第五十七話 クロレシア再び
「タケル、お前はここに残れ」
数日レガルの村で休み、魔力と体力を回復させてからクロレシアへの出発を決めた。魔導砲の核を絶対奪ってやるって毎日修行もした。その中で俺はずっと考えてたんだ。クロレシアは魔力の影響が強すぎる。タケルの身体には負担が大きすぎるんじゃないかって、さ。悩んだ末出した答えがそれだ。
「うっしー、どうして!? あたし役立たず!? みんながあんな強い人達のいるところに行くのに、一人だけ大人しくなんて待っていられないよ!!」
タケルが俺の腕に縋り付いてきた。だけど、こればかりは譲ることが出来ねーんだよ。お前が大事だから。
ナナセがフレスを召喚したのと同時にタケルの腕を振り払った。ナナセはすでにフレスヴェルグの背の上だし、テンと桔梗も先に乗れと促して俺はタケルの進路を阻んだ。
「腹痛で倒れられちゃ迷惑なんだよ。ここで治療に専念してろ」
そのままタケルに背を向け、俺もフレスヴェルグに乗り込んだ。かなり冷たい言葉だとは思ったけど、突き放さなきゃタケルの意志に負けそうだったんだ。少し気になって振り返って見てみればタケルの横に長老がやってきて何かを言っていた。説得だとありがたいんだけど、ちょうど飛び立つためにフレスがひと鳴きしたおかげで内容は聞こえなかった。まぁ、今そんな事はどうでもいいと正面に向き直る。覚悟を決めて姿すら拝めない彼方にあるクロレシアの辺りを見据えた。
「クロレシア……。久しぶりだな」
初めてあそこに行ったのはタケルを救うためだった。そこでレスターに再会して色々あって……。
思えば俺、タケルに振り回されっぱなしじゃねーか。出会った時の事まで思い出して俺はつい下腹部に力を込めた。
「絶対ついてくんだから!! ちょあーーーーー!!!」
「は?」
フレスヴェルグが浮く直前、タケルのそんな奇声が聞こえてつい振り返った。さっきまで長老の隣にいたはずのタケルの姿がなぜか消えてる。不思議に思ってる間にテンが叫んだ。
「ナナセェー! 降りて、フレス降ろしてー!! タケルがフレスの足にくっついてるぅー!!」
「は? ちょ、タケル!? 何やってるの!?」
「くくく……何かやると思ってたよ」
結局一度地に下り、タケルをちゃんと背に乗せてから俺達は再び飛び立った。怒りで暫く黙ってたけど、レガルの村を離れるにつれて色々不安とか心配とかが溢れてきてついついタケルを怒鳴りつけた。
「何やってんだ、バカ!! 待ってろって言っただろ!!」
「心配してるのが自分だけなんて思わないでよ!! あたしだってみんなの事心配なんだよ!! 一緒に居たいの! そばに居ろって言ったのうっしーでしょ!!」
う。確かに言ったけどよ……。
そんな事まで言われてしまったらもう黙るしかないだろ。言ったことは取り消せないし、あの時はそう思ってたんだからさ。俺のバカな頭じゃそれ以上反論する言葉も思いつかなくて、どうしようかと悩んだ末話題を変えた。
「……そういえばお前、さっき長老に何言われてたんだ?」
「ふんだ! 意地悪なうっしーには内緒!!」
この、やろう……。勝手にしろ!!
いつもと違って反抗的なタケルの態度に少しムカついて暫くお互い膨れてたけど、思えばタケルの気持ちも聞かず色々決めたんだよな。もし自分だったら確かに腹立つなって思ったら、俺も悪かったかなって思い始めてきた。
結局なんだかんだ言ってもクロレシア付近に着くころにはお互い元に戻ってたんだけどさ。あいつがいきなり『ちょっと待って、よく考えたら無口なうっしーって初めて見たかも。その表情も意外といけるぅ~。こっち向いて~』なんて、まるで俺がいつもギャーギャーやってるみたいなこと言いやがったからだ。おかげで怒る気も失せたわ。
「おい、クロレシアの様子がどこかおかしいぞ」
近づくにつれ異変に気付き始めた桔梗が慌てたような声を出した。俺達もフレスヴェルグの上から街の方を見下ろす。
「な、戦いが始まってる!?」
ナナセは驚きの声をあげ慌てて地上に降り、クロレシアの街に入って行った。俺達も後を追うように駆け出す。
クロレシアの街は入り口からすでに壮絶な状態だった。街中破壊され、いたるところに街人や兵士が転がっている。恐らくもう息はないだろう。クロレシアで一体何が起こってるんだ? 分からないまま先に行って立ち尽くしているナナセに近づいた。あいつは不安いっぱいの表情できょろきょろと街を眺めている。
「あれほど目立つフレスで近づいても何の攻撃もされなかったのはこのせいか。ナナセ、まずはお前の屋敷へ行こう。ヤエが心配だ」
桔梗の言葉にナナセがうなずいた。そのまま無言で駆け出していく。すぐに桔梗が続き、俺とタケルも後を追った。
「ああ、ぼくの未来の嫁ヤエちゃぁ~ん! 今行くからね!!」
テンについては無視だ、無視。
「ヤエ、無事!?」
「おかえりなさいま……ナナセ様!?」
