第四十三話 サレジスト帝国
オリオ達をシフォン大陸の港町に送り届けた後、ナナセの魔力回復のために一日休んでからすぐに北西の方角にあるサレジスト帝国へと出発した。サレジスト帝国は地図で言えば全体の西の方、クロレシアから見れば南西の方に位置する。オリオ達の事は港町に居たおじさんがやはり快く引き受けてくれたからすごく助かった。”紋章持ち”だって伝えても、偏見とかそんな視線が全くなくて改めてすごい人だって思った。
「……で、サレジスト帝国ってどんな所なんだ?」
フレスヴェルグの背の上で揺られながら随分移動した頃、そういうことを一番知ってそうなナナセに問いかけてみた。だけどナナセは首を横に振って答えてくる。
「僕には分からないよ。僕はサレジスト方面に行った事はないからね」
その言葉を聞いたテンが得意げにしゃしゃり出てきた。
「あそこは身分差の激しい国だよ。だけど皇帝陛下は……。居るにはいるんだけど下の者の言いなりになってる木偶人形だって言われてる。それから……」
「うっしー! 見てみて! すっごーい!! お城!! 三角の上にお城だーーー!!! あれ? でもあっち、大地が抉れてる……?」
語っていたテンの言葉を遮ってタケルが叫び出した。俺も身を乗り出してそちらの方を見てみる。
サレジスト帝国はタケルの言う通り確かに三角錐の形をしていた。円形の外壁があり、もう一つ円形の内壁がある。そこからは真ん中に向かって徐々に細く高くなっていたんだ。一番上にはここから見る限りでは小さいが、近づけばかなりの大きさであろう城が確認できた。あそこならずいぶん見晴らしがいいことだろう。それに比べてその三角錐から離れた大地から山に向かって、一筋の大きな線が出来上がっていた。もしかしてアレ……魔導砲の傷跡か?
どうやら直撃はしていなかったみたいだが山があったらしい場所が左右にぱっくり割れている。どれだけすごかったのか……考えただけでぞっとした。
「ちょっとぉ! 聞いておかないと後悔するよ!! 何しろここはどぅがっ……」
いきなりガクリと揺れたフレスヴェルグのおかげでテンが舌をかんだらしい。口を押えて呻いている。それどころかいきなり真下にあったフレスヴェルグが消え去った。
「ナナセェェ!! テメ、魔力切れは前もって言えって言ってんだろぉぉぉっ!!!!」
叫んでも気絶したナナセに届く訳もないんだが言わずにはいられなかった。かなりの高度から落下を始める。
「うっしー!私が風でスピードを緩める。お前は土でクッションを頼む」
「おう!」
桔梗の判断のまま俺は落下しながら紋章に触れた。二人の魔法によって全員無事に着地する。
俺以外は。
「桔梗~~~テメー……」
前回同様ナナセが頭上に降ってきて俺は見事下敷きになった。そうだよ、学習能力のない俺が悪ぅございましたよ。それでも一言だけ文句を言おうと立ち上がった俺の首に銀色に輝く金属が押し当てられた。それが剣だって理解する前に青銅色の鎧を着た数十人の奴らに素早く拘束される。
もしかして、またこのパターンか!? 本当に学習能力がなさすぎる。全国津々浦々、捕まってる俺バカだろ。それでも結局俺達は縛られて馬車に押し込められた。
「もぉ~、だからぼくの話先に聞いてればよかったのにぃ」
「うっせぇ」
半眼でテンを睨みつけたまま何の話をしようとしてたのか促す。脱出の方法は……まぁ後でも大丈夫だろ。全員揃ってるし、今回もなぜか不安は全くなかった。
「で? 何を言おうとしてたんだ?」
「ここサレジスト帝国は身分差が激しい国だって言ったでしょ。つまり奴隷制度があるってこと。しかもね、”紋章持ち”は生まれや育ちに関わらずみんな奴隷にされるんだよ」
