03「バケモノ」
一応、グロ注意です。
夜中にも関わらず、激しく玄関ドアを連打する音でカール=デビッドは目を覚ました。
非常識な奴だと、低く唸りながら眠気を噛み締め、説教してやろうと寝室を出る。
閉め際にドアの隙間から妻の様子を窺う。起きる様子はなく、静かに眠っている。起こさないように静かにドアを閉めた。
その間も玄関から打撃音は止むことなく、ダダダダと完全に起こすための行為であるとカールは理解し、気持ちをカール=デビッドから、兵士団第2部隊隊長へと切り替えて玄関の向こうにいる相手に問いかける。
緊急の連絡だとは思うが、相手の確認は必要だ。ないとは思うが、強盗の可能性だってある。
「第2部隊隊長カール=デビッドだ。名を名乗れ」
「はっ! 第2部隊所属伝達兵ヘジです! 緊急につきご同行願います!」
兵士団の役職は4つで、突撃兵、衛生兵、伝達兵が格部隊に配属される。監視兵というが別に監視部隊という組織があり、街の内外の治安と不穏分子の監視と発見が仕事である。
ヘジはカールが纏める第2部隊の伝達兵で、足が一番速く、伝達の走り役としてよく働かされている。
覗き穴から一応容姿を確認し、ヘジ本人であることが確定したのでカールは玄関ドアの鍵を開け、開いた。
「何が起きた?」
「はっ! 黒の館へ武装して向かった者がいます。現時点で確認する限り、20名かと」
「なんだと?」
黒の館と街は不干渉協定を結んでいるのは知ってるはずだ。それにも関わらず協定を侵して行くだと?
しかも20人とは結構な人数が集まったもんだ。誰か止める奴はいなかったのかと、ここでふと、20という数字で思い当たることがあった。
(住民の死者数と同じ……まさか)
降りてきた階段を急いで掛けあがる。
息子が寝ているはずの部屋を開け、電気をつけ確認すると、そこには主のいないベッドが、畳まれたままの掛け布団を上に乗せて鎮座していた。
「その中に、ユージも入っています」
ヘジが告げた一人の兵士の名は、カールの息子ユージ=デビッド。このもぬけの殻の部屋の主。
馬鹿やりやがってと、父親の顔が出そうになるがそれを抑える。
「統括長には伝えたのか」
「他の者が行っています」
「そうか。第2部隊全員叩き起こして南門へ集めろ」
「サー!」
ヘジは命令が与えられると伝達兵としての職務を全うすべく、直ぐ様走り出した。
20人。となると、他の人間も親しいものをバケモノにやられたやつらか。
おそらく、全く尻尾がつかめないバケモノが黒の館にいると思っての行動だろう。敵が見えない状況に、心が押し潰されてしまった結果、このような行動に走ってしまったのだろうなとカールは溜め息をついた。
気を遣っていたつもりだったが、ユージにその徴候があった事に気づかないとは父親失格だな。
だが感傷に浸っている場合ではない。隊長として役目を果たさなければならない。
後悔と説教は後ですればいい。今は速く、黒の館へ向かわなければ。彼女であれば、あまり手荒いことはしないと思うが、それはこちらの態度にもよるだろう。完全に敵討ちに行っただろう彼らに対しても、容赦してくれる保証はどこにもない。
家にある非常用の装備を身につけ、黒の館に一番近い南門へ向かうべく家を出た。
そのあとを追うように、気づかれないようにもう一人カールの家から出た者がいた。
カレン=デビッド、カールの23歳の娘である。結婚を翌月に控えた彼女も、玄関を叩く音で目を覚ましていた。そして兄が黒の館へと向かったという話まで聞き、心配になった彼女は安否を知るべく父の後をこっそりついていくことにした。
防寒のためのコートを身につけ、白い息をはきながら、なるべく音を立てないようにして南へと走っていった。
