第二十三話 タケル
もう何度とも知れない剣と剣がぶつかり合う甲高い音がした。直後、光の刃が俺の頬を切り裂いていく。
「タケル、海も見たよな? すごいってはしゃいでただろ?」
タケルと剣を交えるたび出会ってからの事を話す。正直あんまり思い出なんてないから同じ事しか話せなかったけれど。
それでも、少しでも記憶を思い出して欲しかった。
ホント、いつの間に俺こんなにタケルに執着してたんだろ。
「うあっ!」
俺の左の腿をタケルの剣が突き刺す。そのまま立っていられず膝をついてタケルの目を見てみたが、やはりと言うか虚ろなままだ。思い出す気配なんて全くない。急いで自身の傷を治療して、もう一度タケルに向き合う。
「くくく、いつまでお人形遊びをしているつもりだ? TK86。ボクもそろそろ飽きてきたからとっとと終わらせようじゃないか」
テンとナナセの相手をしていたコタロウがおもむろにこちらに指を突き出し宙に呪文を描き出した。突如俺の目の前で爆発が起きる。熱風が皮膚と目を焼き焦がし、俺は痛みで呻き声をあげた。急いで回復しようと試みても、力が思うように出せない。こんなことは初めてだったが、もしかしたら魔力切れってヤツなのかもしれないと思い至った。
「死ね」
「うっしー!!」
コタロウのリボンらしきものが風を切る音が聞こえる。それと同時にテンの悲鳴が響き渡った。俺の背後では恐らくタケルの剣を体で防いでくれたのだろう、ナナセの苦しそうな声も聞こえてきた。
俺……何やってんだ。またこんなに周りの人たちを犠牲にして……。このままじゃいつもと同じじゃねーか。また後悔しか残らなくなる。誰かの犠牲の上で生きるなんて俺はもう嫌なんだ。
嫌だから……。後悔しないために俺はどうすれば……。
俺はとっさに思考を巡らせると、決意を固めてコタロウが動く前に集中して素早くテンと自身の目だけを治療した。
「テン、命令だ。ナナセと桔梗を連れて逃げろ……!」
「な……!」
言葉と同時に紋章に触れ、全力で力を開放する。これが今出せる最後の力かもしれなかったが構うものか。コタロウに向かって地面から岩を突き出し入り口から奥の方へと誘導した。
「何バカ言って……!」
「そうだよ。俺はバカなんだ。お前も今度は間違いなく桔梗に渡せ」
真横から来たタケルの剣をよけながら首に下がっていた契約の鍵をテンに向かって放り投げた。なぜか迷いなんかなくて口元が自然と笑みの形を作り上げていく。
「できるならヤエの救出も手伝ってやってくれ」
それだけを伝えると、俺は避けきれなかったタケルの剣を腹で受けた。ずぶりと自身の中にめり込んでくる感触の直後ズキンズキンと激痛が広がっていく。
「うっしー……!」
近くに居たはずなのにどこか遠くの方でテンの声が聞こえてくる。こんな時なのに早く逃げろよってそんな事ばかり考えてた。
「ゲホ、俺と……居たい、て……言ってた……よ、な? タ……ケル」
俺、バカだからこんな方法しか思いつかなくてさ……。けど、これからは気持ちだけでもずっとそばに居てやるから。
今なら俺を助けてくれた父さんの想いが良く分かる。俺だけでも生きるって父さんと約束してたけど、ごめん。俺はせめてこいつらだけでも助けてやりたい、願いを叶えてやりたいって思ったんだ。
俺に今出来ることはこんな小さなことだったけれど……。
紋章の力を開放したまま俺は剣を持ったタケルの体ごと抱きしめ、ゆっくりと目を閉じた。
自分に出来ることはやったから後悔だけはしない自信があるよ。本当はもう一度だけでもタケルの笑顔が見たかったけれど……。
「…………、し……」
一瞬、何事かと思った。消え入りそうな程小さな声が聞こえた気がしたから。今のは……タケルだったのか? いや、自分の荒い息遣いに混じるヒューヒューという声だったのかもしれない。そんな俺の考えを裏切ったのは直後の大声だ。
「どうしてよ!? どうして死のうとしてるの!? どうしてあたしを攻撃しないの!? あたしを殺せばこんな事にならなかったのに、バカだようっしー!!」
