第十一話 奪われる力
「うあぁぁぁッ!!」
全身に走る痛みと虚脱感で覚醒した。ギリギリと締め付け、えぐるような右胸の痛みに腕を伸ばそうと試みたが、顔の横から全く動かせない。
どういうことだ……?
「ぐ、うああぁぁぁ!!」
不思議に思っていると二度目の激痛と虚脱感が来た。まるで俺の中から力がすべて奪い取られていってるみたいだ。
このままじゃまずい。さすがの俺も重い瞼をこじ開けた。
前方には何かの機械(?)があり、白衣を着た研究者らしき人物が数名いる。そいつらはその機械の前でああでもない、こうでもないと何かを話し合っているみたいだ。その人物の一人が手前にあるスイッチを押した途端、三度目の激痛が奔った。たまらず俺の口から悲鳴が漏れる。
動かせない手は鉄枷と、それに繋がれている鎖のせいみたいだ。鉄枷は俺の両手両足を大の字に拘束し、まるで見世物のように壁に磔にされている。俺に激痛を与えていたのは胸の紋章に繋がれた管のようなものだったみたいだ。
「おかしい、大きさの割にこの程度しか溜まらないのか……?」
間違いなく奴らは研究者なんだろう、その一人がそんなことを呟いている。
「もう少しパワーを上げてみたらどうだ?」
おいおい、俺は実験動物かよ……と思ったが、間違いなくそうなんだろう。奴らにとって俺は研究対象でしかない。
四度目に奔った激痛は先程とは比べものにならないくらいのものだった。せっかく覚醒した意識が飛びそうになる。
その意識を引き戻したのは機械があるさらに奥、そこにある扉の開く音だ。ひざ丈まである長い白衣を羽織り、豊満な胸の前で腕を組んだ姿で室内へと入ってくる女がいた。ものすごく偉そうな態度だ。
「いつまでやっているつもりだ? その調子ではこの船がクロレシアの港に着いてしまうぞ」
「も、申し訳ございませんっ、ヴェリア様っ……!イレギュラーが起きていましてっ……」
言い訳をしつつ近づいていった研究者の頬を、ヴェリアと呼ばれた女は手の甲で叩いた。
軽く振ったようにも見えたのに、なぜかその研究者が壁際まで吹っ飛んでいく。
「言い訳が聞きたいわけではない。口を動かす暇があるなら手を動かせ」
そのままヴェリアは吹き飛んで気を失ったらしい研究者には目もくれず、こちらに近づいて来た。ほかの研究者たちは慌てて機械の方へと目を移す。
それにしても……気持ちの悪い女だ。
青白い……いや、それ以上に青い肌と白っぽい赤とも茶色とも取れないくすみきった腰まである長い髪、白衣の下はかろうじて大事な部分を隠しているだけの衣服と、その割に太ももまで覆うごつい足鎧……。目は爬虫類のように細められ、唇だけは真っ赤に彩られていた。
左の腹部に俺と同等、いやそれ以上の大きさの紋章があるのは気のせいだろうか……?
「知っているでしょう? 私、焦らしプレイは好きじゃないの。……とっとと終わらせな!!」
言い終わるのと同時に一気に俺との間合いを詰めると、俺の右胸の紋章につながっていた管を容赦なく押し込んできた。激痛とともに血液が管を逆流していく。自分の口から出ている音が悲鳴なのか嗚咽なのか呼吸なのかすら分からなくなってきた。
「あら~? 本当に魔力はそれで全部みたいね……。フン、大したことない男だこと。まぁいいわ、用事も済んだ事だし選ばせてあ・げ・る。ここで私に殺されるのと、クロレシアの犬になるのと、海の藻屑になるのと、どれがお好み?」
ヴェリアはしなを作りながら人差し指で俺の顎を持ち上げてきた。くそ、それ以上俺に近づくな……!
