「どうして? どうしてあたしを作ったの!? 何であたしだったの!?」
普通の女の子であったなら、体が腐る事も記憶がないなどという事もなかっただろう。これから先ウッドシーヴェルと共に居る事もできたはずだ。それなのに、と唇を噛む。これ程苦しい思いをしているのも、こんな風に作られたからだと、ただコタロウを恨むしかなかった。
「お前が”刻の子”という特別な存在だったからだ。王様はお前を研究用のガラス筒に閉じ込め、それはそれはご執心だったよ。一つ言っておくとねぇ、お前の記憶は機械で消したわけじゃない。元々記憶を与えられることなく筒の中で育ち続けたんだよ。今言葉を話せているのは恐らく刻の子としての過去の記憶だろう。ヴェリアがお前の記憶を消すと言って持っていたのは、お前を脅すためのただのオモチャだからねぇ」
コタロウが口元を押さえクククっと笑う。信じられない事実にタケルは目を見開いた。
「ガラス筒の中で育ったって……どういう、こと?」
「なんだ、レガルに行ったんだろう? 聞いてないのか? お前はレガルから攫われた人の子だ」
直後、コタロウのリボンが飛んでくる。タケルはすぐに避けたが、一瞬コタロウと目が合いビクリと震えて反応が鈍った。そのまま頬を熱がはしる。恐らく深く切り裂かれたのだろう、左肩の辺りが赤い滴で濡れていた。
「ボクがお前に施したのはこのボクに対する恐怖の記憶の刷り込みと、腹部に埋め込んだ紋章の力を吸う機能だけだ。まさか魔力を溜めると腐敗を招くとは、当時のボクはまだ気づいていなかったからね」
恐らく今はもう全てを知っているのだろう、コタロウは炎を放つとタケルの腹部を覆う服を焼き尽くした。腐敗した部分が露わになる。
「随分と進行しているようだけど、ここの魔力の影響はかなり厳しいんじゃないか? あれからまた魔力を吸ったんだろう?」
図星をつかれタケルが顔をしかめる。油断した隙に腐敗していた腹部をコタロウの炎が焼いた。
「あああッ!!」
激痛がタケルを包み込む。腹部だけのはずなのに、全身が痙攣を始めた。気が付けばコタロウがいつの間にか近づき慈悲などないというように、支えきれず膝をついたタケルの顔を蹴り飛ばす。倒れたところを狙って、腐敗し焼けただれた腹部を踏みつけた。タケルの口から悲鳴にすらならない声が漏れる。
「この世にはクソとゴミしか存在しない。この世界が腐敗して消え去っていくというのならそうすればいいのさ。こんな場所など消え去ればいい。世界が魔力で成り立っているというのなら、ボクが新たな世界を作るからねぇ!!」
タケルを踏みつぶし、さらに蹴り飛ばす。炎で包み込もうとしたところで、どこにそんな力が残っていたのかタケルが駆け抜けた。せめて今聞いた情報だけでもウッドシーヴェル達に伝えたかったのだ。魔導砲側の扉をくぐろうとして、そのままコタロウのリボンに絡めとられる。
「逃げられると思ったか、クソが。こんなつまらないゲームエンドじゃ暇つぶしにもならない」
すぐに引き戻され、床に叩きつけられた。タケルは朦朧とする頭を振り、コタロウを睨みつける。ただ痛めつけられゴミのように扱われるのは嫌だと、タケルは震える唇を開いた。
「君も、誰かの力を奪ってここまで強くなってるんでしょ? そんなのでどうやって世界を作るっていうのよ。本当の、人の力なんてちっぽけなものなの。あたしも、君も、”紋章持ち”達も、みんな世界から魔力を貰ってるからこうしていろんなことが出来るんだよ!!」
タケルの言葉にコタロウは片手で顔を覆うと、くつくつと笑い声をあげた。
「ボクには出来るんだよ。大体クソやゴミから使える物を引き抜いて再利用することのどこが悪い? 使えないものをこのボクが有効利用してやっているだけだ。むしろ喜ぶべきだろう? お前達もボクが作る新しい世界の一部にしてあげるんだからねぇ!」
タケルが次の言葉を発するより先にコタロウがリボンを振るう。咄嗟に避けたがその隙を突かれ腹部に蹴りがめり込んだ。床に倒れてえずくタケルの背中を、手加減なしに踏みつぶす。一連の攻撃にタケルは恐怖どころではなかった。もう死を悟るしかない。霞む目で、開いたままの魔導砲側の扉を見つめる。先程まで扉の前を包んでいた炎はすでに消えていたが、正面からややずれているこの位置ならばウッドシーヴェル達に自分が死ぬ姿は見られないだろう。どのみちいつかは体が腐って死ぬのだ。早いか遅いかだけの事。タケルはうっすら笑うと別れ際に見たウッドシーヴェルの背中を思い出した。
(信じてるよ。君の向こうに見えた明日を……)
「おしゃべりは終わりだ」
死を悟ったタケルからは恐怖の心が消え去っていた。何を恐れていたのかすら分からなくなる。そんなタケルに向かってコタロウが炎を生み出した。これが、自分の最後。
