第二十七話 クロレシアの王
ギィとナナセが巨大な扉を開いた。途端、薄暗かった視界が一気に明るくなる。まぶしさで俺は目を細めつつ扉の向こうを見据えた。
赤い絨毯、きらびやかな家具たち、それをさらに華やかに見せている調度品の数々……。今まで見たこともないような豪華そうなものがこれでもかと部屋中に並んでいる。
俺達が出てきた場所の向かいには豪華そうな扉があり、右手側にはこれまた巨大な窓がはまっていた。
「すっごーーーーい! なんかみんなおっきい! キラキラしてるぅ!!」
タケルが扉から飛び出し、部屋中を駆け回り始めた。ありがたいことにここには人の気配がないみたいだ。出てきた扉を振り返ってみれば隠し通路だったんだろう、その扉は巨大な絵画に偽装されていた。
「ここはクロレシア王城の客間の一室だよ。ここを出て右に行けばエントランスホールがあるからそこから街に出よう」
歩き出そうとしたナナセの手首を俺はとっさに掴んだ。
「なに?」
「聞きたいことがあるんだ」
「?」
タケルが桔梗の力を吸ってからあの事を思い出して……ずっと気になってた。ナナセかあのコタロウって奴なら多分知ってるんだろうと思ったから聞いてみたくなったんだ。
「レガルって何だ?」
俺の力を吸い取ったタケルが唯一覚えてたこと。タケルは今全ての記憶を取り戻してるのかもしれないのにそのことは一言も言わなかった。だから気になって仕方なかったんだ。
「レガル? 誰かの名前か何かかな……?」
本当に何も知らないんだろう、キョトンとした顔で小首をかしげてこちらを見てくる。ナナセも知らないのか……。くそ、余計に気になって来るじゃねーか……。
もんもんしていたら、いきなり向こうからタケルが大声で叫んだ。バカやろっ……いくら城とはいえそこまで大きな声出したら兵士にバレるだろがっ……!
慌ててタケルの方へと駆け寄る。
「もっと静かにっ……!」
「ごっめーん。危うく落ちちゃうところだったんだもん~」
どうやら窓を開けて外をのぞいたときに強風に煽られたらしい。かかっていたカーテンが開いた窓から躍り出している。ったく……仕方ねー奴だな……。
ため息をついて窓を閉めようとして俺までビビり上がった。
「高っ……」
「でしょでしょー! あたしもびっくりしちゃった!」
窓の真下は崖だ。地面が遥か彼方に見える。港から城を見た時にかなり見上げた記憶があるが……、これは相当ヤバい。断崖絶壁を超えるレベルだ。岩と城壁と海しか見えないんだからな。
「クロレシア城の左側一帯は全部崖だよ。気を付けて」
ナナセがさりげなくタケルの手を取って立ち上がらせると、すかさず窓を閉めた。そのまま目を細めて俺を見てくる。
「?」
「戦場が変われば敵味方も変わるよね……? うん、こっちでは遠慮しないよ」
良く分からないことを呟いて意味深な表情でこちらを見てくる。なんなんだ、いったい……。
だがそれすら疑問に思う間もなかった。
「ああーん、うっしぃー! 怖かったー」
この声を聞いた途端嫌な予感が俺の中で広がる。このままじゃ俺、窓から突き落とされる!!
そう思ったのと同時に抱きついてきたタケルを受け止めつつ体をよじって背後をずらした。そのまま家具に背中をぶつけはしたが、無事参事にはならずに終わる。痛みより先にほっと溜息が出た。
「コントもいいが、そろそろ行かないとまずいぞ?」
廊下に続いているらしい扉の方から人の声を聞いた桔梗が、俺たち三人を見て半笑いで話しかけてくる。
誰がコントだ、誰が! 心の中で突っ込んではみたものの、桔梗の言う通りだ。俺は扉の方まで静かに、だが早足で歩いて行った。扉に耳をつけ外の様子をうかがってみる。外にいる人物の落ち着いた話しぶりから俺達の事がバレたわけではないと分かり、安心して振り返った。そこでふと先程からおとなしいテンに気付いてしまう。
「テン、どうした?」
「ん? なに? なんでもないよ?」
ぼーっとして何にもない事ねーだろ……。ごまかすようにニヘニヘ笑うテンを睨みつけてやったが、言う気はないらしい、すぐに桔梗の元へと走って行きやがった。
くそ、どいつもこいつも肝心なことは何も言わねー……。俺達一体何のために一緒にいるんだ。
何故だか不満が俺の中で膨れ上がっていて、心の中をもやもやが埋め尽くしていた。
なんとか聞きだしてやろうかとも思ったが、再び廊下から人の声が聞こえてきて、そろそろヤバいだろうと判断する。俺は全員に目配せすると、扉の先に人の気配がなくなるのを待って外へ出た。
ナナセの言った通り、ここから右に行けばすぐにエントランスホールが見えて来た。大地の腐敗進行の影響なのか、そこには騎士や兵士に混じって一般の人々も集まってきている。これなら俺達が居ても目立つことはないだろう。
そう思っていたら、周囲が一気にざわつき始めた。一瞬逃げてきたのがバレたのかと焦ったが、そうじゃなかった。
「陛下だ。陛下が視察からお戻りになられたぞ!!」
少し離れた所に居た兵士が叫んで中央に駆け出した。周囲も入り口から向かって中央にある巨大な階段に向けて一本の道ができるよう集まり始める。
「うっしー、今のうちに外へ出よう。この騒ぎなら普通に出ても気づかれないよ」
「ああ……」
