02 「1/2の選択-dead or alive-」
生きる上で、沢山の選択がある。
その選択が、今後の影響に関わってくる具合なんていうのは、その時になってみないと分からないし、ある程度の予測を立てていたとしても、結果は思わぬ方向へ傾く事も少なくない。
今回の20人の人間の選択は、予測としては残る方が好ましくないと彼らは断じた。
たった2択によって、彼らの今後は大きく変わる事になる。
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残った10人は、別室に移動させられた。そこは大きな長方形のテーブルと、椅子が10脚ある部屋で、随所に凝ったデザインが施されていた。
10人が座れるので丁度良かったが、一人は気絶しているので、9人がメイディに着席するように促された。装備は全員壁際に置いている。
気絶している小太りの男、フランクは隣の部屋のベッドに寝かされている。普段自分達が使っているものよりも数ランクも上質なものだった。
というよりも黒の館そのものが、自分達が普段過ごしている上で使っているもの、見ているもの全てより勝っていた。
床一枚にしても、金が使われている。それも目の健康を考えて光があまり反射しないように工夫されているし、今座っている椅子も弾力があり、いつも使っている木製の固い椅子なんかより段違いに座り心地が良くて何時間でも座っていられそうだ。
差がありすぎて、むしろ自分達の使っているものが粗悪品なのではと疑ってしまうほどで、仲間の表情を窺ってみると皆、椅子や周りの物に落ち着かない様子だったので自分の価値観は間違っていないと確認できた。
「あなたたちは侵入者なんだけど、捕まってるから捕虜なわけだからこっちで勝手にやらせてもらうから」
しばらくして黒の館の主、メイディが部屋にやって来て彼らに言った。
何を勝手にやるのか、怖いところである。
メイディが情報を引き出すために行うのは篭絡だ。
既に怪しまれない程度に沈静作用を及ぼす魔法を彼らには掛けてある。
椅子の座り心地なぞに気をとられているのも魔法により心を落ち着かせられているからで、普通ならトラップでもないか周囲を警戒するだろう。
今回、彼らと敵対してもメリットはない。むしろ敵対することで状況を悪化することになるだろう。
何故なら、メイディの現時点での目標は『街を手にいれる』ことであり、支配事の事を考えてなるべく悪い印象を与えたくない。
そのために必要なのは情報だ。
街の現状、支配体制、経済状況、政治は適正か等を知り、決定的な欠陥があるのなら、住民の代わりに崩していき『受け入れられる』という形が一番の理想だ。
取り込まれているという結果を、取り込んだと誤認してくれれるように持っていかなければならない。
「あなたたちは侵入してきた、でも今はもうその意志はない。この認識で良いのかな?」
「ん……? ああ。抵抗する気も失せたよ」
「だな……ん、ここは飲み物まで旨いのな」
「……」
テーブルの上に置かれていたぶどうジュースを一人を除いて味わっていた。鼻からスッと抜ける香りに、すっきりとした味わいが好評のようだ。
ロングソードの男以外は、警戒心はほとんど取り除けたみたいだ。
どうやら精神がタフな男らしい。それか根にもつタイプなのか。
(確か妹が殺されたんだっけ)
相当、妹想いの兄だったのだろう。彼にだけ魔法の効果をもう少し強めにしてみても飲む気配はない。
(まあ8人もいるし、情報は揃うか)
別に飲ませたいわけじゃないので問題はない。出されたものを飲むくらいには魔法が働いているかの確認をしたかっただけだ。
後は食事でもしながら聞き出そうかというところで、ノックの音が耳に入った。
「入っていいわよ」
「失礼する」
入ってきたのはコック服を着た40代後半の男だ。切れ長の目に、男にしては長めの黒髪を後ろで束ねている。配膳台と共に入ってきた彼は、9人分の料理をテーブルに並べていった。
焦げ跡のない綺麗な黄色の卵をナイフで裂くとそこからジュワっと肉汁が溢れ出た。その輝きにごくりと喉がなる。
一口、口に入れた瞬間溶けるようにして肉が舌に味を伝えていく。さらに卵が後からまろやかにしていく。
「うまい……!! ……あなたが作ったのですか?」
コック服を着た男に問いかける。服装から作ったのは彼だろうと予想しての問いかけだった。年上ということもあり、自然と敬語になった。
「そうだ。口にあったようで何よりだ」
そう答えた料理人は、どう見ても人間だった。
だが見た目幼女なのに容易くロングソードを斬り、ヘルムを切り裂き、床を砕く。
執事なのに筋肉質で銃弾より速く動き、指二本で止めてしまう存在がいるのが、黒の館に対する印象の全てと言ってよかった。だから当然、この料理人も異質に違いないと思ってしまう。
「あなたは、人間てすか?」
「……まさかこんな旨いものを作るなんて人間じゃないとか思ってるのか?」
質問の的は外れているが、反応からして人間のようであるが、疑いの目を向けられている料理人は自分の素性を明かした。
「俺の名は平野錬次ってんだが、一応王国で料理人をやってた。つっても知らねえよな」
平野錬次。
何処かで聞いたことのある名だ。それも時々見かけたような……。
「あ!」と声が上がった。一人が思い出したと、それも皆知ってるはずだと言い出す。
