第五十三話 侵入
テンと桔梗、二人の力によって目の前に謎の空間が浮き上がってきた。紺から黒に近い渦が何もない場所に突然現れたんだ。俺は呆然とそれを見つめた。
「私の後について来い。少しでも道を誤れば二度とここへは戻って来られないかもしれない。気をつけろ」
真剣な顔で言う桔梗の言葉には、かなりビビりながらうなずいた。タケルを放ってはおけない、うなずけたのはそう思ってたおかげだ。仕方ねーだろ!? 見るからに怪しい謎の渦だぞ!? 異次元ワープみたいなやつ。そこに突っ込んでヘタしたら帰って来られないかもって、ビビるなって方がおかしいだろ。
それでもタケルを守りたい、その一心だった。分かったんだよ。俺、あいつがすげー大事だって。多分誰よりも気になってるかもしれない。
ポケットに手を突っ込み種と宝玉を確認する。覚悟を決めて桔梗の後についた。
そこから暫く歩いたが、先に進めば進むほど焦げた臭いがどんどん近づいて来る。レガルが、タケルがどうなったのか、ますます不安が膨れ上がってきた。
「うっしー!! 前!!」
「何だあれは!?」
黒と紺の渦の先に見える光、そこを塞ぐように一体の巨大な魔物が居た。二階建ての家以上の大きさだ。もしかしたらあいつ、出口を塞いでいるのかもしれない。
「嘘だろ……。魔物かよ!?」
岩を寄せ集めたような姿、大きな口らしきところから出ている凍り付きそうな程の煙は恐らく冷気だろう。奴はのっそりとこちらに近づいて来た。
「シンニュウシャ……ハイジョ……」
言葉と同時に巨大な拳が俺達に襲い掛かってくる。全員四方に飛び、かろうじて避けたが風圧で体が思ったよりも吹き飛んでいく。
「うっしー、それ以上私から離れるな!! ここに帰って来られなくなるぞ!!」
「ちょ、嘘だろ!?」
無情にも岩の魔物は俺に狙いを定め拳を振り下ろしてくる。このまま左に避ければ桔梗から離れることになる。結局右に避けるしかなかった俺の動きは相手にも丸分かりだったんだろう、岩の魔物の反対の拳が頭上から迫って来た。くそ、殴られるっ……。
「来て、ニーズヘッグ!!」
目を閉じた俺の前を風が切った。それと同時にニーズヘッグの悲鳴がこだまする。あいつ、魔物の拳を真正面から受けて俺を守ってくれたんだ。
ってか何やってんだよ俺、ニタとの修行は何のためだったんだ。ニーズヘッグとナナセに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、魔物を見据えた。
そうだ、こんな所でごちゃごちゃしてる場合じゃない。手間取ってたら大切な奴をまた守れないかもしれないんだ。サレジストの時はタケルに何事もなかったけど、もうあんな苦しい想いはしたくない。俺は覚悟を決めると岩の魔物の隙を見て桔梗の元へ駆け、魔法で土の剣を作り上げた。テンも近づいて来る。
「くそ、村人以外入村お断りらしい」
「どうするつもりだ?」
「決まってんだろ。お人形はお人形らしく大人しくしててもらうぜ」
ニヤリと笑って剣を一振りすると、テンと桔梗に向かって叫んだ。
「テン、右の拳を防ぎつつ隙を見てニーズヘッグの回復頼む。桔梗は補助を!!」
「もー。人使い荒いんだからさぁ!!」
「笑いながら言う事でもないぞ、テン」
言いながら俺達は岩の魔物に向かっていった。振り下ろされた巨大な右の拳を後ろに飛んで避けると着地と同時に左足で地面を蹴り、その右腕を切りつけた。ガツッという衝撃音とともに岩の破片が飛んだものの、切り落とすには至らなかったが。
「さすがに剣で岩は切れねーか。ま、想定内だ」
左から飛んできた拳を避けつつ思考を巡らせる。その間に桔梗が風の魔法で魔物の足に傷をつけた。こちらも微々たるものだったが、なるほどこれならやれるかもしれない。俺は剣を握り直し、桔梗の方は見ずに声をかけた。
「桔梗、魔法で俺の剣押せるか?」
「ん? ああ、悪くはない考えだな」
口元だけ笑みを作ると、再び魔物に向かって駆けた。奴が大きく息を吸い込む。
「冷気が来るよ!! 気を付けて!!」
「嘘でしょ!? まだ回復終わってないのにぃ!! 氷とは相性悪いから各自自分でも防いでよ!!」
ナナセの忠告と同時にテンが防御壁を張り巡らせた。直後岩の魔物が息を吐き、身も凍るような冷気が押し寄せてくる。俺達の足元がビキビキと氷で覆われ、このままじゃ身動きが取れなくなりそうだ。くそ、この氷今のうちに何とかしねーとまずいことになるぞ。俺はとっさに魔法で地面から刺々しい岩を突き出し、徐々に固まりつつあった氷を破壊した。
「桔梗、手伝え!! 一気にカタをつける!!」
次の冷気が来る前にと、俺は土の剣を作り直し魔物に向かって駆けた。桔梗の呪文が聞こえる。このタイミングならバッチリだろう。俺が魔物の左足に剣を振り下ろすのと同時に桔梗の魔法によってその剣に勢いがついた。それどころか風が刃の周りに渦を巻き、魔物の足を切り裂いていく。