そう思ったのに口から出てくるのはぜぃぜぃともヒューヒューとも言えない呼吸音だけだ。正直意識を保ってるのも限界なんだ。
何の答えも出さない俺にしびれを切らしたのか、ヴェリアは俺の頬を手の甲で打ってきた。衝撃で左の手枷が千切れ飛ぶ。意識だけは飛ばさないようにと必死で保っていたが今のは危うかった。
ヴェリアは振り返ると、背後にいた研究者たちに指示を出す。
「殺した後、海の藻屑にするわ。すぐ準備しな!!」
指示を出された研究者達が慌てて部屋を出ていく。今しかない。俺は重い左手を動かして紋章に触れた。
「っ…………!?」
魔法を……使おうと思ったんだ。
だけど紋章は何の反応も見せなかった。まるでタケルに出会う前のように、紋章はただの模様になってしまっている。
そんな俺に気付いていたのだろう、ヴェリアがくつくつと笑った。
「アンタの魔力はこ・こ。」
機械から何か透明な瓶のようなものを取り出すと、俺に見せつけてきた。何も入っていないように見えるが、その瓶は花の形で白い光を放っている。
「花の加護……。あの方と同じ力。ふふ、素敵……。」
恍惚とした表情で呟き、瓶をひと舐めするとそれを白衣のポケットに押し込み、代わりにナイフを取り出した。
「あんたの悲鳴は聞き飽きた。すぐに終わらせてあげるわ」
ヴェリアが俺の首めがけてナイフを突き出してくる。俺、こんなところで死ぬのか……。ぎゅうっと目をつむった瞼の裏に浮かんできたのは父さんと親友のレスター、ツイッタ村の人たち。それからなぜかタケルの顔だ。
あいつ、ゴンゾーの元を抜け出してるかな……。だとしたら悪いことしちまったな……なんてよく分からない考えまでめぐっていた。
「うぁ!」
ヴェリアのナイフが俺の首をかすった直後、突然疾風が駆け抜けていく。それと同時に悲鳴を上げたのは俺ではなくヴェリアの方だ。
突然吹いた風はヴェリアが持っていたナイフの軌道をそらし、小さなかまいたちのようにその手を切り刻んだ。おかげで俺の首は微かに皮が斬れたくらいで済んだみたいだ。
「魔法……? 誰だ!!」
叫びと同時にヴェリアは火の魔法をどこかに向けて放つ。こいつ、何かの気配を感じたのか?
俺には分からなかったが、その辺りから人の声が聞こえてきた。
「……お前のような気持ちの悪いキメラに名乗る名などないな」
言葉と同時に、影が天井付近から降ってきた。そいつは華麗にヴェリアの背後に降り立つと、ゆっくり立ち上がりニヤリと笑った。
女……? 肩まである亜麻色の髪、水色の瞳。全身をそれぞれ微妙に色合いは違うが緑色の服で包んでいる。羽織っているマントや帽子まで緑色だ。帽子の先端には花のような飾りがついているが、それより何より特徴的なのはものすごく巨大な紋章が肩を覆っていることか。しかも一つじゃない、両肩に……だ。こいつ、相当な術の使い手かもしれない。
「キメラ……だと?」
「人から奪った肉でその体を保っているんだろう? 偽乳女が。それから紋章の力も……か」
緑服の女の言葉にヴェリアは怒りの表情をあらわにすると、キッと振り向いてナイフを振るった。煽ってどうするんだ、バカっ……。余計に危ねぇっ……!
ヒヤッとして目をつぶろうとしたが、緑服の女が何かを呟いたかと思えば、突如足元から木の枝が飛び出してヴェリアの攻撃を防いだ。これ、まさか花の加護かっ……!?
「きっさまぁ~~~!!」
ヴェリアは怒りもあらわに突き刺した木からナイフを引き抜くと、再び緑服の女に向かって飛びかかっていった。右足を踏み込んで右手に持っていたナイフを突き出す。それを予測し、ひねって避けた緑服の女の腹部めがけてヴェリアの左手から炎が放たれた。炎の勢いで女の体が吹き飛んでいく。奥の扉に体をぶつける音が響き渡った。
「っく……!」
「あはは! 口の割にその程度か。まったく、女の嫉妬は見苦しいねぇ! その有り余った脂身の塊、私が燃やし尽くしてやるよ」
「ちっ、呪文を唱える暇がない。」
魔法を使うのに何か制約でもあるのか、緑服の女はヴェリアが迫ってもすぐに魔法を放たなかった。すぐ目の前にヴェリアのナイフが迫っていく。
ヤバい、と思った瞬間床が信じられない勢いで揺れ出した。それと同時に足元からじわじわと水が溢れてくる。
水が溢れ……って、ちょっと待て!? 何でいきなり水が溢れてくるんだ!!? このままじゃここが水没するじゃねーか! ふざけんなよバカやろー!!
このままじゃここにいる全員溺死だ。
一気に目が覚めた俺はガチャガチャと鎖につながれている右手と両足を動かす。それとは逆に緑服の女はニヤリと笑っていた。