第四十六話 新たな役割
地下を出て、螺旋階段をずんずん進んでいくと、最初に放り込まれていた場所に出た。そこからさらに柵をくぐって一般居住区に出ると、そこはもう別世界としか言いようのない美しい街が広がっていた。花と木々にあふれ、広場の中央にはキラキラと輝く噴水がとめどなく溢れている。右を向いても左を向いても見えるのは、小綺麗な服に身を包んだ戦いなんて全く知らなさそうな人たちばかりだ。
「……ただ紋章を持って生まれたってだけなのにな……」
自身の腕を回復した後、つい恨みがまし気にそんなことを呟いてしまう。それを聞かれたのか横を歩いていたサレジストの兵、ニタが足を止めると俺の方を見てきた。
……改めて見てみたけどこいつ、本当にでかいな……。短く刈り上げられた燃えるような赤い髪、額に巻かれた黄色いベルトのような飾り、太めの眉。明るい所だから気づいたけど、こいつ左目の下にほくろがあるみたいだ。見た目だけなら全てがキリリと整っていてモテるんじゃないかって思った。この不愛想さえなければ。
「力あるものは人を害する。それが例え無意識であっても」
じっと見ていたら、表情なくニタはそう言いやがった。
ん……。言ってることは分かるんだけどさ……。だけどそれが”紋章持ち”だけをあんな扱いにしていいって理由にはならないだろ。それに……。
「アンタだって力ある者、だろが?」
嫌味も込めてそう言ってやった。少しは怒ってみろよ、そう思ってわざと挑発してやったのに、ニタはただうなずいただけだった。
「そうだ。だから俺はせめて、誰かの為になるよう力を使っている」
コイツ……カッコいいこと言うじゃねーかよ……。ジト目で睨んでいたらそのまま睨み返された。いちいち表情の読めない奴だ。まぁ別に読む気もないんだけどさ。
「これを持て。身分証明だ」
そう言ってニタが懐から何かを取り出しこちらに渡してくる。身分証明……か、そんなものまで持たなきゃいけないんだな……。そう思ってニタの手元を見た途端、俺は目が点になった。だってそれはどう見ても……。
「うさ、ちゃん……」
くりくりした目に長い耳……。おいおいサレジスト、どんな身分証明だよ……と思っていたら高速で右手と左手がすり替わった。そこには何かの模様が描かれた小さな木の板が置かれている。
え、なんだよこいつ、まさか間違えやがったのか……? それを受け取りながらマジマジと見ていたらニタは咳払いをした後すぐに黙って歩き出しやがった。
「今のうさちゃん何だよ?」
「何でもない」
からかうように言ってみたけど、ただそう返って来ただけだった。本当に良く分からない男だ。
そうこうしているうちに気が付けば俺達は城の目の前まで来ていた。入り口には俺の腕を折りやがった金髪の女騎士がこちらを睨みつけたまま立っていて、ついつい引け腰になってしまう。
「客人だ。手を出すな」
「分かってるわよ。ただし、魔法なんて汚らわしいものはしっかり打ち消してちょうだい」
金髪の女騎士は俺を睨みつけたまま道を開けてくれる。殺気だけは俺に突き刺さったままだけどな。こいつも”紋章持ち”に何か恨みでもあるんだろうか……。ノワールの事を知ってから俺も色々考えるようになった。それぞれが事情を抱えてて憎んだり恨んだりしてる……。俺もその一人だったんだって改めて思った。
「陛下との謁見後はシェナがお前たちを保護する。今後は陛下の指示に従ってもらおう」
「俺達はただ観光に来たわけじゃねーんだよ。伝えたい事、聞きたいことがあるんだ。指示に従うかはそれから決める」
きっぱり言い放ってやったらニタにギロリと睨まれた。けどこれだけは譲るわけにはいかないんだ。戦争回避とヤエの命がかかってるんだから……さ。
そう思ったから動じることなくニタの方を見返した。その俺の覚悟が伝わったんだろうか……それは分からなかったがニタはそれ以上何も言ってこなかった。
「陛下、シェナが言っていた”紋章持ち”をお連れ致しました」
城の入り口から直進し、巨大な廊下を突き進んだ後、ひと際大きな扉の前で足を止めてニタは中に向かって大声でそう叫んだ。ここは謁見の間か何かだろうか……。暫くして緊張でもしているかのような裏返った男の声が聞こえてきた。
