第三十三話 脱出
四人で捕らえられた木箱の中……向こう側には桔梗とタケル、こちら側には俺とナナセが隣り合って座っていた。とはいってもかなり狭い。俺の向かいにいる桔梗の足が俺の足に当たるぐらいだ。
どうにか縛られたロープをほどこうともぞもぞ動いていたら、俺の肘がナナセに当たったのか奴がこちらを睨みつけてきた。
お前がやらかしたせいだろうがよ! 叫びたくなる気持ちを押さえつつ、少し距離を取ろうと膝で立上がる。直後いきなりガタンと揺れたかと思えば外で破壊音と船乗りたちのものらしき悲鳴が轟いた。
いや、俺にとっては破壊音なんて今はどうでもいいと言わせてくれ。悲鳴を上げたいのは俺の方だ。猿轡と顔に当たった物のおかげでそれも出来なかったが。
「う、ぐ、うぶっ」
「うううう~~~~~!!!!?????」
揺れた衝撃でそのまま前のめりに倒れ、支えきれずに桔梗の胸に顔が埋まった。直後、俺の頬にゴツンとタケルの頭突きが炸裂する。さらに頭頂に桔梗の顎がめり込んだ。
だぁ~かぁ~ら! わざとじゃねーって!! あまりにも理不尽に感じたが、ギロリと睨みつけてくる二人には触らぬ神になんとやら、とりあえず謝っとけと視線で謝罪した。それと同時にいきなり周囲が明るくなる。
「あは。イケてるおにぃさんたちはっけーん!」
木箱の上から覗き込んで来るそいつの顔は逆光になっていて見えなかったが、大きな本を背負っている。一瞬テンかとも思ったがテンがそんなセリフを言う訳はないだろう、俺は目を凝らしてその人物を見上げた。
「助けてあげようか?」
「ちょっと……知らない相手によく平気で話しかけられるわね」
「いいじゃん~。おにぃさんたちイケてるし、久しぶりに楽しませてくれそうだしぃ~」
頭上の人物は俺達を置いていきなり独り言を呟きだした。独り言っつーか一人会話だな。ようやく明るさにも目が慣れて、見えてきたそいつの表情はなぜか言葉を話すたびころころと変っていた。二重人格……か何かか……? いや、でも一人で会話してるしな……。訳が分からなくてマジマジと見つめていたら、そいつが箱の中にぴょんっと入ってきた。待て、狭いんだから入ってくるなよ……。
目の前で見てみればそいつは女だった。黒くてさらさらした髪は頭の後ろ、上方にコウモリの羽みたいな髪飾りで縛られ、前髪はぱっつんと揃えて切られている。眉はそれぞれに気持ちあるぐらいだ。
服は全体的に黒く、燕尾の様に分かれた裾には三日月の形の飾りが揺れている。背中にある巨大な本はテンと同じものだろうか? 描かれている魔法陣も大きさもそっくりだ。違うのは本の表紙が白黒だってことだけか。
そいつがいきなり近づいて来たかと思えば、いきなり顎を持ち上げられた。
「ふ~ん。アンタが……。うふ、楽しませてくれそう」
言いながら、タケルに頭突きをされて赤くなっていた俺の頬に指を這わせてくる。タケルがなぜかわめきながら近づいて来ようとしたが、いきなり黒い渦が現れ、タケルの体を吹き飛ばした。
「あえう!!」
タケルの名前を呼ぼうとしたが猿轡のせいでうまく言葉にならない。近くに居た桔梗が慌てて這って近づき、状態を確認する。視線で無事を伝えてくれた。
「女は嫌い。近づかないで」
「きゃははっ! 最っ高~! もっと吹き飛べばよかったのにぃ」
俺の上で冷酷に告げた後、しなを作って楽しそうに笑う女を睨みつけて俺は身じろいだ。テンの知り合いかとも思ったが全然違う。こいつ最低だ。
「慌てないでよぉ~。アタシ知ってるんだから」
言葉と同時に奴は俺の首から下がっていたテンとの契約の証でもある鍵に触れた。そのまま体重をかけて耳に唇を近づけてくる。
「大地腐敗の理由」
それだけ言うと、指先で鍵をいじりながら俺にしなだれかかってきた。鍵を持った方と反対の手で胸の紋章に触れられる。
「アタシの契約者がフレスナーガって村に取り残されちゃったの。彼を助けてくれたら教えてあ・げ・る❤」
女の言葉を聞いた途端、桔梗が目を見開いた。何かを知ってるんだろうか……?
