第四十四話 女騎士と審査官
「ふーんだ。何度も話そうと思ったのにちゃんと聞いてくれなかったのはそっちだろ。もう知るもんか」
年相応の子供のように拗ねたテンに俺は両手をすり合わせて頼んだ。情報の大事さを今さらながらに思い知ったんだ。
「悪かったって! 今度はちゃんと聞く! お前だって俺達が奴隷になったら困るだろ?」
「おねぃさんが、ね。あ、でもナナセが奴隷になっちゃったらヤエちゃんの身分が大変なことにっ……! ってことで、うっしー以外、ね」
「俺だって愛する契約者だろ~? 心にもない事を~」
「愛してねーよ!!」
叫んだまま立ち上がったテンに足を踏まれたけど、こいつの心の奥を知っちゃったからさ。こういう反応されても別に腹が立たなくなった。にやにやと笑いながらテンの髪を掻きまわす。
「うぜぇ! テメェコロス!!」
出来もしないくせに威勢だけはいいんだよな。けどこのままじゃまた情報も得られず審査官がやってくる気がして、からかうのもほどほどにテンに話を促した。
「で、なんでここでは魔法が使えないんだ? いや、ここだけじゃなくて兵士の目の前でも消えてたよな。ナナセのフレスヴェルグが消えたのもそれが理由なんだろ?」
「おそらく……ね。ただフレスヴェルグに関しては予想外だったけど。あそこの距離まで相殺できるとは思わなかったよ」
相殺? 何を言ってるのか分からなくてキョトンとしていたらテンがバカにした笑みを浮かべやがった。こいつ、後で覚えてろよ。
「相殺ってのは同等の魔力と魔力をぶつけて消滅させる事だよ。そうすると力が拡散しちゃって発動した魔法が消えちゃうんだ」
「それ!!!!」
覚えたら最強じゃねーか!! そういう俺の短絡思考が表情で伝わったんだろう、テンがさらにバカにした笑いを浮かべやがった。
「相殺には生まれつき備わった魔力の流れを読む才能と使う才能、並大抵じゃない訓練が必要なんだよ。ぼくにだって未だに出来ないのにうっしーに出来るわけないだろ!!」
「魔力の流れ……それってこいつが”紋章持ち”だって分かったりするのか?」
「そうだよ」
そこまで聞いて桔梗の方を見た。そう言えばあいつも”紋章持ち”だって分かってるっぽかったよな……。力の強い”紋章持ち”を探してたって言ってたし。もしかしたら桔梗なら……。
そこまで考えたところで、さっきの貴族っぽい一家が騒ぎ出した。白く高い、金の装飾がされた帽子をかぶり、同じように白に金の装飾がされたローブを着た人物が現れたからだ。
ゆったりした服装で体形は良く分からなかったが、太ももの辺りまである白くて長い髪を編みこんで後ろでひとつにまとめている感じや顔の作りから、恐らく女性だろうと判断した。その横には腰まである真っすぐな金の髪をなびかせた騎士っぽい女性が並んでる。どうやら審査官とその護衛って所だろう。全く、粛々ってのはこんな感じを言うんだろうな。
貴族たちはそいつが来たのを確認した途端、ローブに縋り付いて誤解だ助けてくれと、泣きわめきだした。
いい大人が、みっともなすぎだろ。だけどそれほど奴隷にされるってのはヤバい事なのか……。横に居たテンにひそひそ声で聴いてみた。
「そりゃぁ酷いもんだよ。上階の貴族たちに好き放題こき使われた上、まともなご飯ももらえず死んで行く人たちもいるって話だから。暴力や危険地域の発掘作業に駆り出されるのは日常茶飯事。飢えて共食いにまで発展するらしいから”紋章持ち”同士の争いも多いみたいだよ。……なんか、人間のする事じゃないよね」
テンの話を聞いていたら想像するだけでぞっとした。逃げられないのか聞いてみたけどこの円の壁の中は放出した魔力を吸い取る装置があるみたいだし、例えそれを壊したとしてもサレジストには相殺を使える奴が五人もいるらしい。魔力の流れが分かる以上反乱を起こしてもすぐに鎮静化させられるし、一家惨殺は当たり前。ナナセのように召喚獣とかで空から逃げようと思ってもすぐに相殺されて無駄に終わる。だからサレジストの”紋章持ち”は生まれながらに死んだも同然だって話だ。
何だよそれ……。悲しすぎるだろ……。今まで俺達”紋章持ち”を敵視するクロレシアを憎んできたけど、サレジストの奴らはさらに最低じゃねーかよ。
腹が立ってギュッと拳を握り締めた。
「言っとくけど他人事じゃないからね。ぼくらも今その状況に居るんだから」
