第十七話 救出作戦
「おや? なんだい、ズタボロのご帰還だねぇ!」
”紋章持ち”の女の家に着いてすぐ、迎え入れてくれた彼女の母親の第一声がそれだった。
「テメッ……! 人を騙しておいて……」
怒りのままに掴みかかろうとしたら、その俺の腕を”紋章持ち”の女に引かれる。何をするんだとばかりに振り返れば、彼女は首を振りつつ小さな声で答えてきた。
「ママは何も知らないの。ただこの街で情報屋として動いているだけなのよ」
情報屋……。確かに年配の女の方の情報に嘘はなかった気がする。禁書の事も多少間違ってはいたもののあの船に積まれていたのは確かだった。
ちらりとテンを見てみれば、何見てんだとばかりに不快な顔で睨み返される。後で絶対頭ゴリゴリしてやる、と俺は決意した。
「しっかしアンタ……訳アリの軍関係者だとは思ってたけど、まさかナナセ様ともお知り合いだったとはねぇ。相当高い地位なのかい?」
「それより……すまないがしばらくココを空けてくれるかい? 彼らと話をしたいんだ」
俺に興味津々な年配の女にナナセがすかさず割り込んできた。年配の女も事情を察したんだろう、すぐに真面目な顔に戻るとコクリとうなずきニカッと笑った。
「ああ、確か隣の旦那に呼ばれてるんだった! 布を一反持ってきてくれって頼まれてたんだったよ。待たせて悪いことしちまったからすぐ行かなきゃねぇ!!」
そのまま何も持たずに年配の女は家を出て行った。”紋章持ち”の女も後に続いて出ていく。
「手に何も持ってないが、あの人痴呆か……?」
不安になりぼそりとそう言ったらナナセに笑われた。なんで俺がいきなり笑われなきゃならねーんだ。ムッとしていたら近くにあった椅子に腰かけながらナナセが説明してくれる。
「情報屋の暗号みたいなものだよ。一反は一時間の事。待たせるは待って帰るの事。一時間だけ外出してくるってことだよ。その間に話せること話しておきたいから、掛けて」
ナナセが向かいの椅子を勧めてくる。桔梗が俺の隣に腰かけ、テンは桔梗の足元に寄ってあぐらをかいた。まぁ、それについては何も言わないでおこう。
「タケルはクロレシアの王立研究所に送られた。僕は引き渡しただけだから、それ以上は関与していない」
「なっ……!?」
いきなりの本題に、さらにはその内容に目を見開いた。喉の奥が詰まって言葉が出てこない。
「クロレシア王国内にある曰く付きの研究所か」
「ぼくもそこに送られるところだったんだ……」
桔梗とテンもそれぞれが感想を述べる。どんな所かは分からないが相当ヤバい所だって事ぐらいは俺にも分かった。
「ならクロレシアに行って王立研究所に侵入か……」
「ああ、侵入の作戦はあるよ。君が……協力してくれればの話だけど。君、ヴェリアに捕らえられてた禁書の精霊だよね?」
「ちょっとぉ。捕らえられてた、とか言って欲しくないんだけどぉ」
桔梗の足にすり寄りながら不機嫌そうにそう言うテンを無視してナナセは話を続けた。テンの扱いを理解したらしい。
「かなり危険な賭けだよ。でも彼が手伝ってくれれば侵入は多分上手くいく。ただ脱出経路が……」
言葉の途中でナナセが立ち上がり、どこかへ消えたかと思えば何かを手にして戻ってきた。机の上に広げられたそれはどうやら研究所内の見取り図らしい。
「ここ……タケルは多分この中にいる」
ナナセは見取り図の一番奥の方を指でなぞりながらそう告げた。
「ただ、ここの扉は一部の研究者にしか開けられないんだ。眼球を認証して開ける仕組みになっているらしいからね。その研究者の瞳孔が開いていても開けられないようになっている。だから彼を連れ、研究者を騙して中に入ることはできても、タケルを助けた後に出ることはできないんだ。……とすれば脱出経路はここの部屋のすぐ真横にある地下水路へと続く道を通るしかなくなるんだけど……」
そこでもう一枚の紙を取り出した。今度は地下水路の見取り図だ。その先の二手に分かれた部分に指をなぞらせる。
「こちらへ行けば街中、こちらは王城へつながってる。方向を間違えたら大変だよ。しっかり頭に叩き込んでおいて。何かがあって僕らが分断されてもいいようにね」
ナナセの言葉を聞いて俺はうっ、となった。言っておくが頭を使うのは得意じゃない。歴史もだが、覚えることが特に苦手なんだ。それでもタケルを助けるためにはやるしかないと思った。
ツイッタ村からアイツを連れて来なければ……、アイツをナナセとともに置いて行かなければ……。後悔はいくらでもある。けど考えたところで何も解決しないなら今をいい方向へ変えるしかないんだからな。俺はしばらくその見取り図の暗記に専念した。
作戦も決まってしばらく経ち、覚えるものも覚えたところで今さらだが自己紹介をすることにした。桔梗やテンと、ナナセは思い出せば初対面だったはずだからな。全員紹介し終わったところで一応俺も名前を告げる。
「テン以外は知ってるとは思うが俺はウッドシーヴェルだ。改めてよろしくな」
瞬間、全員が目を見開いて俺を見る。いや待て、そこ驚く所じゃねーだろ!?