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第2兵士団はカールが南門について間もなくして全員が集まった。兵士団は一部隊50名で、7部隊で構成される。しかし3、4、5、7部隊はバケモノによって消滅し、半数以下に減っていた。
カールは統括長から非常時の際の独断を認められている。統括長は街長から同じく非常時の際の独断を許可されているので、今回のカールの判断は街長の決定扱いという形に形式上はなる。
「20名と30名に分ける。19名は俺と共に黒の館へと向かう。残りは南周辺の警戒を任せる。統括長の命があればそれに従え、以上だ」
はっ! と返事をした隊員達を2部隊に分け、装備を整えた後即刻出発した。
「ヘジ、もし何か危機があった場合、部隊の事は考えずに街へ走れ。お前が離脱するまでの時間くらいは作ってやる」
言い換えれば「仲間を見捨てて逃げろ」となるが、街のために危険を知らせる必要がある。それにもし例のバケモノであれば、戦ったところで勝ち目はない。それならば勝つために戦うのではなく、情報を持ち帰るために戦うという策は当たり前のことだ。
ヘジは頷く。
「任せてください。必ず、守ってみせます」
「ああ、頼んだぞ。カレンのこともな」
「……はい!」
ヘジは来月、カールの娘であるカレンの夫となる。結婚式の手配も済んでおり、これから二人で幸せを作っていくところだ。
ヘジは伝達兵で、その中でも足速いため万が一の時は街に逃げるように言ったが、カレンの幸せを願って、ヘジを死なせたくないという父親の面も出てしまっていることは否定出来ないが、どのみちこれが最善の策であることに変わりはない。
30分の行進で、黒の館がある山の麓までたどり着いた。山は標高600mあり、それほど高いわけではないが、館に着くまでに2時間はかかるだろう。
「誰だ!!」
5分ほどの休息を終えて、再び行進するというところで、部隊は何かしらの気配を感じて身構えた。
バケモノなのか?
嫌な汗が出ているのが分かる。極度な緊張感、息を殺すことで自分の鼓動の音が体中に響いた。口から心臓が飛び出そうなほど脈打つ心臓を無視しつつ、再度声を張り上げる。
「出てこないなら、武力を行使する。発砲を許可ーー」
「わー!!ちょっと待って!!!今出るから撃たないで!」
先程部隊が通った道の脇にある人一人は隠れそうな木の影から出てきたのは、バケモノなんかではなく一人の人間だった。
安堵するカールだったが、顔を見て誰なのか分かった瞬間、思わず顔がひきつってしまった。
「カレン……なんでここにいる」
防寒具を着込んだ自分の娘に問いかける。「兄さんが心配なんだよ」と娘は答えた。
「さっき兄さんが黒の館に行ったって聞いちゃったのよ。部屋見たら本当にいないし、あそこってみんなが恐れてるところでしょ?」
あのときか……とカールは溜め息をつく。
ちらりと視線をやると、ヘジがすみません、とジェスチャーをしていた。
「ユージを心配する気持ちは分かる。だが帰りなさい」
「連れていってくれないなら、抜け出して一人で行っちゃうかもなあ」
「駄目だ」
兄が心配なのは分かるが、もう23歳だろうに。少しは分別をつけてほしいものだ。
そもそも兵士でない住民を、それも娘を参加させられるわけがないだろう。仕方がないが、帰還の随伴として何人か人数を割かなければならないだろう。
「……兄さんは壊れそうなのよ。兄さんには少しでも多くの支えが必要なんだよ!」
普段おしとやかな娘が声を荒げた事に、カールとヘジは驚いた。カレンは気づいていた。大切なものが失ったときの苦しみが、ユージの心にヒビを入れていることを。
「お父さん、兄さんが部屋でどうしてるか知ってる?」
