第四十一話 研究所再び
「コタロウ君アタシ別件で動くから」
ここはクロレシア王国の王立研究所。ノワールがフレスナーガから帰ってきてすぐコタロウにそう告げた。
「禁書はどうした」
「あったけど必要な情報はなかった。サレジストに第二波を浴びせるためにまた”紋章持ち”の力集めてるんでしょ? あのヤエ……だっけ? あの子からも早く奪っちゃえばいいのに」
黄色い禁書を見せながらコタロウに近づこうとするノワールの腕をヴェリアが掴んで止めた。コタロウは冷めた瞳でノワールから禁書を奪うと、一通り目を通していく。
「…………なるほど」
「ちょっと! 勝手に読まないでよ!!」
奪い返そうとするノワールだったが、ヴェリアがそれを許さなかった。腕の色が変わるほどに強く掴まれ、ノワールは悲鳴を上げる。
「それ以上コタロウ様に近づけば、私が先にお前を切り刻んであげるわ」
「いったーい! 離してよ、怪力女!! とにかく魔導砲をもっと強力にするための知恵があるかもしれないの! だからアタシは別行動! 分かった?」
「勝手にしろ。それから、こちらの行動には口を挟まないでもらおう。あの少女には別の使い道を見つけた」
ニヤリと口元を歪めるコタロウを見て、さすがのノワールも背筋に悪寒を走らせた。”紋章持ち”に力を与えすぎたかもしれないと後悔したが遅かったのかもしれない。コタロウから禁書を返されると、慌てたように距離を取った。
「また力を得たら戻ってくるから!! とっととサレジスト滅ぼしてよね!」
それだけ吐き捨ててノワールは部屋を出て行く。残ったヴェリアが振り向いてコタロウを見た。
「よろしかったのですか? あの女野放しにして……」
「利用できるうちはする。ただしボクにとってゴミとなったその時は」
研究室の外へと向かいながら話す。扉の前に来たためそこで一旦言葉を切り、ヴェリアに視線だけを向けて一言発した。
「殺す」
そのままコタロウは部屋を出て行く。
「御意に」
ヴェリアもただそう返すだけだったが、扉が閉まった直後悶えた。
「ああ、やはりあなたはっ……! 私を見つけてくださったあの時からっ……! あぁん、一生ついて行きますわコタロウ様っ……」
恋する乙女全開の瞳で扉の先を見つめていた。
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アスレッドからかなり歩いて研究所の付近まで来たけど、腐臭はするもののまだ腐敗に呑まれてはいないみたいだった。木々たちも不安な声を漏らしつつ、それでも話せる状態でいてくれた。話によるとツイッタ村もまだちゃんと残っているらしい。俺はほっと胸をなでおろした。
「良かったね、うっしー!」
「ああ。久しぶりにツイッタ村を見に行きたいけど、俺まだやるべきことを終えてないから行く事はできないな……」
オリオの母親の怒りの表情じゃなく、笑顔を思い出して自然と笑みがこぼれた。あの人は最後まで笑ってくれてたんだなって思ったらなんだか胸に響いた。
そこからしばらく歩いていくと、以前の記憶のままの建物がだんだんと見えてくる。何だか懐かしいな……。感慨深げに3つに分かれた白い建物の方へと近づいていった。
「ここが……研究所か……」
建物の前に辿り着いてすぐ、桔梗が呟く。テンとナナセも研究所を見上げていた。
「ぼくは一時ここに居たよ」
「僕も、ここにはよく来てたよ。関係者だったからね……」
三つ並んだ白い建物をそうして見上げながら話していたら、真ん中の棟の扉がいきなり開いて中から白い鎧に金のラインが入ったクロレシアの兵士が出てきた。俺達を……ナナセを見て一瞬戸惑い、それでも覚悟を決めたんだろう、奴は仲間を呼び集めた。
「さすがに僕の裏切りもここまで情報が来ているか。簡単には入れないみたいだね」
「クロレシア内だからな、仕方ねーよ。それより奴ら、どうにかしねーと……」
桔梗と顔を見合わせたところ、恐らく俺と同じ考えが浮かんだんだろう、一つうなずいて呪文を唱えだした。俺も紋章に触れて魔法を放つ。そうして集まって来た兵士たちを木の檻で包み込んだ。