いや、それは置いておくとしても……もしこいつが大地腐敗の理由を知っているんだとしたらどうしても聞きたい。目標に一歩進めるかもしれないんだ。
俺は桔梗とナナセに視線を巡らせた後、女に向かってコクリと小さくうなずいた。桔梗もナナセも否定的な感じだったが悪い……、どうしても知りたいんだ。
「じゃぁ、よろしくね」
「あは、楽しい旅になりそう!」
女は言いながら俺とナナセの猿轡とロープをほどいてくれる。少し距離を取ってくるりと振り向いた。
「アタシ、ノワール。その契約の鍵を持ってるキミなら知ってると思うし詳細は省くけど、この禁書の精霊よ」
その場でくるんと回って自己紹介をする。そのまま木箱のふちに手をかけてぴょんッと飛び出した。あれほど大きな本を背負っているというのに身軽な奴だ。禁書の精霊ってことは恐らくテンと同種なんだろう。
「……大丈夫か?」
未だに縛られたままの桔梗とタケルの縄をほどいて俺はタケルに回復術をかけた。目を覚ましたタケルが俺に巻き付いて来る。ペタペタと体中を触られた。
「何してんだ、お前……」
「何もされてない? うっしー無防備なんだもん、心配だよ……」
眉間にしわを寄せてそう問いかけてくるタケルについ笑ってしまった。くしゃりとタケルの髪をかきまぜる。
「見りゃ分かるだろ、ちゃんと生きてるしケガもしてねーって」
言った途端桔梗がぶふっと吹き出しやがった。何なんだ、いったい……。
「君がとても鈍いから僕としてはありがたいよ。タケル、外へ出よう」
「え、う、うんっ!」
全く訳が分からねー……。頭上にハテナを飛ばしている間に二人とも外へ出ていきやがった。意味は分からなかったがとりあえず俺も外へ出ることにした。
「うっしー」
木箱に手をかけたところで背後から桔梗が真剣な声で話しかけてくる。振り向いて顔を見てみれば、思いっきり渋い顔をしていた。
「奴の言っていることは嘘だ。フレスナーガはすでに滅んでいる。私の、……故郷なんだ」
桔梗の故郷……。何度も真剣に救ってくれって俺に頼んでいた場所か……? いや、でもおかしいだろ? 滅んでるのに救うって……。
疑問がそのまま表情に出ていたのか、桔梗が笑いやがった。
「本当にお前は分かりやすいな。詳細は現地で説明する。何を言われたかは分からないが、とにかくあの女は信用するな。テンも何かを隠しているようだったが、あの女はさらに信用できない」
それだけ言い終えると、桔梗も木箱の外へと出ていった。俺も出ようとふちに手をかけた瞬間爆音が轟く。俺は慌てて飛び出した。
「わあぁぁ! 魔物の大軍だ!! みんな逃げろぉ!!」
恐らくノワールがやったであろう気絶した船乗りたちを乗り越え、他の船乗りたちや町の人々が逃げ込んでくる。通路の中央に立っていたノワールとタケルとナナセを避けるように走ってくるせいで、まるで人の波が二手に分かれているみたいだ。
「タケル、僕が支援するよ」
「うん!! いっくよぉ~!」
タケルが近くに落ちていた剣を拾って鞘を引き抜き、自身の指先に一つ口付けると、周囲に光が満ち溢れた。逃げまどっていた人々が足を止めて何事かと振り向く。
「ナナセ、右をお願いね!!」
「了解」
タケルが左から来た魔物の群れに突っ込んでいくのと同時にナナセがニーズヘッグを召喚した。ニーズヘッグが右から襲い掛かってきていた魔物を飲み込んでいく。危険なんて感じさせない安定した戦いっぷりだ。
「なんか……久しぶりに死の恐怖感じねーわ」
「はは、だろうな」
今までは相手が悪かったんだ、という桔梗の声を聞きながら、俺も二人の方へと駆けて行った。上方に居た魔物たちは桔梗が魔法で切り刻んでくれる。タケルに背後から襲い掛かろうとしていた魔物は俺が地の魔法で串刺しにしてやった。
「油断してんじゃねーぞ、タケル」
「うっしーぃ~。きゃうーん」
アホな声を出しながらもタケルは横から来ていた魔物を斬り倒していく。この調子でいけば近いうちに魔物の襲撃も治まるだろう。
「きゃははっ! やっちゃえやっちゃえ~」
「力がうずうずしてきた。もう終わらせちゃっていい?」
「じゃアタシもやっちゃう~?」
言い終わるのと同時にノワールの表情が残虐な笑みへと変わった。右手の指先を前に突き出す。
「消えろ」
そのまま闇の渦が突如魔物の群れの中央に現れたかと思えば、全てを飲み込んでいく。周りにある木々ですら……だ。こいつの力、相当恐ろしいものだって今さらながらに気付いた。
「終わっちゃったぁ~。つっまんないの~」
ノワールがガッカリした表情で手を下ろすのと、町の人たちが集まってきたのは同時だった。俺はビクリと身体を強張らせる。また魔法使っちまったからな……。再び木箱行きか……。
そう思っていた俺の手を、一人の船乗りが掴んだ。
「”紋章持ち”って怖い奴らじゃなかったんだな!! ありがとう、今日はうちに泊まってってくれよ!!」
「いや、うちだ! うちに泊まってくれ!! あのカッコいい魔法をもう一度見せてくれ!!」
「うちの方がベッドが気持ちいいぞ!! で、どこから光が出てるんだ!?」
……俺達は見世物かよ。次から次へとくるお誘いの言葉に四人とも唖然呆然だ。ノワールだけはノリノリで踊りながら大喜びしているが。結局、町の宿屋にお世話になることにした。
テンとも合流しなきゃならないしな。町の人たちにテンの特徴を伝えて、宿屋にいるという伝言をしてくれって頼んでおいたから大丈夫だろう。「迷子か? かわいそうに……」と言われていたが、テンが迷子……。俺はぷぷぷッと笑いをこらえるのに必死だった。
その頃テンはというと……。
「うう……。暗闇から蛍光の黄色と青と緑が襲ってくるぅぅぅ」
「きゃぁ!」
「大丈夫!? 気を付けてね! その子寝ててもいきなり胸触ってくるわよ!!」
「先生、先生~!」
かなり迷惑な患者として未だに眠っていた。




