第五十六話 真実
「まず何から話そうかの。お主はわしに聞きたいことでもあるか?」
レガルにある長老の家らしきところの座敷に通され、腰を下ろした途端そう問いかけられた。家といってもそんな立派なものではなく、その辺りにある木や藁で組み上げた簡素なものだ。座敷なんて言ったけど実際はただの土の上に平らに木が敷き詰められ、さらにその上に柔らかい布が広げられている程度だったりする。正直座り心地は悪いから、俺はあぐらをかいたまま尻を少し浮かせた。
「そうだな……。聞きたいことはいっぱいあるんだ。大地の腐敗の原因と治し方、この村の事。あとはタケルについて、だな」
「タケル……とは刻の子のことじゃな。あの子は生まれたばかりの頃クロレシアの者に攫われたのじゃ。名をつける間もなく……な。タケル……そうか、いい名じゃ」
「攫われた!? ってか、生まれたって……タケルは作られた人間じゃないのか!?」
意外な真実と喜びで俺はさらに腰を浮かすと長老に迫った。
仕方ないだろ? タケルはちゃんとした人の子だったんだ。その事実が思った以上に嬉しかった。あいつはクロレシアの奴らに作られた人間じゃないんだって思ったら居てもたってもいられなくなった。
「作られた……とは珍妙なことを聞く奴じゃの。あの子の中から調和せぬ力を感じたがそれ以外は生まれながらに持つ刻の子の魔力じゃ。あの子は備わっておる魔力の使い方も知らず弱っておるがの。それに……まもなくその役目すら終わるじゃろうて」
突然声のトーンを落とした長老に不思議に思い問いかけた。タケルの役目……いったい何なんだ。気になって仕方がない。
「それには大地が何故腐敗するかを知ってもらわねばならぬの。ちょっと待っておれ」
長老はおもむろに立ち上がると、家の外に出て行く。暫くして水を汲んだ器を持って戻ってきた。俺は何が何だか分からなくてただ茫然と長老を見ている事しかできなかったけど。
「この水は魔力と同じものと考えてもらおう。動き流れる水は清らかで澄んでおる。じゃがこれを数十年このまま動かさずに置いておくとどうなると思うかの?」
「どうって……。そういえば昔、瓶に汲んだまま飲まずにいた水が…………、確か腐ってた」
そこまで言ってハッとなった。
「まさか魔力も同じだってのか!?」
俺は立ち上がって長老に駆け寄ると、持っている器を覗き込んだ。
長老はその器を俺に渡すと、座敷に戻ってゆっくりと腰を下ろす。いったい何を言おうとしているのか、俺にもなんとなく分かって器を持ったまま長老の前に同じように腰を下ろした。真剣に聞かなきゃダメな気がしたんだ。今から聞くのが俺の知りたかった事、腐敗を治す手がかりだって思ったから、さ。
「そうじゃ。クロレシアの北西には信じられないほどの魔力が滞っておる。それもクロレシアが持っている魔導砲のせいじゃ。アレを使うために集めた魔力がそこに溜められ大地の腐敗を招いておる。元々滞らぬよう魔力を拡散するのが精霊の役目であり、滞った場所を破壊するのが刻の子の役目だったのじゃが……」
精霊は役目を忘れて殺し合い、刻の子は攫われ力すら使えなくなったわけか。
「けどタケルはまだ十七、八だろ?大地の腐敗はもっと早くからあったはずだ」
俺の質問に長老はうなずいた。
「精霊も刻の子も、何度も生まれ変わっておるのじゃよ。代々クロレシアの王が魔導砲を使いたいがためにことごとく邪魔をしに来る彼らを殺したのじゃ。生まれ変わるたび精霊の記憶は薄れ、役目も忘れた。そのうち大地は疲弊して精霊たちを産む力すら失くし限界を迎えておった。そこで生まれたのが我々”紋章持ち”じゃ。特に我らレガルの民は精霊が忘れつつある記憶の導を書き留めておく役割を持っておる。精霊たちが持っておる禁書はその一部じゃ。ただ大地腐敗の原因となった魔導砲の事も記してあるからの、固く封印しておったのじゃ。まさか一度は破壊した魔導砲を精霊が再び復活させるとは思ってもいなかったがの」
そうか。大地は人に魔力を与え、少しでも流れを作ろうとしたんだな……。何だか弱った大地に親近感がわいて、どうにかしてやりたいって思った。この大地も生き残るために一生懸命足掻いてるんだ。
「ならそこの滞った魔力を流れるようにすれば腐敗は治るんだな!」
原因と希望が見えて、俺は元気よく立ち上がった。どうすれば流れるようにできるのかなんて考えもつかなかったけど、とにかく何かしなきゃって思ったんだ。
「それは無理じゃ。刻の子も力を使えぬ以上滞った魔力に流れを作るには腐敗を相殺して動きを生むしかない。じゃが滞った魔力を相殺させるだけの同等の力が確実に足りないのじゃよ。ここまで来てしまったらもう大地の終わりまで見守るしかないて」