ナナセに促されるまま、兵士や街人の間を縫って城の入り口に向かう。ちょうどそこにクロレシア王が来たみたいで、ざわつきは一気に大きくなった。
クロレシアの王は赤と白のつややかな衣装に身を包み、さっそうと歩いていく。黒に白が混じりつつある肩までの長い髪を撫でつけ、その上には金色に輝く王冠が乗せられていた。顎と鼻の下一帯には少し長めの髭が蓄えられている。そしてその鋭い眼光は六十過ぎの初老とは思えない程ぎらついていた。
あいつが……クロレシアの王っ……! 俺は歯をきつくかみしめる。復讐したい気持ちはまだある。けどここで挑んだらみんなに迷惑をかけることになる……。悔しいが気持ちを抑えて王の方は見ないように歩き出した。
「陛下!! ご報告がっ……!」
そのまま出ていけばよかったのに、俺はつい足を止めてしまう。
「研究所に捕らえていた”紋章持ち”が暴動を起こし街の各地で暴れまわっています!! いかがいたしましょう!?」
その報告に王は一旦足を止め、その兵士を見ることなく冷淡な表情のまま一言だけ発した。
「殺せ」
そしてそのまま歩を進める。俺の中でブチリと何かが切れる音がした。
「みんな、すまねぇ。やっぱ無理だ……! 先に行っててくれ」
怒りが俺の中で膨れ上がっていく。吐き出した言葉と同時に服の前をはだけた。
「テメェだけは絶対に許さねぇ!! うおおおおおっ!!」
紋章に触れて剣を作り上げると、そのまま王に斬りかかった。兵士や騎士たちがいるとか、街の人が見てるとか、そんな事は一切気に留めることなく一直線に王の心臓に向けて剣を突き出す。とっさに飛び出してきたのは王の護衛騎士だろう、真横から来た剣に手ごと弾き飛ばされた。すぐに魔法を発動して床から土の柱を突き出す。
「”紋章持ち”だ!! 捕らえろ!! いや、殺せ!!」
街人が悲鳴を上げて城の入り口に殺到していく中、クロレシアの騎士や兵士は俺に向かって集まってきた。この人数……一人で行けるだろうか。いや、こんなところで怯んでちゃだめだ。俺はこの王を倒して父さんやツイッタ村の皆の仇を取るんだ。そうすればこいつらのせいで苦しむ”紋章持ち”も減る。俺がやらなきゃいけない、そう思った。
紋章に触れて土の花びらを作り上げると奴らに向かって飛ばしていく。鎧ごと切り刻んで動きを封じた。王の横に居た騎士達は全員身動きが取れなくなり始めている。
今だ、と俺は王の元へ駆けると、再び紋章に触れ剣を作り上げた。
クロレシアの王! 父さんや村の皆の苦しみを知れ!!
これで敵を討てる、そんな事ばかりに意識が向いていて、一人、俺の背後に騎士が近づいて来ていたなんて気づいてなかった。
「死ね!!」
その言葉を聞いたときには、もう遅かった。俺の剣が王を貫く前に騎士の剣先が俺の胸を背後から貫こうとしてくる。くそ、油断したっ……。もうダメだと思って目を閉じようとした。
そこに光が舞う。
目を見開いたまま、俺はそれを呆然と見つめる。目の前で舞っていたのは間違いなく光だ。ジグザグと舞った光の軌跡には赤い花びらが散っている。最後にパッと床に赤い大きな花が咲き、そこに倒れた騎士の姿が彩られた。あの騎士はもう……動くことはないだろう。
「うっしーを傷つける奴は許さないんだから!!」
「タケル……おまえ……」
動きが格段に上がっている。剣の振りも今まで以上に早くなっていた。これが紋章の力を吸ったタケルの力……なのか。信じられないがすごいとしか言えなかった。
タケルは剣を振って血を払い周りに居た騎士や兵士を睨みつけて言い放つ。
「こいつと同じ目に遭いたくなきゃ今すぐ消えて!!」
騎士や兵士たちが不安げな顔で辺りを見始めた。今度こそ行ける! 復讐を果たすんだ。
剣の柄を握り締めて俺は振り向いた。王と目が合ったと同時に入り口が爆発する。何が起こったのか、入り口付近に居た三人ごと吹き飛んできた。
「くくく、パーティーにはぜひボクも呼んでくれないと……。ねぇ、陛下ぁ?」
「ああ、コタロウ様……素敵ですわぁ!」
ヴェリアと……コタロウ!? 嘘だろ、こんな時に……! 慌てる俺達をよそにクロレシアの王はコタロウに向かって冷静に言い放った。
「パーティーはこれからだ。その前にその虫ケラどもをどうにかしろ。アレの準備も出来ているな?」
「おやおや? こんなところにゴミが紛れ込んでいたとは。ええ、もちろんですよ、陛下のご命令とあらば。あちらの方も準備は万端にしてありますから。ふふ……」
二人は訳の分からない会話を交わし、王は上階に向かって歩き出した。コタロウはこちらを見てニヤリと笑う。
「待て!!」
コタロウには構わず、俺はすぐに王の後を追った。俺を止めようとしたコタロウの前にはタケルが立ちはだかる。
王を倒せば頭を失ったこいつらも大人しくなるかもしれない。タケルのあの力量ならしばらくは時間を稼いでくれるだろう。そのうちに……。そう考え、後ろは振り返らず階段を上っていく。コタロウの登場で我に返ったらしい騎士たちが俺に襲い掛かってきた。
くそ、もう少し戸惑っててくれれば助かったのに……! そう思っても奴らも王を守るのが役目なんだ、仕方ないと諦め、魔法で蹴散らしながら俺はただひたすら復讐のために王の後を追っていった。




