第九話 誤解
ゴンゾーがくれた服は思った以上にきっちりしていてかなり動きづらい。
濃紺の詰襟、その襟の両端にはまるでクロレシアの紋章のような金具がついていて、肩の部分には金に近い黄色の糸で上部全体を覆うように刺繍が施されている。
その刺繍は左部分前面にも細長い龍のように裾まで伸び、その刺繍を追うようについた数個のボタンと左胸のポケットについている飾りボタンは金色に輝いていた。ご丁寧にひざ下丈のブーツもつけてあったが残念ながらサイズが合わないので荷物に押し込むしかなかったが。
「は、まるで儀礼の時に着るクロレシアの正装服じゃねーか」
パツパツに体にまとわりついて来る服を引っ張って腕を上げ、状態を確認する。どう見てもぶかい、からは程遠い気がするんだが……。
それでも、くれたものに文句を言うのはお門違いだろう、上着だけはありがたく着ることにした。胸にある紋章も隠しておかないといけないしな、仕方がない。
「いや!! 離してよ!!」
「あ……?」
表通りに出る直前、俺が居た場所よりさらに奥まった通路の先から女の悲鳴にも似た叫びが聞こえてきた。まったく……、大きい街ってのはどうしてこう治安が悪いんだろうか。
俺は踵を返して表通りに背を向け、奥の通路へと進んでいった。こういうのを放っておくのは俺のプライドが許さないんだよ。
「やめてって言ってるでしょ!!」
その場に着いて道の角から覗き込んだとたん、言葉と同時に小さな氷の塊が俺の頬をかすった。驚きで一歩後ずさる。
嘘だろ? あの女、まさか”紋章持ち”!?
こんな大きな街に”紋章持ち”がいることが信じられなくて、俺は再びのぞき込むと目を凝らして女の様子を窺った。乱暴に扱われたのか袖が引きちぎられて腕が丸出しになっている。
そしてそのゴロツキに掴まれている腕に……ほんの小さなものではあったが確かに紋章が刻まれていた。間違いないこの女”紋章持ち”だ。
「さぁ来い!!」
「いやぁぁ!!」
女が叫ぶのと同時に俺は角から飛び出しゴロツキの腕を掴んで止めた。ニヤリと笑ってその掴んだ腕をひねり上げてやる。
「いでぇぇぇ!! だだ、誰だ!!」
「俺かぁ? これから英雄になる男だよ。……このまま腕へし折られたくなきゃ失せろ」
片腕を痛めつけているというのにゴロツキはまだ反対の手で女の腕を掴んだままだ。この様子じゃどうせ抵抗してくるんだろうと思っていたが、なぜかそのゴロツキは俺の姿を確認すると怯えたようにすぐ女から手を離し後退した。
「クク、クロレシアの兵士っ……!? 悪かった! 出来心だったんだ、許してくれぇ~」
なぜか慌てた様子のゴロツキはわたわたと表通りの方へ消えていった。
なんなんだ? クロレシアの兵士って……。いや、理由は分かってる。多分この服だろう。まさかマジで兵士の正装だったとは……。ゴンゾーの正体が今さらながらに気になってきた。
マジマジと自分の服を眺め、その流れで地面に落ちていた破れた袖に目が留まる。俺は我に返るとそれを拾い、怯えた目でこちらを見ていた女に向かってその袖を差し出した。
「大丈夫か?」
「きゃあぁっ!!」
なぜか悲鳴を上げる女に慌てる。
「い、いや! 俺はクロレシアの人間じゃないんだっ……! これを見てくれっ」
同じ”紋章持ち”なんだと知ってもらおうと襟の金具を外したところで真横から頬に衝撃が走った。パンッと軽快な音が鳴る。
「アンタ!! 家の娘に何してるのさ!!」
「ママ!!」
「うちの子がクロレシアの兵士に連れてかれたって聞いたときはひやひやしたけど、まさかこんなっ……! いやらしい!!」
ヒリヒリと手のひら形に痛む頬を押さえ、息を切らせながら突然現れた年配の女性を呆然と見つめる。
俺、まさかまた誤解されてる……?
