第二十六話 タケル強化
階下から聞こえてくる声は恐らく三人だ。
俺達の事がバレたのか、それとも……。不安ばかりが溢れてくる中、いつ見つかってもいいように戦闘態勢を整えながら、息をひそめて耳をさらに澄ました。
「街も通路もすべて封鎖しろって、陛下はいったい何を考えてるんだろうな?」
「さぁ……。とりあえず街の方は他の奴らが完全に封鎖したし、私達はこの通路を塞いでいればいいだろう。もう出入りは王城ぐらいからしかできなくなってるからな。下手に今動けば陛下の命に逆らった罪で私たちが罰せられるぞ」
「こいつの言う通りだ。……それより、騎士達が言っていた謀反人がどうなったのかも気になるところだ」
「大地の腐敗が進行したらしいからな、それどころじゃなくなってるだろう」
そこまで会話を聞いたところで俺はナナセに向き直った。声を潜めて話しかける。
「街が封鎖されてるって……まずくないか?」
「僕たちの事がバレた……にしては早すぎる。捕らえるにしてもここまで大げさにはしないと思うし……。陛下はいったい何をお考えなのか……」
ナナセが熟考しようと顎に手を添えたところで大声が響いた。
「何だお前達!? 敵っ……!? おい、怪しい奴らがいるぞ!!」
先程階下で話していた兵士の一人だろう、いつの間に上ってきていたのか警笛とともに仲間を呼ぶと、腰に下げていた剣を引き抜いてきた。
「あたしに任せて!!」
叫ぶと、タケルは誰よりも早くナナセから剣を奪って指先にキスを落とし、やって来た兵士に斬りかかった。光を溢れさせながら繰り出したタケルの剣技はすぐに決着をつけてくれるかと思ったが、相手も熟練の兵士だ。自身の剣でタケルの攻撃を受けると、油断した隙を狙ってその体を蹴り飛ばした。タケルが奥の階段まで吹き飛んで行く。
「ぅっ……」
「タケル、下がってろ!!」
すぐさま俺は紋章に触れて術を発動する。兵士に向かって砂煙を浴びせ目つぶしをした。大量の砂のおかげかあまりにも目が痛むんだろう、こちらに気を取られることなく悶え苦しんでいる。
悪いな、暫くそうしててくれ……。悶える兵士を見下ろしながら俺はタケルの方へと駆けた。
「ほほう、やるじゃないか。なら私も……」
桔梗がニヤリと笑って、後から来た二人にも俺と同じ術をかけた。悶え苦しむ兵士が三人に増える。
アイツ……楽しんでないか? ふとそう思ったが、その考えは飲み込んで倒れていたタケルの横にしゃがんだ。いつの間にかテンとナナセもタケルのそばに座っている。
「平気か?」
「う、うん……。テンが治してくれた」
こういう時だけは早いんだよな……。チラリとテンの方を見たらニヘヘと笑い返された。蹴り飛ばされたのがタケルじゃなくてもし俺だったら、こいつは間違いなく張り切って敵を攻撃していたことだろう。溢れる怒りは抑えつつ、俺はタケルの手を取って立ち上がらせた。タケルが俺を見上げてくる。
「うっしー、前より強くなった?」
キラキラとした目で問いかけてくるタケルに戸惑いながらも、そういえば……と少し考え昔と今の俺を比べてみた。
「……ああ、かもな。桔梗に封印を解いてもらったおかげかもしれないけど……」
「なんかうっしー、前より男らしくなった気がする……! なんていうか、その、頼れるって言うか……、あの……、ああんっ! やだ、はずかしぃ~ん!」
「痛ってぇ!?」
ビッターンと俺の頬を叩いたかと思えば、タケルは真っ赤になって真横に来て居たテンの髪を鷲掴み、その頭頂に自身の額をゴリゴリと押しつけだした。俺もちょっと痛かったが、あっちもかなり痛そうだ……。唯一の救いはテンが嬉しそうにしている事か。ビ、ビンタだけで良かったぜ……。
そうこうしているうちに階下からまた人の声が聞こえてきた。どうやら先程の警笛が外にも聞こえていたらしい。
ナナセがタケルの剣を拾い、真剣な表情のままゆっくりと近づいて来た。
「このままじゃきりがなさそうだから王城まで出よう。彼らの言う事が確かならどのみち王城からしか街へ行けないみたいだし」
冷静にそう言うと、先に階段を上り出した。いつもより言葉が冷たく感じたのは気のせい……だよな? とにかく俺達も急いでナナセの後に続いた。
「えーっ! 上るのぉ!?」
文句を言い出したテンには桔梗がにっこり笑いかけて答える。
「力を貸してくれるんだろう? テン」
途端、ニヘニヘと顔を緩ませつつおとなしくテンがついて来た。これからアイツの扱いは全て桔梗に任せよう、そう思った瞬間だ。
それからしばらくは皆が無言で階段をのぼっていた。先程まで元気だったタケルも静かすぎて不気味な程だ。しかもなにか考え事でもしているのか、一番後ろをうつむいたまま歩いている。
くそ、元気がないならないで気になるんだからハッキリ言えっての……。そう思いながらちらちら気にかけていたら、覚悟を決めたのかアイツはとうとう足を止めた。
「疲れたか?」
そうじゃないと思いつつも、問いかけてみる。タケルはすぐに首を横に振って答えた。しかもうつむいたままだ。とっとと言えっつってんだろ。俺の気持ちが通じたのか、タケルは言いにくそうに話を切り出した。
「んっと……ね。皆にお願いがあるの」
お願い……?
