第十九話 親友
「お兄ちゃま!!」
ナナセが門を開けてすぐ、遠くの方の玄関らしき扉から一人の少女がカツカツと杖を突きつつ急ぎ足で飛び出してきた。揺れる白金色の髪、ふわふわしたピンクと白のドレス、ひらひらのリボンが良く似合っていてとても可愛らしい。ただ足が悪いせいだろう、歩く速度はかなり遅くふらふらと危なっかしくて仕方がない。
「ヤエ様! お待ちください!! そんなに急がれてはっ……」
しばらくしてその少女の後を追うように、丸い黒縁眼鏡と袖のない服を身に着けた青い髪の女性が、左右で結んだ三つ編みを揺らしながら飛び出してきた。服装からしてメイドか何かだろうか。
ただ一歩遅く、ヤエと呼ばれた少女がつまずく。それと同時に俺の真横を何事かと思う間もなく金髪が駆け抜けた。転ぶ直前にその少女の体を支える。ナナセがあわてて後に続いた。
「急がなくても僕は逃げたりしないよ。ヤエ、大丈夫? テンもありがとう」
「何をおっしゃられますか、お義兄様。これしき未来の夫として当然の事でございますよ。はっはっは」
気持ちの悪いテンのセリフに呆れ返りながら俺も桔梗も三人の元へと歩み寄った。彼女がナナセの妹ヤエか。小柄で可愛らしい、テンがこれほど鼻の下を伸ばしているのも分かってしまう。鼻息も荒いし、まるでサルだ。そう思っていたら眼鏡をかけたメイド服の女性が近づいて来た。
「申し訳ございません、ナナセ様。お茶のご用意をしている間にお部屋を出られたみたいで……」
「気にしなくていいよ、ヨン。いつもありがとう」
ナナセの言葉にヨンと呼ばれたメイドの女性は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、ヨンがお兄ちゃまがいるって教えてくれたんでしょ? ならこうなっても仕方がないじゃない」
「ヤエ様! んもう。……お茶のご用意しますね。中でお待ちください」
貴族とメイドにしては珍しい、ずいぶん仲よさげなやり取りに俺までほっこりしてしまった。俺はヤエの目線まで下がるためその場にしゃがむと、微笑んで自己紹介をした。
「俺はウッドシーヴェル。ナナセの友達なんだ、よろしくな」
「お兄ちゃまのお友達っ……! よかったぁ」
両手の指先を合わせ嬉しそうに微笑むヤエの顔を見てナナセが苦笑いした。突っ込んでやろうと思ったが、真横からしゃしゃり出てきたテンに邪魔される。
「はいはーい! ぼくはテン! 君の未来の夫だよ、よろしく!!」
「許可しないよ」
「えええー!? なんでさ!?」
テンとナナセ、二人のやり取りにクスクス笑っていたヤエをナナセがいきなり抱き上げた。
「遅くなるほどタケルにも僕らにも危険度が増す。時間がないから来て。準備するよ」
そのまま歩き出すナナセに、そうだったと我に返り俺もテンも真面目な顔に戻って後に続いた。ただ一人桔梗だけは三人を見てニヤニヤと笑っていたが。アイツはある意味危険だと察した瞬間だ。
「いったぁーーーーい! もうちょっと柔らかく縛ってよぉ!」
屋敷に入ってすぐ、出された茶をすすることなくヤエと別れて奥の部屋に通されたかと思えば、いきなりナナセに腕をひねり上げられ後ろ手に縛られた。せめて一言ぐらい欲しかったと思うのは俺のわがままだろうか?