長老の言葉に俺は頭を振った。
そんな事……出来るわけないだろ。見守るだけなんて、出来るわけがない。腐敗の原因も、解決方法も分かったのに放置するなんて俺には無理に決まってる。それに約束したんだよ、ツイッタ村の皆に。彼らが信じた英雄になるってさ。だからここまで来て放置する事だけは絶対にしたくないって思った。この世界にはみんなの大事な人達も生きてる。……だから俺は、普段使わない頭をフル回転させたんだ。何か、何か方法があるはずだ。力……魔力……。
そこでふと、ノワールを連れに来たコタロウの言葉を思い出した。
『お前たちは必ずクロレシアに来る』
そうだった、クロレシアには……。
「魔導砲!! あいつの核を奪えばかなりの力じゃねーか!?」
俺は大声で叫んで長老に迫った。長老もたじたじだったけど、すぐに顎髭を撫でてうむうむとうなずいてくれる。
「どれ程の力が蓄積されておるかは分からぬがいい考えじゃ。じゃが……いや、水を差すだけじゃの、やめておこう。我らは相殺させる道具の開発を進めておこう。その核持ってこられるか?」
「ああ! 行って来る!!」
それだけ言い残し俺は家の外に駆け出した。
コタロウの野郎、もしかしたらすでに大地の腐敗の理由も対策も分かってたんじゃねーか!? なのに放置かよ!? 怒りを覚えつつ、それでも解決の糸口を見つけた嬉しさで浮足立った。タケルの事も、さ。お前はヒトなんだって、早く伝えてやりたい。兵器なんかじゃない、ちゃんと人間から生まれた人なんだって知ってほしかった。
「うっしー」
長老の家を出てすぐ、家と家の隙間からナナセが声をかけてきた。俺は今のテンションのままナナセに報告しようと思ったけど、なぜか眉間にシワを寄せたままのナナセの表情に言葉を詰まらせた。
「少し……いい?」
「あ、ああ」
そのまま村の端の方まで歩いていく。周りに家もなくなり、近くに小川が流れている所まで来た。ナナセの表情は固いままだ。人に聞かれたくない事なのか……? 分からなかったが大事な話の気がして俺はナナセの言葉を待った。
「タケルの身体、腐敗してるよ」
「は……?」
一瞬ナナセが何を言ったのか分からなくて、呆けた声で答える。ナナセがため息をつきつつ言葉を続けた。
「腹痛は腐敗しているせいなんだ。もう足の付近まで来てる。あと少ししたら歩けなくなるんじゃないかな」
なに……言ってんだよ。ナナセの言葉が理解できなくて、いや理解したくなくて、俺はナナセを押しのけて歩き出した。
「あいつ、なんで俺に何も言わなかったんだよ!? 腐敗って……、そうだ! だったら相殺させればいいじゃねーか!? 流れを作れば腐敗も治せるらしいんだ!!」
混乱したまま今聞いてきた話をしたら、ナナセが俺の腕を掴んで引き止め振り向かせた。そのまま俺の目を見て首を横に振る。
「彼女が溜め込んだ魔力量、一度に使える魔力じゃ相殺させる力が足りないらしいよ。確実に相殺させなきゃ爆発して体ごと消し飛ぶ可能性もあるらしい」
「嘘……だろ。あいつ、どうして早く言わなかったんだよ。そうしたら魔力吸い取るなんてさせなかったのに」
呆然と呟いた俺にナナセは眉間にシワを寄せたまま、それでも俺の方を真っすぐに見てきた。
「君は彼女をタケルとして見てたからだよ。彼女そう言ってた。人とか兵器とか関係ない、タケルはタケルだって、その言葉が嬉しかったみたいだね。だから兵器として腐っていくこと、知られたくなかったんじゃないかな。君にだけは」
なんだよ、それ……。俺はつい拳を握り締める。そんなこと言われたら、もう人だ、とか言えねーじゃねーかよ……。何もしてやれない自分がみじめで悔しくて、唇を噛んだ。
「……お前は、なんでその事俺に話してくれたんだ?」
うつむいたまま俺はナナセに問いかける。あいつの眉間のシワが少しだけ浅くなった。
「こっちの戦場では負けない自信、あったんだけどね。惨敗だったから、さ。腹いせかな。僕だけ苦しんでるなんておかしいだろ?」
そのまま俺に背を向けると、くつくつと笑いながら一言発した。
「この事はタケル本人にはまだ言ってないんだけど、大地の腐敗が治って元気を取り戻せば今より相殺させられる魔力量が増えるらしいよ。それにこれ以上タケルの身体に魔力を留めず負荷をかけなければ腐敗の進行も止まるらしい。大地腐敗の原因と治療法、分かったならいつでもフレス呼ぶから声かけて」
そのままナナセは村の方へと戻っていった。そうだ、俺のやるべき事。クソレシアから魔導砲の核奪って、コタロウの奴一発ぶん殴って、その勢いで大地も治してやるぜ!! そうすればタケルの身体も治せるんだろ。
俺は覚悟の拳を握り締めて村の方へと戻っていった。