「はあぁぁぁ~~~~~!!!???」
叫んだら外に居た……おそらくサレジストの兵士だろう、そいつに一喝された。くそ、偉そうに。しぶしぶ黙ってテンに話の続きを促した。
「円形の二枚の壁、見たでしょ。奴隷になったらあそこの間に入れられるみたいだよ。地下まで掘り下げられてるし、ある力によって逃げられないって聞いた事ある」
「つまりあたしたち、みんなそこに入れられるの?」
「う~ん……。一応体中紋章あるか調べられると思うよ。間違って投獄? される事は絶対ないって聞いた事あるし。だからぼくとタケルは平気かもだけど。紋章の有無をおねいさんに隅から隅まで見てもらっ……ウフフ」
「カラダ……調べられるんだ……」
嬉しそうなテンとは逆にタケルが急に不安そうな声を出した。まぁ、女だし体全部見せるなんて不安に決まってるよな……。桔梗や俺みたいに分かりやすい所にあれば全部見られることもないんだろうけど……。それがいいのか悪いのか……オレ達はこのまま行けば奴隷決定ってわけだ。そこでちらりと気絶したままのナナセを見た。そういや俺こいつの紋章がどこにあるのか知らないんだよな。ひん剥いて調べてみたくなった気持ちをぐっとこらえて桔梗に向き直った。
「逃げるか?」
俺の言葉に桔梗は一つうなずくと、呪文を唱えて俺達の手を縛っていたロープを切ってくれる。手さえ自由になれば俺も魔法が使えるからな。すぐに発動して馬車の行く手を阻んだ。今回、口まで塞がれてなかったことが幸いしたってわけだ。
「ちょっと待って!! サレジストの兵士はっ……!」
ナナセを抱えて馬車を飛び出した俺の背中にテンの声がかけられた。だけどそれも一歩遅かったんだ。気絶させようと放った俺の魔法はなぜか兵士の目の前で消え失せていく。しかもそれに驚いた俺の目の前にめちゃくちゃガタイのいい一人の兵士が襲い掛かってきた。
「くっ……!」
俺より頭一つ分以上高い位置から剣を振り下ろされる。それをとっさにしゃがんで避けると自身の足を土の魔法で補強して足払いをかけた。鎧を着てるから生足だと自分の足の方が痛むと思ったからなんだけど……。
「いってぇぇ!?」
足払いをかけた直後叫んだのは相手じゃなくて俺だ。あまりの痛みにナナセを放り出し、左足を抱えて呻く。何なんだよコイツ!? びくともしないどころか俺の足が折れるって……。補強したはずの土の魔法が全く効果を発していなかった。
「風よ!!」
桔梗が援護をして魔法を放ってくれたけど、それもそのでかいサレジストの兵士の目の前で拡散して消え失せた。
どういうことだよ……? 魔法が効いてない? というより魔法が消えてるってのか? そこでちらりとナナセの方を見た。そういえばこいつ魔力切れとはいえ一言も発さずフレスヴェルグを消すなんて珍しいよな。そこでハッと気が付いた。もしかして……。
確認のために俺の目の前にいるでかい兵士に向かって土のつぶてを放ってみる。思った通りそれは奴の目の前で霧散した。それどころか鳩尾に奴の拳を叩きつけられ呻いてる間に手刀を落とされて意識が吹き飛んだ。気を失う直前に最後の抵抗とばかりに魔法を使ってみたけど、やっぱり無駄だったんだろうな……。俺はドサリと地面にうつ伏せに倒れた。
「………………」
「どうされました? ニタ殿」
「…………いや、何でもない」
背の高いサレジストの兵士は自身の血が滲んだ頬を手の甲で拭いながら踵を返し、今度は桔梗に向かっていった。
意識が戻りうっすら目を開けて一番最初に飛び込んできたのは、上カーブした豆を二つ付けたようないやらしい目をしたタケルの顔だった。ヨダレまで垂れそうな勢いだ。い、今のは見間違いだろう。一度ゆっくりと目を閉じ心を落ち着けた。