俺と同じ気持ちだったんだろう、キョトンと全員がタケルの方を見る。
「どうしたんだよ、そんな改まって?」
タケルらしくないしおらしい態度に不思議になり、俺はさらに問いかけた。タケルが苦笑を漏らす。いったい何を遠慮してんだか。
「んっとね、みんなの力をくれないかな? あたし、紋章の力を吸い取って強くなれるの。だから……お願い!! あたしに力を少しだけちょうだい!!」
最後の方は興奮気味にそう言ったが、俺は小さく首を横に振って答えた。TK86……コタロウって奴はタケルの事をそう呼んでいたけど、俺はタケルを兵器だなんて思いたくないんだ。だから思ったままを伝えた。
「タケル、お前は強くなる必要なんてないだろ? もう戦わなくていい」
これからは俺がいるし、俺だけじゃなくてこいつらもお前を守ってくれるだろう。そう考えて言ったのに、タケルは顔を辛そうにゆがめると再びうつむいて答えた。
「あたし……、お荷物は嫌だよ。皆が戦ってるのただ見てるだけなんて、出来ないっ……!」
タケルは拳を握り締めてうつむいたまま震え出した。ああ、そうか……。自分の体が自分の意志で動かせなかった時、俺達が死を覚悟しているのをこいつはただ見ているしか出来なかったんだよなって思い至った。俺だって同じ立場になってたらどうだ? 悔しくて自分を恨んでるはずだ。
「……分かった。分けてやる、……と言いたいところだけど、そういえば俺の力はもう吸えないんじゃなかったか?」
迷いの森で二度目を確か吸われていたな、と思い出し首をかしげながら問いかけた。タケルも頬をポリポリと掻いている。
「うん……そうなの。だから他の皆にお願いしたいんだけど……」
力なくそう言うタケルに、俺は他の三人の方へと視線を巡らせた。
こういう時率先してしゃしゃり出てきそうなテンがなぜか渋い顔をしている。不思議に思っていたらテンは渋い顔のまま答えた。
「ぼくは”紋章持ち”じゃないから……。だから力は多分あげられないよ」
そうだった、忘れかけていたけどコイツは本に宿る精霊だったんだよな……。諦めるしかないと俺はタケルの方を見た。タケルも仕方ないと判断したのか、今度は桔梗とナナセの方へ視線を送る。
「ごめん、力を貸してあげたいのはやまやまなんだけど……、これ以上魔力がなくなったらニーズヘッグすら召喚できなくなっちゃうから……」
「私は構わんぞ。どうすればいいんだ?」
ナナセが落ち込み気味にそう言うと、そこに桔梗がニヤリと笑いながら出てきた。アイツのあの笑いはやや心配だが、どうやら桔梗は力をくれるらしい。タケルが嬉しそうに桔梗に駆け寄った。
「大丈夫! そのまま立ってて!! 痛くしないから!」
嬉しそうにそう言うと、タケルは背伸びをして桔梗の左肩に唇をつける。途端辺りに光が満ち溢れた。
「あ……、ああぁぁっ……!?」
桔梗が声をあげた後、ガクリとひざを折った。とっさに近くに居たナナセが桔梗の体を支えたおかげで何事もなかったが、ここは階段の途中だ下手したら転がり落ちていた。
「お前、やるなら事前に言えよ……! それ体結構辛いんだぞ」
「え、そうなの? 桔梗ごめ~ん」
タケルのその言葉に悪いという気持ちは全然感じられなかったが、どうやら本気で謝ろうとはしているらしい。タケルは不安そうに桔梗の顔を覗き込んでいた。
「思い出せば俺の時もいきなり吸い付いてきやがったよな、オマエ。……まぁ、あの時はおかげで魔法が使えるようになったんだけど……さ」
力を与え合ってたんじゃなくてただ吸われてただけか……と今さらながらに考える。大方封印してた父さんの力を上手くタケルが吸い取ってくれただけだろう。
「ちょうだいって言ったらくれないと思って」
「当たり前だ!!」
俺の即答にタケルが唇を尖らせながら拗ねた。けちー、うっしーのけちーと何度も俺を責めてくるタケルは無視して、俺は桔梗の手を取り立ち上がらせる。桔梗も立ち上がりながら苦笑しつつタケルの方を見た。
「あいつ、本当に強くなったのか?」
「さぁな」
いつもと変りないタケルに呆れ顔が治まらないが確認するすべもないんだ、俺は呆れ顔のまま階段を上り始めた。
「あ、うっしー待ってよー! 力もらえないかもだけど試しに紋章にキスさせて~」
「おねぃさんをカッコ良く支えるのはぼくだったのにっ……! ナナセに役目取られたっ……!」
「タケル、走ると危ないよ! まだ先は長いから僕に掴まって!!」
「くくくっ」
俺の背後で不安要素しかない言葉が飛び交っている。それを全て無視して俺は階段を駆け上がった。
かなり長い階段だ。さすがにへばりそうになった頃ようやく突き当りに扉が見えてきた。
「うっしー、あの先が王城だよ」
後ろから来ていたナナセが俺の横に来て階段の先にある扉を指差す。
「なるほど……とうとう敵の懐に飛び込むわけか」
桔梗がニヤつきながらそう言う。こいつは、とことん楽しんでるな……。
そう思いながら俺も扉を見上げた。
あの先が、クロレシアの王城……。村の人たちや父さんを殺した奴らの頭……王がいる……。俺は扉を睨みつけながら拳を強く握りしめた。