焼けることも崩れることもせず残っていたナナセの屋敷に見つからないよう入った途端、飛び出して出迎えてくれたのはここに仕えているメイドのヨンだった。彼女はナナセと俺達をマジマジと確認すると、慌てたように中に引き入れすぐにドアを閉めた。かなり警戒しているみたいだ。
そりゃそうだよな、俺達はお尋ね者だしナナセは裏切り者のうえ陛下の命を狙った反逆者だ。だけどヨンは外を見て追手がない事を確認すると、ほっと胸をなでおろしてこちらを見た。どうやら俺達を罪人として捕えることはしないらしい。
「ナナセ様、おかえりなさいませ。この屋敷は城に仕えるようになったヤエ様のおかげで襲われることもなく、兵士や騎士の方が守ってくださっているので無事なのですよ。私達もヤエ様のおかげでこうして何事もなく暮らしております。ヤエ様は数日前から城の方へと行ってしまわれていますが……」
「そっか、ヤエが……。君もヤエのそばに居てくれたんだね、ありがとう」
「いえ……」
ヨンは照れて頭を掻きながらも少し寂しそうにしていた。何故かって聞く前にヨンは事情を話してくれる。
「私がナナセ様にヤエ様の力を分けたことで、あの日からヤエ様が城に連れて行かれてしまったんです。それからはヤエ様も戦いに駆り出されるようになってしまって私はっ……!」
ヨンもずっと悩んできたんだろう。自分のせいでヤエの自由を犠牲にしてしまったって。だけど……。
俺はちゃんと知ってほしくて、ヨンの方へと歩み寄った。
「あんたのおかげで俺もナナセも生きてるんだ。あんたがヤエの力をナナセに与えてくれなければ俺達とっくに死んでたよ。だから、ありがとう」
城から落ちた時、ヤエがナナセに力を分けてくれてなければフレスヴェルグが召喚されることはなかっただろう。俺達が生きてるのはヨンのおかげなんだ。そう伝えたら、ヨンもようやく明るく笑った。丸い眼鏡を少し上げて目元をぬぐうと、真面目な顔に戻りナナセの方を見た。何か覚悟を決めたみたいだ。
「やはり私がお仕えするのはナナセ様とヤエ様です。ですから正直に話しますね。私は元研究者です。そして研究者の知り合いも多いのですよ。そんな中、この戦いが数日前から始まりました」
いったい何を言おうとしてるのか、俺には言ってることがまどろこしすぎて分からなかったけど、ヨンがいたずらっぽく笑んだ。その表情を見て嫌な予感……ではないけど何かやったなって予感がした。ナナセも不思議顔のままヨンの方を見ている。
「私、もしヤエ様がいなくなってしまったらクロレシアを裏切るつもりでしたのよ?」
そのままヨンはエプロンのポケットに手を入れると何かを取り出し、じゃじゃーんという効果音が聞こえてきそうな程に手を前に突き出してきた。ナナセの目の前に……だ。
「こ、れっ……!」
小さな瓶の中、そこにあるのは紋章の形をした黒く光を放つ物体。ヨンが再びいたずらっ子の顔で笑った。かけたメガネがまるで悪役のようにキラリと光った気がしたのは俺だけだろうか?
「間違いなくあなたの力ですよね? ナナセ様」
「ヨン、君っ……」
「この力で私を確実に守ってくださいね」
にこりと笑ったままヨンは瓶のふたを開けた。途端辺りに光があふれ、その紋章の形をした光はナナセの中に吸い込まれていく。本人の力だ、迷うことなくすべて収まった。
「うっしー!!」
ナナセが嬉しそうにこちらを振り向き叫ぶ。召喚したくて仕方ないんだろうな、手がワキワキしてる。けど、これからコタロウたちと戦うんだぞ、無駄な魔力なんて使わせられるかよ。俺は頭を振ると、行こうとだけ言って外に出ようとした。ヨンの話を聞いた限りここは安全みたいだしヤエも居ないみたいだからここに居ても仕方ないって思ったんだ。ナナセもそれが分かったんだろう、肩を落とすとヨンに向き直った。
「ヨン。ありがモフ。しばらくここは安全だとモフモフからここにモフモフくれるかな?」
意味分かんねーっつーの!! そんっなに召喚したいのかよ!? 俺は呆れてため息をつくと、ナナセに召喚許可の言葉を投げた。
「ただし短時間だからな!!」
ちゃんとくぎを刺すことも忘れないけどな。ナナセは嬉しそうに顔を崩すと、右手を頭上に高々と掲げた。
「来て! フェンリル!!」
まばゆい光の後に急激に冷気が押し寄せたかと思えば、青白い光がふわりと辺りを覆っていく。その後現れたのはナナセが言う通りモフモフの青い獣毛で覆われた巨大な狼の獣だった。こいつがフェンリル……か。フェンリルは嬉しそうに目を細めると、ナナセの顔を舐めだした。友達……そっか、ずっと会えなかったんだよな、俺とレスターのように。そう思ったらナナセの気持ちもなんとなく分かった気がした。
「そろそろ行こう。この戦いが数日前から始まったのならコタロウの仕業かもしれないからな」
桔梗が真面目な顔で告げる。俺もうなずいた。ナナセが召喚獣を消すのを待って俺達はクロレシアの兵士達に見つからないよう屋敷を出ると、城の方へと向かった。