恋人のユナが消えてから、ユージは兵士としての仕事以外はずっと部屋に籠りっぱなしだった。
「泣いているんだろう。気持ちの整理に、しばらく必要ーー」
「違うよ!」
気づかれないようにそっとドアを開け、カレンは見てしまったのだ。
「兄さんは! 一度も泣いてない! 一度だって涙を流してないんだよ!!」
ベッドに横になって、ずっと天井を見つめるユージの目は物事の先の先まで、より深く考えるようにずっと一点を捉えて放さない。そしてぽつりと呟いたのを耳にしたのだ。「守らないとな」と。
カレンを守らないと。
カレンの周りを守らないと。
「兄さんは私のために! 私たちのっ! ためにぃ……ううぇ……行ったんだ、よ!」
悲しい気持ちはいつでも味わえる。今やらなければいけないことは、俺以外のやつにこの気持ちを味合わせないこと。カレンには、幸せになってもらいたい。
それを脅かす存在がいる。バケモノだ。
バケモノが、ユナにしたように、カレンを殺すかもしれない。そうなる前に、なんとかしなければいけない。
俺が、バケモノを殺さないと。
「兄さんはっ 自分の気持ちよりも、私たちを優先してるんだ!!」
だから、自分を止められないユージに代わって、私が止めに行くんだとカレンは決意したのだ。
もう泣いても良いんだよって、自分のために、ユナさんのために泣いて良いんだって伝えるために。
妹のために行った兄、兄のために行こうする妹。
自分の子供達は、どうやら思っていた以上に、人として成長していたらしい。ユージとカレンの事を考えていたつもりだったが、いつの間にか街の保守のために蔑ろにしてしまっていたのかもしれない。ユージとカレンの行動の理由にも気づけない、気づこうとすらしなかったとは。
「すまなかったな」という言葉は仲間の警報によって遮られた。
「何かいます!!」
周囲がスッと暗くなった。今は夜だから暗いのは当たり前だ。それが更に濃い闇によって包まれている。
少し遠方を見やれば、月明かりが青白い光を地面に射しているが、その光を部隊を飲み込むようにして月明かりを遮る影が明確にできていた。
空を仰ぎ見れば月は雲にかかることなくなく、満月をさらけ出していた。
では、一体何が光を遮っているというのか。
「隊長! 山の方にーー」
部隊に落ちている闇は、後ろを振り向くと唯一境界が見えない場所があった。ぐるっと見渡すと、土がむき出しになっている地面なために、月明かりと闇とが明瞭になっているのだが、闇の一部は山に生息する木々の中に差し掛かっていて境界が分からない状態だった。
つまりその先に、この原因がある。
闇が揺らめく。徐々に山から影が延びてきて、産み落とされた。
そこに立つものを見て、すぐに分かった。
こいつだ。
こいつなんだと。
全身を覆う毛は血で束になってガビガビになっている。一部まだ乾ききっておらず、赤い滴が地面に滴り落ちていく。
人間の倍の身長。太く発達した筋肉は、容易く生物を屠るだろう。
爪は4本延びており、人間の女性の腕くらいに分厚く、血で真っ赤に染められている。
そして何よりも酷かったのが悪臭だ。
ヤツが姿を現した瞬間に、空気が一気に汚染される。
それは鉄の臭い。
それは腐敗の臭い。
人間の、嗅がれることはないはずの、内側の臭い。
正真正銘のバケモノだ。
「 ギシャアアアアアアアアアアアア !!!! 」
摩擦音混じりの耳に刺さってくる咆哮をバケモノは発した。足を屈伸運動させ、バネのようにして一気に加速度を得る。
ドッ、とバケモノのいた地面は抉れ、凄まじい運動エネルギーを持って突っ込んできた。
逃げろという言葉すら、発する時間がなかった。