「んふ、んふふ、きれいな眉の形……。ちょっと唇荒れてる? 触れたら痛いんじゃないかな……。って、きゃー!! やだもう~照れるぅ~!」
……分かった。分かったから人の額をべちべち叩くのはやめてくれ。このまま寝たふりしてるのも危険を感じて、俺は覚悟を決めて目を開けた。今度はタケルと目が合う。
「きゃああ! やだ、うっしーのえっちーーー!!!」
ビターンと先程の倍以上の力で額を叩かれ、タケルが立ち上がった衝撃で地面に後頭部を強かに打ちつけた。ちょっと待て、誰がエッチだ誰が!! そう思ったけど痛む後頭部をさすりながら、よく考えたらタケルに膝枕されてたんじゃないかって思ったらついつい照れてしまう。な、慣れてないんだよこういうのは!! 最終的にナナセの盛大なため息で我に返った。
「どういうことか説明してほしいんだけど。テンは拗ねたまま何も話してくれないし、桔梗は気を失ったままだし、タケルは何も知らないって言うし……。フレスに乗ってたはずなのに、気が遠くなったかと思えばなんでこんな所に居るの?」
片膝を立てて座ったまま、不機嫌丸出しで自身の髪をすきつつこちらを睨んでくる。俺に八つ当たりされても……とは思ったがとりあえず自分が分かる事だけは話しておくことにした。
「……つまり、僕らは奴隷として捕まったってわけ」
あっさりそれだけ言うとナナセは周囲を見渡した。そう言えばここどこだ……と思って俺も辺りを見てみる。
右側には高い壁、その向かい側も高い壁に覆われている。距離で言えばそこそこの大きさの家が三軒入るぐらいか。頭上には段々になった天井があって、青い空は遥か上方にうっすらと見えるだけだ。壁の前には瓦礫やゴミが積み上がり、その隙間を貴族のような格好をした人たちがフラフラと走り抜けていった。見てみればその先には行く手を塞ぐように鉄の格子がはまっていて今走って行った人たちが口々に叫んでいた。
「違うんだ!! 私たちは魔法なんて使えない!!」
「子供がいたずらで紋章のようなやけどをさせただけなのよ!! 隠してたわけじゃないの!!」
「ああ、どうしましょう、どうしましょうっ……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 許してぇぇぇ!」
一家なのか若い男女と子供、老婆が格子に掴まったまま訴えかけていた。その向こう、サレジストの兵士と思しき奴が格子越しにそこに居た男性を蹴り飛ばす。勢いで男性は壁に頭をぶつけ、血を流した。
「もうすぐ審査官が来る。どちらかは彼らが見分けてくれるだろう。違うのならば抵抗せず大人しく待て!! さもないとさらに痛めつけるぞ」
「おい、大丈夫か!?」
睨みつける兵士を無視して俺はその青年に駆け寄った。すぐに回復魔法を発動する。
「ひっ、まさか”紋章持ち”!?」
「……あれ?」
恐怖の声をあげる女性を無視して回復した……つもりだった。なのに魔法が全く使えなかったんだ。それどころか先程まで泣きわめいていた子供に突き飛ばされた。
「へん! 残念だったな。パパに復讐しようと思ったんだろうがここじゃもんしょーは使えないんだよ!! 薄汚い手で触るな、”紋章持ち”!!」
「ちょっと! なによ、その言い方!! うっしーはアンタのパパを回復しようとっ……」
「タケル、いいんだ」
今にも掴みかかりそうなタケルの腕を取って俺は先程の場所まで引き返した。子供が言う紋章が使えないっていうのが気になったんだ。ここはやっぱり一番知ってそうなテンに聞くしかない。もうすぐ審査官が来るって言ってたしその前に情報を得ようと、俺は壁の端にもたれて不貞腐れているテンに近づいた。