「やるな、桔梗。ありがたいぜ」
「ふふ、これぐらい当然だ」
左足が切断されたと同時に、支えを失った岩の魔物はその場にドシャリとくずおれる。暫くもがいてたみたいだけど、立ち上がれないと気が付いたのか、奴は再び息を吸い込んだ。
「ニーズヘッグ! 火を!!」
どうやらテンの回復が無事終わったみたいだ。ニーズヘッグが勢いよく飛び出し魔物が吐き出してきた冷気をまるで打ち消すように炎を噴いた。
そういえばニーズヘッグは火を扱えるんだっけ。だったらもっと早く回復してやればよかったぜ。今さら思い出して苦笑した。役目を終えたテンがこちらに駆け寄って来る。
「さっきチラッと見えたけど、あの魔物の口の奥何か光ってたよ」
「魔物の核かもしれないな。破壊すれば活動停止するのではないか?」
二人の意見に俺はうなずいた。
「さっきの方法でいこう。二人とも力を貸してくれ」
「了解」
「りょうかーい!!」
二人の返事を聞く前に俺は駆け出した。ニーズヘッグと打ち消し合いをしている魔物は息が尽きたのか、再び大きく口を開け空気を吸い込み始めた。その隙を狙って俺は地面を蹴って飛び上がる。転がっているとはいえ、それでも巨大な魔物だ。俺一人のジャンプ力じゃ上に乗るには至らない。足りない分の距離は足元から出てきた水圧で持ち上げられた。はは、やってくれると信じてたよ、テン。無事魔物の顔面に着地すると土の剣を口の中、奥にある光に向かって突き刺した。桔梗の魔法での後押しのおかげで難なく魔物の核も破壊されていく。
「よっしゃ! これで大丈夫だ。とっとと先へ進も……うあぁ!」
「くっ……!」
「うあ!」
「あああ!!!」
油断してた。おそらくこの場に居た全員が。四人とも体のいたるところに氷柱が突き立てられ、身動きが取れなくなってた。俺の両腕とテンは特に酷い。テンの方は体中深くまで氷柱で突き刺され、地面に縫い留められているみたいだ。急所が外されていたのはわざとだろう。
「あははっ! 来るのおっそーい! レガルは全部壊しちゃったんだから!」
「残念だったわね。もう何も残ってない」
「ノワールッ!! 貴様ッ……」
ノワール!? くそ、ダメだ、それ以上桔梗を刺激しないでくれ。せっかく元のアイツに戻りつつあったのにっ……!
桔梗は怒りに任せて自身に刺さっていた氷柱を引き抜くと、流血などお構いなくノワールに向かっていった。素早く呪文を唱え、風の魔法でノワールの体を切り刻む。
「きゃっ! いったぁ~い、何すんのよ!! これだから女は!!! 嫌い!!!」
ノワールの持っていた白と黒の本が光ったかと思えば、光の魔法が桔梗を打ち据えた。
「清楚な顔の裏は野蛮で最低で凶暴。か弱いふりをして影で傷つけるのが得意なのよ、女は」
ノワールの友達でもあり契約者でもあった、殺されたシェナの妹の事を思い出してでもいるんだろうか。怒りに震えて眉間にシワを寄せながら、それでも奴は桔梗に向かって再び光の矢を放った。
くそっ……! 氷柱が腕から抜けねぇ! どうにかしなきゃなんないのにっ……。このままじゃ桔梗とノワール、殺し合いだ。
「……違うよ」
焦る俺とは逆にテンがぼそりと呟いた。ノワールが意外というような表情でテンの方へと視線を巡らせる。桔梗も一旦呪文を止めてテンの方を見た。
「何が違うっていうの? テンとうとうバカになった? きゃはは! 契約者に似るってホントの事だったんだぁ」
おい……。誰が契約者に似る、だ。少し怒りを覚えたがテンが笑う事も茶化すこともせず言葉を続けたから俺も黙ってることにした。
「ノワールこそバカだよ!! サレジストを壊したってあの奴隷制度がなくなるわけじゃない! クロレシアにだって”紋章持ち”を迫害してる人達はいっぱいいるでしょ!! ぼくサレジスト帝国を、あの地下を実際に見てきたから分かるよ。ああなってしまったのは全部が全部サレジストのせいじゃない。分かってよ!!」
そうだ、そうなんだよ。テンの言いたいことが分かって俺が後を続けた。
「悪いのは国とか誰かじゃないだろ、不満があるのに見てみぬふりしてそれを変えようと動かない事なんだよ!! サレジストを潰したって現状を変えなきゃ、またどこかで同じようなことが起こるんだ」
「うるさい!! うるさーい! 偉そうに言ってんじゃないわよ。アタシの苦しみなんて何も知らないくせに!! サレジストは最っ低な国なの!! ぶっ壊して当然の国なんだから!!」
いきなり闇の魔法が目の前に現れたかと思えば、俺の体が黒と紺に巻いている渦の向こうへと弾き飛ばされた。
「うっしー!?」
桔梗の声が、語尾に行くほどどんどんと遠ざかっていく。ヤバい、俺ヤバすぎるだろこれ……。
『私から離れるな。ここに二度と帰って来られなくなるぞ』
どう、するんだ……。
桔梗の言葉が俺の脳裏にこだました。