いい加減言い訳するのも面倒になり俺は即座に胸元をくつろげると紋章をさらけ出した。二度目の悲鳴が上がったが気にしていたら街の警備に捕まることは間違いなかっただろう。綺麗に聞き流して言葉を続けた。
「クロレシアの兵士が”紋章持ち”を捕まえてるってのはマジなのか?」
「アンタ……」
胸の紋章を確認した途端、年配の女の方が俺の腕を引いて歩きだした。横に居た女の方も自分のちぎれた袖を持って自身の紋章を隠しながらついて来る。そのまま俺は小さな民家に引き入れられた。
「ここ数年、クロレシアの奴らは”紋章持ち”を捕まえて集めてるんだよ。」
椅子に座らされた俺の前、いきなり本題を話しながらテーブルの上にかちゃりと茶が置かれた。くゆりと湯気が立ちとてもおいしそうだ。久しぶりのまともな茶に嬉しくなり慌てて口に含むと、あちちっとなる。それを見ていた年配の女にあははっと笑われた。
「どう見てもクロレシアの人間じゃなさそうだ。まったく……奴ら研究に協力すれば生活は保障するなんて言ってるけど、どうも信用できないんだよね」
「研究……?」
何のことだと首を傾げ二口目の茶をすする。年配の女も俺の向かいの席に腰を掛けた。助けた女の方は俺の後ろに立ったままこちらを見てくる。
「あの人たちまたサレジスト帝国と戦争しようとしてるのよ。そのために”紋章持ち”の力を研究しようとしてるみたい」
後ろから聞こえた女の言葉に俺は顎に指をあて歴史を思い出そうとしていた。
サレジスト帝国、といえば確か昔クロレシアと戦争してて……。なにかの兵器でクロレシアの圧倒的勝利かと思われたところ大地の腐敗がもとで休戦になったんだったか……。
そこまで考えて頭をうーんと抱えた。ダメだ、俺、歴史は苦手なんだよ。考えすぎて頭がパンクしそうだ。
けど思い出せばその頃からだよな、大地の腐敗が始まったのは……。その辺りを調べるしかない、と思ったところで年配の女がナイスな情報を与えてきた。
「ちょうどその頃のことが書かれた禁書があのクロレシアの軍船に積まれてるらしいね」
「それだ!!」
俺は叫んでガタリと立ち上がると、何事かとぽかんとしている年配の女の手を取り礼を言う。そのまま出て行こうとした俺の背中に声がかけられた。なんだと振り向いた腕の中には、カゴに山盛りのパンが押しつけられていた。
「持って行って。助けてくれてありがとう」
にこりと笑う女に笑い返し、俺は小さな民家を飛び出した。一応タケルに報告でもしてやろうと表通りを歩いてみる。ゴンゾーにこの服の事も問いたかったしな。
表通りをしばらく歩いていると探すまでもなく二人はすぐに見つかった。商店街の表通り、走っていく子供たち。その先、一番奥に人だかりがありその中心でゴンゾーが芸を披露していた。帽子の中から飛び出すハト、布に変わる杖……。ゴンゾーの隣にはアシスタントでもしているんだろう、タケルが楽しそうに笑っていた。
「は……。ずいぶん楽しそうじゃねーか」
つい少し前まで俺じゃなきゃ嫌だって言ってたのはどこのどいつだ……。
なぜかもやついてイライラしてくる心に訳が分からず、俺は腕に抱えていたカゴの中のパンを一つかじると二人に背を向け港へ向かって歩き出した。
別に、始めからこうするつもりだったんだ。これでいい。
ただひたすら船への侵入経路で頭の中を埋めながら、俺は歩く足を速めていった。