第十六話 力と想い
怒りのままにナナセへ向かって剣を薙ぐ。奴はそれを軽く後ろに下がって避けると、すぐに杖を空に向けて掲げた。俺の真下から突如蛇の魔物ニーズヘッグが現れ弾き飛ばされる。
「くそ、アイツの魔法やっかいだな……」
顔に付いた砂を払い口元をぬぐって立ち上がると、ナナセの方を見据えた。ニーズヘッグはすでに消えていなくなっている。恐らくあれは召喚術なんだろう、どこから現れるか分からないうえ杖を掲げるという行為のみで使えること自体面倒でもある。
「だったら……」
俺は口元に笑みを張り付けると、剣を強く握り直しナナセに向かって再び駆けていった。
間合いを一気に詰めて剣を上から降り下ろす。直後その握っていた剣を放って地面に手をつき、左に避けたナナセへ向かって足払いをかけた。残念ながらそれは上手く避けられたが、奴の体がぐらついた隙を狙って反対の足で奴が持っていた杖を弾き飛ばす。
「くっ……!」
すぐに剣を拾いナナセへと迫ったが、奴はなぜかそのままニヤリと笑いやがった。静かに右手を空に向かって突き出す。
「杖がないと魔法が使えないとでも思ったのかな? 本当にバカな人だ」
その言葉の直後、いきなり俺の真横からニーズヘッグが飛び出してきて左腕に噛みついてきた。
「うあぁ!」
牙が容赦なく食い込んでくる。噛み千切られそうだ。
「止めだよ」
ナナセは俺が蹴り飛ばした杖を拾うと、先が尖った先端を腹にめり込ませてきた。衝撃と激痛で俺の口からは呻きとともに血が零れ落ちる。
「食べていいよ、ニーズヘッグ」
ナナセの言葉と同時に俺の腕に食らいついていたニーズヘッグががばりと大きな口を開ける。死の覚悟? バカ言うんじゃねぇ。計画通りだ。
砂浜に膝をついた瞬間を狙って激痛の走る腕をどうにか動かし紋章に触れさせる。右手に持っていた剣が俺の魔法の力を得て伸び、その直後分散してナナセの体に突き刺さった。ニーズヘッグがここにいる今、邪魔をする者はいない。相当数の傷を負わせたはずだ。このままこの剣を抜けば間違いなく奴は失血死するだろう。
「タケルは……どこだ……?」
自身の傷を治している場合じゃないと、聞き出しておかなければならない事だけを口にしてナナセに近づいた。
「バカ……な、奴…………」
ナナセがなぜか微笑む。重々しく手を持ち上げたのと同時に俺の目の前からニーズヘッグが大きな口を開けて飛び出してきやがった。やばい、俺喰われる。
焦って目を閉じた瞬間俺の耳の真横を轟音とともに風が走った。その風はニーズヘッグの口の中に入り、内部から切り刻んだのか、奴は奇声を発しつつ悶え苦しみだした。
「間に合ったか……!」
桔梗が俺の元へと駆けてくる。怪我をしていたはずなのにと思っていたら俺の背後からテンが近づいて来た。
「おねぃさんが傷ついてる姿見てるの辛かったからさぁー、あっちのおねぃさん足止めしてる間に治しちゃった!」
「……おま、ナイスすぎだろ……」
テヘっと笑うテンに心の中で感謝を述べつつナナセの方を見た。奴の体力も魔力も限界なんだろう、ドサリと砂浜に倒れ荒い呼吸をついているだけだった。ニーズヘッグもとうに消えている。
「ナナセ様!!」
遠くの方で水柱に囲まれていた”紋章持ち”の女がようやくそこから抜け出し、こちらの事態に気付く。そのまま慌てて駆け寄り、ナナセをかばうように覆いかぶさった。かなり必死だ。
「もうやめて!! ナナセ様を殺すなら先に私を殺しなさいよ!!」
「お前……。そいつは自分の事しか考えてねぇクソ野郎だぞ!! 何でかばう!?」
俺の言葉に”紋章持ち”の女はこちらを見上げて睨みつけつつ叫んだ。
「違うわ!! ナナセ様はご自分の為じゃない、妹のヤエ様のために今この場所に居るのよ!!」
「え……」
訳が分からず呆けている俺の肩を、桔梗が掴んだ。
「このまま奴が命を失えば聞きたいことも聞けなくなる。無益な戦いを続けても何の得にもならんぞ。一度休戦して話を聞いてみたらどうだ? それから……お前も傷を治せ」
桔梗の言う事ももっともだ。俺はうなずいて自分の傷を治すと、テンに協力を頼んでナナセを突き刺していた剣を一つづつ抜き治療していく。気を失っているのかナナセに反応はなかったが、生きてはいるようだった。
「妹の為って、どういうことだ」
一通り治療を終えると、それを見守っていた”紋章持ち”の女に問いかける。クロレシア側につくのと妹のためというのがどうしても結びつかなかった。
「ナナセ様の妹、ヤエ様は今年で八つになるの。彼女は生まれた時からとても大きな紋章を持っていたわ。そう、両足全部が紋章で埋め尽くされるほど……ね」
「なっ……!」
”紋章持ち”の女の言葉に桔梗が目を見開いた。そういえばテンを問い詰めてた時言ってたよな。海をどうこうできるなんて体の半分を覆う紋章でもなければできないって……。つまりコイツの妹はそれぐらいの力を持ってるってわけか。
「それがどうしてクロレシア側に付くんだ?」
予想通りの質問だったんだろう、”紋章持ち”の女は一つうなずいて続きを語った。