昔だったら何の罪もない彼らを遠慮なく殺してたかもしれないだろう。そう思ったら少しは成長できたのかな。殺すことなく捕らえた兵士たちを尻目に、俺達は急いで開いた真ん中の棟の中に入った。ナナセが率先して入って行ったってことは恐らくここに捕らえられた”紋章持ち”達が居るんだろう。迷うことはなかった。
中に入れば相変わらずここは緑色のライトが怪し気に輝いている。キョロキョロと辺りを見回していたら、テンが前触れもなく駆け出していった。一瞬何事だ、とは思ったがまぁアイツの場合はいつもの事だろ、と放っておくことにした。
「ナナセ、捕らえられた人たちがどこにいるか分かるのか?」
「ああ、うん。この中央の棟の上階部分は”紋章持ち”の居住区になっているから恐らくそこに居ると思うよ」
ナナセの言葉を聞いて俺は違和感を覚えた。居住区? 牢とかじゃなくて? そう思ってたことが顔にそのまま出たんだろう、ナナセが笑いながら答えてくれた。
「”紋章持ち”から力を奪う王立研究所と違ってこの研究所は大地の腐敗と紋章の力自体を研究してるんだ。だから迫害された村から来た人たちはここの方が快適に過ごせてるんじゃないかな。問題起こす人達以外は拘束してるわけじゃないし、たまに研究に協力してもらってるだけだから」
「は!? けど俺が初めてここ来たときに見たのは紋章がついてた人皮とか人形とかだったぞ!?」
そこまで言って口をつぐんだ。タケルの事を思ったからだ。もしタケルのような存在を作っているのだとしたらって考えた。
「人皮は寿命で亡くなった人のものだよ。人形は物に紋章の力はどれだけ宿せるのかって研究。君が思ってるようなことじゃない」
ナナセもタケルの方を気にしつつ話してくる。そこでタケルが気づいたんだろう、アハハと笑って答えた。
「あたしの事は気にしなくてもいーよ! ちゃんと受け入れてるつもりだから。あたしはあたし、でしょ?」
健気に笑うタケルに俺はたまらず彼女の髪をかきまぜた。
「お前はここに一人しかいないからな、それだけは忘れんなよ」
それだけ言って先へと進み、階段を見つけて上階へ上がる。タケルも元気よく返事をしてついてきたから密かにほっとした。
上階に進んで驚いたのは俺だけじゃないだろう。何しろそこはかなり発展した町のようになっていたんだ。建物の中だとは思えない空間だ。
「ああ、遅かったねみんな! ここ、素敵なおねぃさんがいっぱいでしょ~」
テンがニヤついたまま近くに居た女性の腕を引いた。その女性もたじたじだ。
「おい、困ってんだろ、離してやれよ」
半眼でそう言ったらテンはぶすったれたまま女性の腕を離す。そして何かに気付いたのか大声で叫びながら奥に居た少女に駆け寄っていった。けどテンがその少女に触れる直前、横から来た何者かに弾き飛ばされた。
「テメー! 久々に出やがったな!! この変態パツキン根暗ブレイカー!!」
「あああ!! お前まだここに居たの!? この短絡能無しウルトラシャイニングバカ!!」
「誰が能無しだクソがぁ!!」
「そっちこそぼくのどこが根暗に見えるってんだボケェ!!」
「やんのか!? あ?」
「やるの!? おお?」
いきなり顔面突き合わせてにらみ合い出した二人に唖然呆然だ。テンが近づこうとしてた少女はオロオロと二人を交互に見てるし、俺達四人はキョトンと三人を見ていた。
と、とにかく話を聞こう……。そう思っていきなり現れた少年に声をかけようとして俺は目をひん剥いた。そいつもこちらに気付いたのか見上げてくる。そして俺と同じ表情になった。
「オリオ……」
「ウッドシーヴェル兄ちゃん!?」
黒い髪に左目の下の紋章……。ツイッタ村を出た時と何も変わっていない。間違いない、オリオだ。
「なに? うっしー、このシャイニングバカと知り合いなの?」
「おい、テメ、誰がシャイニングバカだ!!」
「それが分かってねーからシャイニングバカなんだろ。脳みそ金箔で出来てるんじゃないのー?」
落ち着いたかと思いきや再び睨み合いだした二人の間に俺は割って入った。あんな形で村を出てきたから……さ。どうしてもオリオに言いたかったこと、やっておきたかった事があったんだ。
「「ごめん!!」なさい!!」
俺がそう言って頭を下げたのと同時にオリオの声まで重なった。