「ま、まぁ……、うっしーはうっしーだからな。うっしーでいい」
桔梗がまとめるようにそう言ってこちらを見た。なぜかテンもナナセもうなずいている。
「だぁーかぁーら! その名前はタケルの奴が勝手にっ……!」
文句を言ったところで誰も聞いてはくれない。くそ、なんなんだこいつら……。三人の完全無視にイラついていたら、外に出ていた年配の女が戻ってきた。
「話は終わってるみたいだね。今日はここで休んで行くんだろ? アンタたち全員お風呂入りたいだろうしね」
ズタボロの服や姿を見てうんうんうなずくと部屋の奥の方へと引っ込んでいく。しばらくして年配の女は何かの包みを持って俺の方へと近づいて来た。その包みを俺に押しつけてくる。
「これ、アンタの荷物だってね。うちの子は捨てるって言ってたんだけど、あたしはアンタが戻ってくるんじゃないかと思って取ってたんだよ。繕っておいたからお風呂入って着替えな」
「これ……」
包みを開いて俺はうおお! っと声をあげそうになった。何故って、それはどう見ても俺の服だったからだ。嬉しくなって年配の女の手を取ると、ぎゅっと握りしめて礼を述べる。
「おばちゃん、サンキュー!」
言った途端背中を叩かれる。
「誰がおばちゃんだい! お姉さんと呼びな!! ほら、とっととお行き!!」
お姉さんという歳でもないだろう……と思ったが、言えばさらに叩かれそうだったので黙っておいた。年配の女の言葉に甘えて風呂に行く。きつい服を脱ぎ捨てて湯に浸かれば久しぶりにゆっくり休めた気がした。
ゆっくり休んだおかげでつい今までの事まで思い出してしまったけどな。
父さんの事、ツイッタ村の事、オリオの事、タケルの事……。
「俺、まだ誰も救えてない……」
けど、今度こそ絶対救ってやる。
俺は拳を握り締めて覚悟を決めるとそのままザブンと湯の中に沈んだ。
☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆
ザザ……ン、と波の音が鳴る。足元を水が流れ、もともと薄黄色であったそこを定期的に色濃く染め上げていく。澄んでとても青い空は、それでも徐々に日が傾くにつれ橙色が混じりつつあった。
黒い帽子に付けられた派手な黄色とオレンジの羽、首元にまかれた淡い黄色のストール、燕尾のように広がった裾……。潮の混じりつつある風がそれらを攫うようになびかせている。
「ナナセ」
「ああ、うっしー。もうあがったのかい?」
ナナセがこちらに首だけを振り向かせながら薄く微笑んだ。
「ああ……。作戦とか色々……これからの事考えてたら、居てもたってもいられなくなってな。ちょっと修行でもしておこうと思ってここに来たんだ。お前が居るとは思わなかったが」
頭を掻きつつそう告げた。そのままナナセが顔を戻し、声をあげて笑う。そして再び空を見上げた。
「お前、俺と再会した時も空を見てたよな? なんかあるのか?」
「ヤエと……同じものを見ていたんだ……。あの子と約束したからね。会えない間は同じものを見ていようって……」
そこで一旦言葉を止め、こちらに体を向けて帽子を取ると、いきなり頭を下げてきた。何なんだ、と驚いて呆然とその頭を見つめる。
「タケルの事、ごめん。君にとってタケルは僕にとってのヤエと同じ存在だったんだよね」
頭を下げたままそう言うナナセに、俺は居心地が悪くなってただ頭を掻いた。結局悩んだ末、ナナセが手に持っていた帽子を奪って頭に乗せてやる。
「謝る相手が違うだろ。俺は……タケルが無事だったら許してやる」
俺の言葉にナナセがくつくつ笑い、ようやく頭をあげた。
「そう……だね。修行、するんだっけ?」
言いながら手を掲げる。どうやら修行に付き合ってくれるみたいだ。
「手加減しねーからな!!」
そう言って駆け出そうとした俺だったが、直後上がった奇声に驚いてたたらを踏んだ。まるで財布でも落としたような声だ。
「ああぁぁぁ~~~~~~~!!!????!?!? ぼぼ、僕のニーズちゃんがぁぁあああああ!!!!!」
ぼ、ぼぼ、ぼくの、にーず……ちゃん……???
どこから出るんだというような甲高いナナセの裏返った声に唖然呆然だ。
「き、き、貴様! これはどういうことだ!! 誰がニーズちゃんをこんな風にしたんだ!!?」
「ちょ、ちょっと待て……」
いきなり胸ぐらをつかんできて、ものすごい形相で迫ってくるナナセを落ち着かせつつ奴が召喚したニーズヘッグを見てみる。口の中が切れてでもいるのか、口の端から少し血が滴っていた。
「そ、そういえば桔梗が……」
魔法で攻撃した……と言おうとしたところで俺の言葉を遮るようにナナセが叫ぶ。
「桔梗!! 責任取れーーーーー!!! 今すぐ医者を連れてこいーーーーー!!!」
あまりにも悲痛な叫びすぎて、俺は慌ててニーズヘッグに駆け寄ると魔法で治療した。なんで俺が召喚獣まで治療しなきゃならねーんだとは思ったが、ナナセにとってはこいつも大事な相手なんだろう。仕方がないと力を惜しまず放出する。
「おまえ……、いつもそんななのか……?」
治療を終えてナナセに恐る恐る聞いてみた。治療している間に我に返っていたらしいナナセは、照れたように俺から視線を外すと、うつむいて答える。
「……召喚獣たちは僕の友達なんだ。陛下に力を差し出してからはこの子しか召喚できなくなったけれど……。だから余計に……かな」
「そう、か……」
優しげな瞳でニーズヘッグを眺める姿や言葉を聞いて色々思うことはあったが、とりあえずニーズヘッグに危害は加えないでおこうと誓った瞬間だ。
その後はしばらくナナセと修行してから帰った。もう一度風呂に押し込められたのは言うまでもない。
明日からはクロレシアに……敵の真っただ中に侵入する。俺は布団に入ってからも色々と考えてしまい、もんもんと眠れない夜を過ごした。