「ナナセ様のご両親はヤエ様が生まれたその年に、クロレシアの騎士に隠れ住んでた家を見つけられ殺されたのよ。その時騎士はヤエ様の紋章に気付き、まだ小さいお二人なら利用できると考えたのでしょう。そのまま陛下の元へ差し出し、陛下は研究所へ送るよう命を下した。研究所ではそれはそれはひどい研究が繰り返されたらしいの……」
研究……か。俺はあのヴェリアって女にやられたことを思い出していた。あんな事をされれば小さな女の子なら耐えられないかもしれない。
「その研究のせいでとうとうヤエ様の片足が動かなくなった時、耐えきれなくなったナナセ様は陛下に泣いて頼んだそうよ。何でもするから妹だけは自由にしてやってくれ、と。それから……よ。ナナセ様は陛下の命を受け、抵抗できないようご自身の魔力のごく一部を残してすべてを差し出した。クロレシアの階級制度を知ってからは冷酷に地位を求めたわ。全ては周囲からヤエ様を守るため……。お金は彼女の足の治療のため……ね。」
……それを聞いたら、俺はもう押し黙るしかなかった。
沈黙したままナナセの顔を見つめる。こいつも、普通の人として暮らしていきたかっただけなのか……。めちゃくちゃ苦しい気持ちになってきた。
それでも一つだけこいつに言いたいことがあって、それだけは言わなきゃ気が済まなくて、俺はナナセの体を挟んで砂浜に膝をつくと、胸ぐらを掴んで上下に振った。
「おい! ナナセ!! 起きろ!!」
「ちょっと! なにするのっ……」
止めに入ろうとした”紋章持ち”の女は桔梗が止めてくれる。何回かゆするとナナセが小さく呻いて、目をうっすらと開いた。
「テメーに聞きたいことがあるんだ」
「なに……?」
ぼうっとこちらを見るナナセに、遠慮もなく問いかけた。
「おまえ、何で妹を連れてクロレシアから逃げようとしない? どうして奴らの言いなりになったままなんだ!?」
俺の質問にナナセは一瞬キョトンとした後、声をかみ殺すようにして笑った。
「今こうして僕も妹も生きてる。逃げたところでまた捕まるかもしれないだろ? ヤエは力の使い方も知らないんだ。それなら今のまま……」
諦めたようにそう言うナナセに、あまりにも腹が立って途中で俺は奴の胸ぐらをきつく掴み上げた。
「お前はそれで満足してるのか!? 本当は今のままでいいのかってずっと不安に思ってるんじゃないのか!?」
図星だったんだろう、ナナセが俺から視線を外しキュッと唇をかみしめる。
「仕方が……ないじゃないかっ! 今の僕には力がない。見てみろ、君たち三人に勝つことすらできないっ……! 本当は満足なんてしているわけない。それでもこれ以上ひどくなるよりはよほどいいんだ!!」
うつむいて叫ぶナナセの頬を俺は思いっきり殴りつけた。手加減なんてしてやらない。だって、こいつは……。
「引っ掛かりがあるまま現状に満足なんてするんじゃねぇ!! なんで変えられるように行動しないんだよ!! 行動しなきゃいつか絶対後悔するんだからな!!」
最後に小さく俺がそうだったからな……と付け加える。腹が立ったのはこいつが俺と被ったからだ。こいつはまだ全てを失ってない。まだ間に合うんだ。
もう一度胸ぐらをつかんでナナセの上半身を起き上がらせると、じっと下を向いている瞳を見つめたまま真剣な顔で言ってやった。どうしても伝えたかった。
「力がないなら一人でやろうとするな。周りを見ろよ。頼れる奴がいないなら今ここで頼め」
そこで一旦言葉を切り、ずっと下を向いていたナナセの顔を持ち上げてこちらに向かせた。
「俺が力を貸してやる」
言った直後ナナセの目が見開き……、そのまま俺の頬に衝撃が走った。
「痛ってぇ!? 何でいきなり殴るんだよ!?」
「さっきのお返しだよ。まったく、暑苦しい顔を近づけないでもらいたいね」
そのままナナセは先程俺が殴った方の頬をさすりながら俺を押しのけて立ち上がった。”紋章持ち”の女の方を見て無事を確認すると、脱いでいた帽子を拾ってかぶりながら歩き出す。
「立ち話もなんだから、彼女の家へ行くよ。知りたいんだろ? タケルの居場所」
「あ、ああっ……!」
しばらく頭の中の理解が追い付かず呆然としていたが、ナナセの言葉を理解した途端俺もすぐに後に続いた。少し離れた場所で傍観を決め込んでいたらしいテンが駆け寄ってくる。
「もー! 勝手にやる事増やさないでよね!」
ぶーぶー言っているテンには軽く謝罪をし、桔梗にもすまないと伝える。桔梗は笑って許してくれたが。
これが度量の違いってやつだ、とテンをジト目で睨んだらすぐそばを歩いていた”紋章持ち”の女にふふっと笑われた。まったくもって不本意だ。
とにもかくにも、まずはナナセからタケルの居場所を聞き出さないとな。タケルには謝らないといけないし……。
そこでふとナナセが言っていた『兵器』って言葉を思い出した。どんどん嫌な考えが浮かんでくる。記憶がないのはまさか……。
それでもそんな事は信じたくなくて俺は頭を振ると、嫌な考えを打ち消しナナセの後を追った。