山の入口近くで休息していた兵士達は、接近してくるバケモノの対して回避は間に合わないと判断し、少しでも衝撃を受け流そうと防御の姿勢を取るが無駄だった。
バケモノと兵士が触れあった瞬間、鳩尾に重い一撃を貰ってしまう。その軌道上にはロングソードがあった筈なのに……手元を見るとソードの柄だけが握られており、刀身は砕け散っていた。
内蔵にまで衝撃が達し、今までで受けたことのない威力に嘔吐感が込み上げてくるがそれだけだった。
吐けない。
呼吸も出来ない。
首から力が抜け、がくりと目が自分の腹を視界に収めた。
ひしゃげた鎧の下にある自分の体は大きく凹んでいた。背骨を伝う神経を巻き込んで、内蔵と骨が砕かれて、抉れているのだ。
あとは死ぬだけの存在になった兵士に止めを刺す。
頭と背中を掴んで、スイカでも食べるかのように首にがぶりついた。
メキメシと音を立て、不規則な羅列の歯によって頭と体とが分断される。
ゴリッ。ゴキュキキキキ……ギチ、ヂブバ。
肉を租借する音が続く。
腹も、足も手も、全て余すことなく口の中へ放り込まれて砕かれ、飲み込まれる。
人を食っているという異様な光景に、誰一人として言葉を発することすらできない。目を反らそうとしても、出来ない。こんなもの見たくないのに、見てしまう。
最後に残った頭を、頭蓋骨を奥歯で砕いた。その衝撃で目玉が飛び散った。
ゴキ、ボギン、ギュッキブ。
「 アァアアアァアウァア ………… 」
濃厚な血肉の臭いが、腐敗臭と共に吐き出される。
人間を食べるシーンを見せられ、自分が食べられた時と重ねて次々と吐き出す者が続出した。
心臓を萎縮させる臭いに加えて吐瀉物の酸味が加わり、近辺の空気環境は一気に悪化する。その臭いに当てられてさらに部隊の士気は下がってしまう。恐怖が植え付けられ、更に行動しにくくなる。
だから、突然バケモノが呻き始めた時に行動することができなかった。
ボコボコと隆起し始める筋肉は、自ら組織を食い破って破壊し、そこに新しい筋肉を生成していく。
痛みに耐えるように、手で膝を地面に押さえつけて歯を剥き出しにして必死に呻き声を耐えるバケモノに、今がチャンスのはずなのに、部隊はただ見ているだけしか出来ない。恐ろしい何かが始まるのを恐怖する事で精一杯だった。
「発煙筒をっ、使い、はっ、ます、かっ?」
乱れる呼吸で何度か拍を置きながらも、兵士の一人が指示を仰いでくる。この硬直状態でよく言葉を発してくれた。停止していた脳が、少しずつ動きを取り戻していく。
「駄目だ。助けに来ても死なすだけだ」
直ぐにでも応援を呼びたいのが本心だが、何の対策もなしに来たのなら「どうぞ食べてください」と自殺行為に等しい。
「……レジ」
カールがなんとかレジに語りかけた。半ば放心状態にあったレジは、カールの言葉になんとか頷く。
「カレンを連れて逃げろ。動かない今しかない」
「……っカレン、行くぞ」
レジはカレンの元へ震える足を鼓舞してゆっくり、ゆっくりと歩み寄った。
カレンは完全に腰が退けており、本人も有り得ない程全身が震えて立ち上がることができない。何か言おうとしても「ぁ、ぁ……」と声を出すことすら難しい過ぎた。
レジはカレンをそっと抱き締め、なんとか震えを抑えながら、それでも僅かに掠れてしまう声で「俺が守るから、だから行こう」と、カレンを抱えるようにして無理矢理連れ出した。
バケモノの組織崩壊と強化は足にまで達し、立っていられなくなったのか両膝と肘を地面につき、とうとう踞ってしまった。
レジとカレンの逃げ足はどうしようもなく遅い。どう考えてもののままではバケモノに殺されてしまうのは間違いない。だからよく分からないが、動けないでいる今しかチャンスはなかった。
「銃! 構え!!」
打開するために指示を出すカール。思考が追い付かない部隊に叱咤する。