「う、うむ! 入るがよい」
いかにも頼りなさげな声だ。本当にこの先にいるのは皇帝陛下なんだろうかって思うほど、声がか細く震えていた。
「失礼いたします」
ニタの声とともにギギギ、と巨大な扉が左右に開く。ちょっと……緊張してきたぞ……。少しだけ身体を強張らせながら視線を扉の奥へと注いだ。始めは薄暗くて見づらかったけどしばらくじっと見つめていると、やはりここは謁見の間だったらしく大きくきらびやかな椅子の上にいる人物が見えた。
「お前が空から来た”紋章持ち”か!? 力の強い精霊を連れておるそうじゃの。シェナから報告は受けておるぞい」
奥の椅子に座っていた……おそらくサレジストの皇帝陛下だろう、そいつがふくよかな腹を揺らしつつ立ち上がってそう言った。おそらくってのは……どうしてもそうは見えなかったからなんだ。見た目は六十過ぎのオッサンだけど体の半分は占めてるんじゃないかって思うほど腹がでかいし、顔もパンパンに膨れている。髪はほぼないのになぜか額の上、頭頂付近にのみソフトクリームのように白い髪が盛られていた。高級そうなつやつや衣装のボタンは今にもはちきれそうだ。
そいつが上向きの鼻からフンフンと荒い息を吐きつつ俺の目の前まで来て止まると、頭も下げずに呆然と突っ立ったままだったこちらを見上げてきた。
「ワシに伝えたい事があるそうじゃの。この国の危機と聞いたが?」
「あ、ああ……。クロレシアの奴らが爆弾を仕掛けにこの国に来てるはずなんだ……です。だからそれをどうにかしたいんだ、ですが……」
「ばばば、爆弾ッ!!?」
皇帝陛下は大げさにのけぞると、先ほどよりもさらに裏返った声で叫んだ。どうでもいいがそのまま転がっていきそうな勢いだ。
「ニニニ、ニタ! どうしよう!? どうすればよいのじゃ!? わわわ、ワシは逃げっ……」
「落ち着いてください、皇帝陛下。確かな情報か私が調べてまいりますゆえ……」
「そそそ、そうじゃの! 頼んだぞ、ニタ!!」
皇帝陛下大丈夫かよ……。俺の中でどんどん不安が膨れ上がってきた。それでもまだクロレシアと戦争をするつもりなのかって事だけは聞いておきたくて、一歩踏み出す。
「陛下ぁ!! 大変です!! 南にあるスヴェルの谷からガルヴァが大量に徘徊を始めっ……!」
俺の質問はいきなり部屋に走り込んできたサレジストの兵士のその言葉に邪魔されたけど。
スヴェ……? ガル……? 何の事だか分からない俺をよそに皇帝陛下がさらに裏返った声で慌てだした。
「ガルヴァァァァ!!!??? どどど、どうしよう!? ニタ! どうにかしてくれ!! わしは逃げればよいか!? それともここで隠れておればよいか!?」
コイツはダメだ……。そう思った。
「陛下、爆弾についてもガルヴァについても、私が彼らと何とかしましょう。私かシェナから報告があるまでお部屋にお隠れください」
「ううう、うむ! あい分かったぞ! 報告が来るまで部屋に居る! 頼んだぞ、ニタ」
「御意に」
ニタ……皇帝陛下殿の扱い上手いじゃねーか……。ってか、それだけいつもの事って訳なんだろうけどな。……ってあれ? けどちょっと待てよ、彼らってもしかして俺達の事か? もしかして俺達変なことに巻き込まれてる……? 信じたくはなかったがその言葉を言っていた時何故か俺の方を見ていたから、きっと気のせいではないんだろう。皇帝陛下が謁見の間をそそくさと出て行ったのと同時にニタがこちらに向いた。
「そういう訳だ。お前達にはシェナとともに爆弾をどうにかする役割と俺とともにスヴェルの谷へガルヴァ退治のための視察に行く役割を与える。拒否は聞かん。二手に分かれろ」
マジかよ……。いきなりの決定に開いた口がふさがらなくなった。勝手に決められてるし、巻き込まれてるし……。暫く考えてとりあえず、と開いたままの口をどうにか動かした。
「一旦、下にいるみんなと相談させてくれ……」
二手に分かれるなら勝手に決めるのもどうかと思ったしな……。拒否権はないにしても今はみんなの元へ戻ることが得策だろう。ニタも無言でうなずいてくれたし、俺とニタは再び階下へ向かって歩き出した。