覚悟して終わりまで見続けようとしたタケルの視界を真っ赤に染め上げる。かと思われた直前、だがどういう訳か何かが揺らいだ。コタロウの炎が不安定なまま小さくなり消え去っていく。
「な!?」
その理由がタケルにはすぐに分かったが、今はどうにか立ち上がり体力を全て振り絞って走った。心配してくれる人がいるのに自ら死ぬなど、自分はバカげたことをしていたとようやく気が付いたのだ。まだ一緒に居られる時間はある、死ぬなと言ってくれたかのようにそれが自分を守ってくれたのだ。
それはタケルが肌身離さず持っていたもの。茶色と青色が濃くなった、元は七色のウッドシーヴェルから貰った宝玉。コタロウの魔力がこれに引き寄せられ、力が揺らいだのだ。
『この宝玉に魔力を込めておくと引き合うらしいんだ』
ウッドシーヴェルが自分にこの宝玉を渡す時そう言っていた。もしかしたらコタロウが使っている魔力の中に影響を与える何かが入っていたのかもしれない。タケルは必死で足を動かし、魔導砲側の扉をくぐった。
「ヴェリアァ! 貴様、何の力を持ってきたァ!?」
自分の力として使っているはずなのに、制御できない炎がコタロウの周りを奔る。それはすぐに治まったが、タケルが扉をくぐったことにより床が崩壊を始めた。
「ク、クク、あははははっ! まさかここまでボクの予想を裏切ってくれるとはねぇ!!」
コタロウが力を放つ。すぐに瓦礫が集まりコタロウの足元で固まった。それは出口まで続き、慌てることなくそこに向かってゆったりと歩いていく。予想外の展開ばかりで、コタロウは笑いが止まらなかった。
出口から飛び出したタケルはその先に居たウッドシーヴェルに抱きつく。防御壁は扉をくぐった時解除されるようになっていたのか、二人を隔てるものは何もなかったのだ。
「うっしぃぃぃーーーーん!! よかったぁぁぁーーーーーん!!! 宝玉ありがとぉぉ! 大好きぃィーーーー!!!」
ウッドシーヴェルの顔が引きつっていることもお構いなしに彼の首に自身の腕を絡ませる。膝で何かを蹴り飛ばし、額に固い何かが当たり、さらには小さな呻き声も聞こえてきたが気にしないようにした。ウッドシーヴェルに夢中になるといつも起こる現象だ。テンが心配そうな声を出して自分を回復してくれる。
「お、まぇ……二度目は、さすがに……使いもん、ならなくなる……。うう、つかテン……、頼むから、俺も心配してくれぇ……。このままじゃ、男として終わ、る……」
何故か鼻から血を流し下腹部を押さえてうずくまっているウッドシーヴェルを、タケルはキョトンとした顔で見つめた。桔梗がなぜか楽しそうに笑いをこらえていたから、自分も笑ってごまかす。すぐに自身の魔法で回復したのか、ウッドシーヴェルが立ち上がって怒りの表情を浮かべたが、怒鳴る直前誰かの笑い声が邪魔をした。
「ククク、よくやった、コタロウ。様子を見に来てみれば面白い事になっているではないか。これで我が国もすぐに拡大できるぞ」
扉は五つしかなかったはずだ。どこから入って来たのか、いや、元々そこに居たのか、クロレシアの王が魔導砲の内部から姿を現し、何かのスイッチを入れた。途端、脱力感がウッドシーヴェル達を襲う。タケルは魔力の影響で腐敗した腹部を押さえうずくまった。激痛で何も考えられなくなっていた。
「な、魔導砲を起動したのか!?」
焦って魔導砲を見上げるウッドシーヴェルに釣られて動ける全員が膝をつきながらそちらを見る。背後からはコタロウが、部屋の奥で岩に固められていたヴェリアを開放しつつ、ゆったりとした足取りでクロレシアの王に近づいていった。
「王、勝手な真似はしないで頂きたい」
コタロウの反抗的な言葉に、クロレシア王は訝しげな顔で答える。
「私に意見できると思っているのか、コタロウ? お前は今すぐ兵を招集しサレジスト襲撃の準備を整えろ」
王の命令に、だがコタロウは動こうとはしなかった。そんなやり取りを見ていられたのもヴェリアとレスターだけであったが。
「くそっ……! このままじゃ魔導砲が発動してしまうっ……」
ウッドシーヴェル達は、冷静に会話している二人をよそに焦っていた。今魔導砲が発動してしまえば溜められた魔力が無くなってしまうのだ。そうすれば腐敗を治すために使う魔力が足りなくなってしまう。どうにか魔導砲を破壊しようと放ったテンの魔法も、そのまま本体に吸い取られていってしまった。
「く、力が抜けるっ……タケル、大丈夫?」
「う、うんっ……」
大丈夫なわけがない。だが皆に心配をかけさせまいと、額に汗を浮かべながらも無理やり笑顔を張り付けた。
「くっそ! このまま終わってたまるかよ!!」
震える膝を押さえ、ウッドシーヴェルが立ち上がる。クロレシアの王にも、コタロウにも思い通りにさせるわけにはいかないのだ。その一心で魔導砲に向かって重い足を一歩踏み出した。