今現在ブーブー文句を言っているテンを尻目に、すでに縛られている俺と桔梗は壁際に寄って座り込んだ。外し方も教わったし後はテンを縛り上げるだけだ。
そう思って床に尻をつけた途端、桔梗がそういえば……と話を切り出してくる。
「あのフードの男……レスター……だったか? 親友ということは仲が良かったんだろう? 生き別れって、何かあったのか? ……あ、いや。答えたくないなら別にいい……」
あまりにも挙動不審で気まずげにそっぽを向く桔梗の姿を見て、俺はこみあげてくる笑いをかみ殺しながら天井を見上げた。気ぃ使いすぎだろとは思ったが言えなかった。一人でいる”紋章持ち”に何かしらの事情があるのはほとんどだろう。俺は天井を見つめつつ過去の事を思い出していた。十二年前……俺とレスターがお互いまだ村の子供としか認識していなかった頃……。あの頃は父さんも母さんも生きてたな、って……。
――――☆☆☆――――――☆☆☆――――――☆☆☆――――――
懐かしいあの頃……。
「どうしてレスターを仲間はずれにするの!? ウッドシーヴェル!!」
「だってアイツ、トロいし遊び方とかルールとかも理解しないんだもん!! 一緒に遊んでてもつまんねーよ!!」
剣幕で怒る母親に俺は怒りのままに噛みついた。だって俺は悪くない。
盤ゲームしてたらせっかく取ったコマを勝手に元に戻したり、かくれんぼしてて最後の一人さえ見つからなければ勝てるってところで隠れてるやつに話しかけに行ったり、アイツがいると遊びにならないから誘わなかっただけだ。
「レスターだってみんなと遊びたいのよ! 明日は一緒に遊んであげなさい」
「えええーーー!」
文句を言ったところで近所付き合いにうるさい母さんの意志が曲がるわけもなく俺はしぶしぶうなずいた。
「まったく……。お父さん達が狩りに行ってほとんど家にいないんだから揉め事は起こさないでね。ただでさえレスターは……」
そこまで言ったところで母さんが突然胸を押さえてしゃがみこんだ。とても苦しそうな顔をしている。
「母さん!! 痛いの!?」
「大丈夫よ……、すぐ治まるから……」
俺に心配かけさせまいと苦しげな顔を笑みに変え、母さんは胸を押さえながら立ち上がった。ふらふらと俺が帰ってくる前にしていた料理作りに戻る。そうこうしているうちに母さんの胸も段々と痛みが治まってきたんだろう、鼻歌まで歌い出していた。
こんな事はここ最近よくある光景だ。何事もないと安心した俺はそのまま家を出ていく。目的地はもちろんあそこに決まっていた。
俺が生まれた村はクロレシア王国から北の方に位置する山の中にある。山は”紋章持ち”にとって隠れやすいうえ食料も豊富に採れるおかげで過ごしやすい場所でもある。だから成人した村の男たちは皆、朝から日が暮れるまで山に食料を取りに行くんだ。それがこの村で暮らすルールみたいなものでもある。
特にうちの父さんは”紋章持ち”の中でも結構力が強い方だったから狩りにはいつも参加させられていた。だから父さんが帰ってくるまで、家には俺と母さん二人みたいなものだったんだ。それは村のみんなほとんどが、なんだけどレスターは……。
俺がたどり着いたそこは山の中のさらに北の方にある。
自分の魔法で作った、村の奴らにもクロレシアの奴らにも見つからない秘密基地だ。木の根を重ねただけの簡素なものだが、誰にも知られていない俺だけの秘密の場所。そこに入るとなぜかレスターが一人膝を抱えて座っていた。まさか誰かが居るなんて思ってなくて、飛び上がった。
「……勝手に人の秘密基地使うなよ」
「ご、ごめんっ……」
ぶすったれた俺の顔を見て慌てて立ち上がろうとしたレスターの腕を引いて座り直させる。俺も横に並んで座った。
「別に……。今度からはちゃんと許可取れよな!」
口を尖らせてそれだけ言っただけなのに、レスターは蕩けるように笑うと黒い眼をくりくりさせながら今まで何を考えてここに居たのかを語り出した。俺にとってはどうでもいい雑談だったからほとんど聞き流す。時折相槌を打ちながら聞かれた事にも少しだけ答えた。
「ウッドシーヴェルはお母さんがいていいなぁ……」
ついつい俺が母親に怒られたことまで話したら、レスターがぼそりと呟いた。そうなんだ、レスターの母親はクロレシアの兵士に見つかって殺された。だから父親が狩りに出ている時間帯はいつも一人でいるんだ。俺が遊びに誘わなかったことを怒られたのもそのせいだってのは分かってるんだけどさ……。
「お前さぁ、なんでボードにコマ戻したり、隠れてるやつに話しかけたりするんだよ?」
半眼でそう問いかけたらレスターはまた嬉しそうに微笑みながら身振り手振りで語り出した。
「だって一人は淋しいでしょ? 誰かが一緒にいたら淋しくないもん。残されるのは悲しいよ。一緒にいたら楽しいっ」
結局……一つ、とか一人残ってた奴を気にしてたって訳? 遊びだぞ? バカなヤツ。そう思ったけど今度からはちゃんとレスターも誘おうと決めた。こいつはずっと一人で淋しかったんだって思ったからさ。
「なぁレスター! うち来いよ! 父さん帰ってくるまで一緒に遊ぼうぜ!!」
俺はすっくと立ちあがると、レスターの腕を引いて立ち上がらせた。そのまま秘密基地から出て真っすぐ自分の家へと向かっていく。もう日が暮れ始めているし、もしかしたら父さん達が帰ってきているかもしれない。でもレスターと別れようとは思わなかった。
「ただい……」
玄関を開けてすぐ、まの声を発する前に目を見開いた父さんが家の奥から走ってきて、俺の肩をガシッと掴んだ。何事かと父さんの顔を見つめる。
「ウッドシーヴェル……! 母さんが……、母さんが死んじまうっ……!」
「え……」
父さんの言葉が理解できなくて、信じたくなくて俺は部屋の中へと向かって駆け出した。