弾けるように叫ぶ声に、俺は薄れそうな意識を引き戻し痛みも忘れてただ目を見開いた。呆然と自身の胸元付近にあった澄んだ水色の瞳を見つめる。まるでこのまま吸い込まれてしまいそうな程うるんで煌めいていた。放出していた紋章の力すらつい緩めてしまう。
「あたし人じゃないんだよ。記憶がなかったのもうっしーから力吸い取ったのも、あたしが普通じゃないからなの!! 名前だって本当はタケルじゃない。あの時とっさに自分で考えただけなんだから!! だから人じゃないあたしの記憶はまたいつ消されるか分かんないんだよ。今だって自分の身体なのに思うように動かせないんだからっ……!」
「タ……ケル……」
剣の柄を握ったまま半分涙目で俺を見上げてくる。タケルも自分を取り戻すのに必死だったのか……? 俺はまだ信じられなくてただタケルの瞳を見つめていた。
「このままじゃあたしうっしーのお邪魔虫になる。うっしーを殺しちゃうっ……。そんなのやだよ!! ……だからうっしー……。あたしを、殺して。逃げて……」
最後は消え入りそうなほど小さな声だ。違う、バカだよお前……何にも分かってねー。そうだ、痛みなんかで朦朧としてる場合じゃない。これだけは言ってやらないと。気合を入れるために弱々しく拳を握ると、タケルの瞳を見つめたまま口を開いた。
「俺は……出会って、からのお前、しか知らない。だ、から……俺、知ってるのは、TKなんとか……って名前、じゃない。お前、なんだよ。タケル」
息も切れ切れだったから伝えられたかは分からない。タケルが俺の顔を見上げてきた。
伝わらなかったのかもしれないなって思って俺はもう一度だけどうにか口を開く。
「俺が知ってるのは……お前だよ、タケル」
出会う前なんて関係ない。俺を巻き込んでハチャメチャやって、バカみたいに笑ってる……それが俺の知るお前なんだよタケル。生まれとか育ちとかそんなに重要じゃないだろ。俺は今のお前だから一緒に居たい、助けたいって思ったんだ。
これでもちゃんと伝わったのか分からない。けれど、タケルの顔がくしゃりと歪んだ。
「うっし……ぁっ……!?」
いきなり、タケルの体がグラリと揺らぐ。何事かと思って見てみればその背中にあり得ないぐらい大きな傷がぱっくりと開いていた。かろうじて生きてる。けどこのままじゃ……。
「クソゴミが……。使えない道具は廃棄しないとな」
俺の緩んだ術を抜けて来たんだろう、コタロウが凶悪な表情で宙に呪文を描いた。タケルを傷つけたのは間違いなくコイツだ。俺はコタロウを睨みつけたまま、けれど魔力切れと腹の痛みで動くことはできなかった。
「ニーズヘッグ!!」
コタロウの術が発動する直前、俺達の前にニーズヘッグが血を流しながら現れた。深い傷だ。ニーズヘッグの命も危ないっていうのにアイツ……。
ニーズヘッグはコタロウの術を受けすぐに消えていった。その間にテンが駆け寄ってきてタケルを回復してくれる。タケルもどうにか気を失ってはいるが回復は間に合ったみたいだ。ただテンも魔力切れが近いのか少しだけ息が荒い。魔導書の封印の事もあるし、あまり無理はさせられないかもしれないな。
それより逃げろって言ったのに……。
「お、まえら……」
「女の子放って逃げるなんてだっさい真似出来るわけないだろ!! てかさーこの子だけ背負って逃げるから早く死んできてよね!!」
こんな時でもいつものテンの調子に、ついつい吹き出してしまう。死んで来いっていう割には無理して俺まで回復とかしてくれてるしさ。礼を言おうとしたんだけどそんな暇はなかったみたいだ。コタロウが宙に今まで以上に大きな呪文を描き出していた。かと思えば部屋中が炎に包まれていく。
「な……」
「ゴミはゴミらしく燃えていればいいんだよ」
部屋にあるものが徐々に熱で溶けだしていく。テンが防御壁を張ってくれたが、かなりの脂汗だ。もういつまで持つかも分からないだろう。
ヤバい……。もう逃げることすらできないかもしれない。そんな焦燥ばかりが俺達を襲っていた。