向こうも頭を下げていたのを知って俺は頭上にハテナを浮かべながらゆっくりと頭を上げていく。オリオも変な表情のまま起き上がるとこちらを見てきた。
「何でお前が謝るんだよ……?」
俺は嘘をついて英雄のふりして村の人たちに世話になってたのに、いざという時何の役にも立てなかった。オリオにとって大切な母親も友達も救ってやれなかったんだぞ。なのに何でお前が謝るんだよ……。
「ウッドシーヴェル兄ちゃんこそ、なんで謝るんだよ? 兄ちゃんはオレを助けに来てくれたし、ずっと村の支えになってくれてただろ? なのにオレ助けに来てくれた兄ちゃんに酷いこと言った。兄ちゃんは母ちゃんの事も助けようとしてくれてたのにっ……!」
「違うんだ、違うんだよオリオ……」
もう嘘はつきたくない、そう思った。だからあの時俺がどんな状態だったのか全部オリオに話すことにした。恨まれて当然だと思うよ。力もないのに英雄のふりしてただ楽に生きようとしてただけなんだから。オリオがどんな答えを返してきても俺は受け入れるつもりだった。
魔力が暴走しただけで自分の意志でクロレシアの騎士たちを蹴散らせたわけじゃないこと、それ以来魔法が使えなくなってたこと、死ぬのが怖くて復讐もせず、怒りを忘れたふりしてただぬるま湯のような生活に浸かってたこと。言えば言うほど昔の自分が情けなくて仕方なくなってくる。それでも俺は最後まで話した。村を救えなかった事も……。オリオはそれをただ黙って聞いてくれてた。
「………………ウッドシーヴェル兄ちゃんは、英雄だよ」
話し終えてしばしの沈黙の後、オリオはその言葉を発した。
「え……?」
今の話、聞いてなかったわけじゃない、だろ? なのに何でそんな事言ってくれるんだ……? 訳が分からなくて呆然と見つめていたらオリオが俺の顔を見上げてきた。
「オレずっとウッドシーヴェル兄ちゃんみたいになりたいって思ってた。それは強いからだって思ってたけど、でもそれだけじゃないよ。今わかった。兄ちゃんが居ると安心できるんだ。もう大丈夫だって思える。だからオレもそんな存在になりたくてずっと憧れてたんだと思う」
「オリオ……」
「あの時は母ちゃんもあんな事になって、裏切られたって思ったんだ。だからオレウッドシーヴェル兄ちゃんにあんな酷い事っ……!」
オリオがうつむいて拳を握り締めた。違う、お前は何も悪くない。当然の言葉を言ったまでなんだ。それを伝えたくて口を開こうとしたら、今までずっと黙って横に居た少女が先に口を開いた。
「オリオは私の英雄なの」
「え……?」
「ええぇッ!!?」
おれより大きな声でテンが反応した。いったいこいつらどんな関係なんだ? マジマジと見ていたら少女が話を続けだした。
「私にはお父さんもお母さんも、ここに連れて来られてすぐ死んじゃったから居ないの。一人ずっとここに居た。でもオリオが来てからは違う。怒られてもずっと一緒に居てくれた」
少女の言葉にオリオが照れて後頭部を掻いた。テンの「ぼくとはもっと長く居たでしょー」って言葉は笑ってごまかしてるのを見てつい可笑しくなってしまった。
けど、そうか……。研究所から脱出するとき渋ってたのも村から戻ったのも、もしかしたらこの子が居たからなのか……。ようやくあの時のオリオの行動の理由が分かった気がした。
「オリオ、今もここを離れる気はないか? ここは大地の腐敗が進行してて危険なんだ。ここの人達皆を連れて逃げることはできないし、研究所にいるクロレシア兵が避難の適切な判断をしてくれると信じたい。だけど俺はお前だけでも安全な場所に居て欲しいと思ってる。おばさんの為にもお前には生きて欲しいんだ」
オリオがしばし考えた後、俺の顔を見上げてきた。
「彼女も一緒なら行ってもいい」
少女の手を取り真剣な眼差しを向けてくる。俺はうなずいて周りに居た四人の顔を順番に見渡した。
「すまない、みんな。ここを出た後もう一度シフォン大陸の港に行きたいんだが……」
あのおじさんならオリオ達の事も引き受けてくれるんじゃないか。そう思って皆に問いかけた。そうしたら聞くまでもないって表情しか返って来なかったから、俺いい奴らと出会えたなって感じたんだ。