「どうした!! 今がチャンスだ!! 銃、 構えええええ!!!」
叫びに近い怒号に、ほんの僅かだがバケモノに対する注意がそれる。その分だけ、バケモノの事を考えずに済む。他の事を考えることが、動くことができる。
銃は街長が武装の更新と補給を受領しないために5名しか持ち合わせていないし、最新の物でもない。だが少しくらい、ダメージは与えられるはずだ。
「どこでもいい! ッてええええ!!」
さすがにこの極度の恐怖状態で頭を狙えなど言わない。
人間の倍以上ある巨体だ。銃口を向ければどこかしらには当たるだろう。それでいい。倒せるなんて思わない、少しでもダメージを与えられれば、それでいい。
鉄の弾丸が火を噴いた。
5つ鉄の塊は火薬の爆発に押されて金属の筒から射出され、バケモノへと吸い込まれていく。
腕に、足に、肩に、背中に、腰に、それぞれ命中し、血飛沫をあげながら、肉を削りながら体内へめり込んでいく。
それだけだった。
弾は貫通することなく、密度の高い筋肉の抗力に負けてしまった。めり込むだけで、5発とも表皮でその進行を止められていた。
続けて放たれる銃弾も、一発も通ることなく表皮に貼り付くのみ。
100近い弾丸を撃ち込んでも、滲むような出血をするだけに留まった。
「馬鹿なッ!!」
人間であればたった一つで命を奪う武器でも傷を負う、なんていうのは誇張表現、怪我をさせる程度のダメージしか入れることができないというのか。
バケモノの呻き声が止まった。
むくりと立ち上がったバケモノが、少し力むとその反動で筋肉が膨張し弾が押し出された。
カランカランと虚しい音を立てて落ちる100の弾を鬱陶しそうに睨み付けた。
「 痛い ナ 」
幻聴ではない。
バケモノは、人の言葉を発していた。
「 デも、 少し ダケダ 」
一歩踏み出すバケモノの動きは、見るからに先程よりも軽やかだった。
爪はより太く、引っ掻く等の裂く動作より、突き刺したり殴るといった目的に特化し、肩にはその爪よりも分厚い角が生えかかっている。
更に発達した筋肉は、ただ強化されただけではなく、動きを妨げないよう、関節部分が柔軟な動きを可能とするフォルムに変化していた。
それにより可能になった事が、4足歩行。
四足で地面を踏ん張れるため、単純に二本の足での加速よりも二倍の力を加えることが出来る。
つまり二倍の速さで動くことが可能になる。
カールの視界から突然、2人の仲間が消えた。
右の方で、嫌な音がする。
肉が折れる音。肉が断たれる音。
息絶える寸前の、小さな悲鳴。
バケモノの爪には串刺しにされた兵士が2人。
心臓を貫かれ、絶命した二つの頭をかじって腹に納める。
食う度に、銃によって傷ついた体がみるみる治癒されていく。養分として取り込み、回復のためのエネルギーとして使用しているのだ。
一人食べ終わる頃には全快になった。
もう一人も肩、腕、腹から足まで全てを平らげ、残ったのはバケモノが食事の際に溢した血だけ。
何故、死体が今まで見つからなかったのか。
その答えは、残酷だった。
食べられていたのだ。
バケモノの養分になっていたのだ。
抵抗すら許されない、次元の違う力で捕食されるということ。それはただのエサだ。バケモノにとって人間とはエサに過ぎない。
カールはカレンに視線をやった。
レジに無理矢理引きずられるようにしてなんとか歩いていたカレンはもう限界だった。顔が真っ青になり、ガチガチと紫に変色した唇の隙間から歯があたる音がはっきりと聞こえるほど気が触れていた。
なるべく目立たなくなるように、出来るだけ小さくなるために、無意識に自分で体を抱き寄せていた。
そんな娘を見て、カールは厳しい決断をした。
娘は助からないだろう、と。