そうだった……。相殺って奴をどうにかしないと逃げられないんだったよな……。そこでふと、ある疑問にぶち当たった。魔力と魔力ってことは……。
「そいつらも”紋章持ち”じゃないのか? 何で国に従ってんだ?」
「残念ながら相殺は”紋章持ち”じゃなくても使えるんだよ。大気中にある魔力の流れが読めるからね。それを使うらしいよ。まぁ例え”紋章持ち”でも家族の安全と自由な暮らしが与えられるなら従うしかないだろうけどね~」
ううううう~~~~? ダメだ、頭が混乱してきた。これじゃテンにバカにされた笑い浮かべられても何も言えねーよ……。沸騰しつつある頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜながらとにかく今の事を考えることにした。
「魔法がダメなら物理でいく。常識だろ」
「バカッ……!」
呆れたテンの声を背後に聞きながら、俺は審査官に向かって殴りかかった。この際相手の力量とか性別を気にしてる場合じゃねぇ。俺たちの運命がかかってるんだからな。そう思って繰り出した拳は隣に居た金髪の女騎士に軽々と止められた。それどころか鳩尾を膝蹴りされて俺の体が吹き飛ぶ。壁の手前に積んであったゴミ置き場に体ごと突っ込んでようやく止まった。
「シェナ、奴は”紋章持ち”?」
「はい。この魔力の流れ……、間違いない。そいつと、そこに居る男、あそこで寝ている女もそう」
ローブを着た白髪の審査官が俺とナナセ、桔梗を指差してそう言う。その後タケルを見て不思議な顔をした後何か大事な物でも見つけたかのようにテンに駆け寄った。
「ノワール!? ……じゃない。でもあなた、精霊……ね?」
「え? え? なに? やだな~ 抱きついてもいいんだよ~?」
テンがやけに嬉しそうだ。あいつは後で絶対絞めてやる。いや、それより今ノワールって言わなかったか!? あいつがサレジストを憎んでいるのとあの審査官とは何か関係あるんだろうか……。問いかけようと起き上がった途端顔に鎧の靴底がめり込んだ。それが女騎士の足だって気づくまでに数秒かかるほど脳内がぐらつく。
「汚らわしい。さっさと地下に送ってあげるわ」
そう言ってさらに蹴り上げられたかと思えば踏みつけられて、変な音と同時に腕から信じられないほどの痛みが襲ってきた。悲鳴を上げることもできず俺は腕を押さえて呻く。
「ダメ!! うっしーに何すんのよ!!」
さらに俺の足も同じようにしようとしていた女騎士にタケルが縋り付いた。女騎士は怒りの表情を隠そうともせず俺を見下すと、舌打ちをして俺から離れて行った。ぞっとする……。あいつからは俺に……いや、”紋章持ち”に対する殺意が満ち溢れていたんだ。
「うっしー、だいじょぶ?」
「はは、大丈夫なんかじゃねーけど……助かったよ……サンキュ……」
だらりと垂れさがった左腕にそっと触れてみたけど、激痛が走ったからそれ以上は触れないようにした。試しに魔法を使ってみたけどやっぱり使えなかったしな。不便で仕方がない。
「少し痛むけど我慢して」
痛みに顔をしかめていたらナナセがゴミ置き場に落ちていた木の棒とボロ布を拾って俺の腕に巻いてくれた。この際ちょっと臭うのは我慢だ。
「ナナセ優しいね!」
「え!? そ、そんなことっ……タケルこそっ……」
いきなり赤くなったナナセにタケルも照れ笑いを浮かべた。……つーか、なんだこのやり取り……。やっぱりお前ら結託してんのか? 何故だかもやもやして俺は動く方の右手でタケルの腕を引いた。
「とりあえず逃げる計画だ。このままじゃヤバいらしいからな」
テンから聞いた事を伝えると、ナナセもタケルも真剣な表情になる。その間に審査官と何を話したのか、テンが悲しんでいるような落ち込んだような、変な顔で近づいて来た。
「どうした?」
「ぼく……この国の事もノワールの事も、知ってたつもりだった……。でも全く分かってなかったよ……。お願い、地下に付き合って。どんな状況なのか見てみたいんだ……」
何を聞いたのかは分からなかったが、これほど落ち込むなんて何かあるんだろう。
「俺達、そこから脱出はできるんだろうな?」
「それはシェナおねぃさんにお願いしたからどうにかしてくれると思う……」
「分かった」
テンの言葉を聞いて俺もうなずいた。ノワールの事情か……。俺も気にならなくはない。桔梗をちらりと見て、目が覚めていなくて良かったとつくづく思った。