「レジ、行け」
「カレン、お父さんもそう言ってる。早く立とう」
「レジ、違う」
バケモノから目を離さずに、自分を否定して、最低な決断を冷淡に告げる。
「カレンを置いていけ」
「ーー何を言ってるか分かってるんですか?」
分かってるさ。
誰にも分かって欲しいなんて思わないし、分かって欲しくもない。分かるはずがない。
子供を見捨てる親の気持ちなど。
「もうこの娘は歩けない。なら、別の選択をするしかない。可能性があるなら構わない。俺だってこんなことしたくない!! でも、無理だろう」
部隊長である前に父親であり、だが部隊長でもある。
どちらを優先させるかなど決まっていた。
娘をーー
「行け。伝えろ。カレンの無事を祈るなら1秒でも早く助けを呼んでこい。少なくとも、俺より先には殺らせない」
統括長のあいつなら、どう判断しただろうか。
レジは理解できないと、鋭い視線を投げつけてくる。しかしカールの言っていることも正しい。
そしてカレンを守りたいという気持ちも間違っていないと思った。
何かを守るために、正しさなどないのかもしれない。
カール自身ですら、言ってしまってから後悔してしまっていた。目の前で娘に死ねと言っているようなものなのだ。だから少なくとも、自分よりも早く死なせるつもりはなかった。
一刻の猶予もない。レジは直ぐに決断するしかない。
恋人をとるか、町をとるか。
この一人は、重い。
この間にもまた一人、バケモノの胃袋に消化された。
部隊は16人に減り、この僅かな時間に五分の一になってしまった。
対してバケモノは傷を負ったものの既に全快し、それどころかパワーアップまでする始末。
戦えば自分達が生き残る確率は零であることは誰が考えても明らかだ。
(見捨てるしか、ないのか)
カールの言う通り、カレンを連れて街へ戻る事は不可能だ。ただでさえ女性なのだ。
伝達兵として日々鍛練を重ねている自分とではその差は明らか。
レジはそう結論を出したが、タイムアウトだった。
「 メス 」
バケモノはカレンに目をつけた。
これまで食った人間の中で時々少し違う味をするやつがいた。それらは力が弱いことからメスであると推測している。人間のメスはか弱いということを学んだバケモノは、立つことすら出来なくなってしまっているカレンをメスであると認識した。
4足のフォームから、一気に加速する。
結構な距離があったが、人間には決して出せない速度で気付いたときにはカレンの目の前に出現した。
速度を落とさずにそのまま爪を突き出すしかっさらっていく。
勢い余って、随分な距離を通過してしまったが左腕は手に入れたばかりの獲物で真っ赤に染まっていた。それにかぶり付くとじわりと肉の味が舌を満たすが思っていたのと違った。
「 こイつ、オス だ 」
首の無くなった人間を、さぞ詰まらなそうに食べ始める。やる気のない食べる動作は、これ飽きたんだよと拗ねる子供のよう。
カレンは直ぐ隣にいた最愛の人を探す。
レジはどこ?
私逃げるから、一緒に行くから。
ねえ、どこ?
「レ……ジ、どこ? どこなの?」
掠れた声で彼の名を呼ぶが返事がない。
「ねぇ、レジ…… れじ」
爪に串刺しにされている鎧を着た人間は首から上が無くなっているが、兵士であることは確かだ。
16人から15人になった。
「いや」
いなくなったのはーー
「いやあああああああおああああああああああ!!!!
」
女性の悲鳴が、冬の空に響いた。
話はそのまま次回に続きます。
メイディの出番はもう少し後になりそうです。
メイディ「タイトル詐欺じゃない?これタイトル詐欺じゃない?!まだ異端要素ないんだけど!ないんだけど!?!」
異端要素はもうしばらくお待ちください。