「8年前に行方不明になった宮廷料理人じゃないのか? 確か金持ちの多くが金を捜索に出したと聞いたことがある。ほら、街にも貼り紙があるだろ」
その言葉で全員が平野錬次について思い出す。
昔、大繁盛していた料理店が王国にあった。そこの料理は食べたことのない食感、味で天にも昇るほどの旨さで死ぬまでに食べたい料理と広まっていたほどだ。
大衆向けの料理店で、少し値が張るが一般人でも払える良心的な価格であった。そこには料理人の、「料理は全ての人が等しく食べる権利を持つ」という理念があった。
多くの金持ちは大衆向けの料理店ではなく、少量で高値のつく超高級料理店で食事をとったり、お抱えの料理人に作らせたりするのが普通であるが、大衆向けにも関わらず、その店には富裕層が足を運んだという。
その料理店こそが、平野錬次が運営する店である。
その料理に国王までもが興味を持ち、一度だけお抱えの宮廷料理でなく、平野錬次が招待され、大衆が食べる料理を作ったのだ。異例のことである。
これは公式の記録にも記されており、おそらく国王が大衆料理を食べるという史上初の事だとも書かれている。
あまりの旨さに感動した国王は、平野錬次を宮廷料理人にしようとしたが、なんとそれを断った。
国王が理由を聞くと 「料理は全ての人が等しく食べる権利を持つから」と。ならばと、国王が反論する。
「私にも、等しく食べる権利があるのではないか?」と。
確かに、と平野錬次は思うが、宮廷料理人になるということは、世に料理を出せなくなるということなのだ。
国王はその地位より命を狙われる。
過去に宮廷料理人が他国のエージェントから大金を積まれ、料理に毒物を混入するという事件もあった。
そういうものを防ぐため、宮廷料理人に何者の干渉も入らないように、その雇用が終わるまで宮廷からはほとんど出られなくなる。つまり、店を出すことは出来なくなるのだ。
しかし、勿論宮廷料理人になることは、国王が認めた味であり、それは最高の料理であるという名誉なことである。更に珍しい食材、高級な食材も取り扱えるし、料理は士気に関わるため、その貢献の重要さから給料も破格だ。
それでも、やはり平野錬次は宮廷料理を作ることを断った。
国王の言うことは最もであるが、やはり多くの者に食べてほしいと。
国王は、異例のことではあるが、今回のように招けばいつでも誰の料理でも食べることができるが、宮廷料理人となれば、国王以外は食べることが出来ないという平野錬次の答えに、国王は笑った。
そして国王は臣下にこう言った。
「聞いたか? ここまで料理と食べる人に拘る人間が、邪な事を起こすはずがない。特例として、店はそのまま続けていい。そして月に一度、私に料理を作ってくれ。誰の反論も聞かない、以上だ」
こうして平野錬次は宮廷料理人となった。
以降、料理人の間では伝説の料理人と崇められている。
「まさか、黒の館に居たとは……」
平野錬次捜索のポスターは街中に貼られているの。おそらく王国の領土であれば、何処でも見掛けるのではないだろうか。それほどまでに富裕層は平野錬次の料理に魅了されていたのだ。大金を叩いてまで彼を探すほどに、彼の料理を欲していた。
彼は自分はただの人間だと言い張るがとんでもない。確かに人間ではあるが、料理に関してはバケモノだ。
ここの館は異常だ。
そう、満場一致で心の中で呟く。
そんな兵士たちは気づかない。
自分達も、目の前にいる幼子によって一人を除いて異常な状態にあることを。
メイディの魔法により負の感情を規制されている8人から聞き出した情報は、思っていたよりも、いや、かなり使えるものが混じっていた。
街の名はアウダウン
500年前にブラッドの支配から独立し、改名されたという。その時街長になったフレデリック家が代々長を引き継いでいるらしかった。
街長の補佐役、相談役となっているのが賢人会というグループ。実は賢人会はブラッドが立ち上げたもので、ブラッドと街の仲介役として機能していたらしく、街長よりも歴史はずっと古い。
「そのフレデリックとやらは、どんなやつなの?」
常にトップに立つフレデリックが、無能で屑な人間なら話は簡単に済む。フレデリックに不満を持つだろう住民の代わりにブラッドが裁きを降す。人々は私に感謝をし、支配権は戻され再びブラッドの所有地となる。
「あんまり良くはないな、正直に言うとな」
そんなに悪くはないのか。支出が厳しかったりすると不評を買ったりするが、財源がないとかそういう理由なら仕方ない気がする。
どちらにせよ、そんなに期待は出来そうにないと思ったのだが、次の発言で考えは変わった。
「あんまり……?勘弁してくれよ、何が正直だ。俺が真実を言ってやる。あんなやつ糞食らえ、だ」
その言葉を機に次々と繰り出される批評の数々。滝のように開いた口から言葉がドバドバ流れ落ちていく
「橋も簡単な補修だけで、あんなもん直ぐに壊れるぞ」
「また税も上がったよな。その割に街に還元されてる様子はないし、どこに蓄えてんだか」
「蓄えてるなら良いけどな……」
「まさか私欲のために消えてるなんて言ってるわけじゃないよな?」
「可能性が零と言えないのが辛いところだ」
「武器だってもう何十年も更新されてねえぞ」
どうやら現街長リッケン=フレデリックは無能で屑のようだ。それも聞くところによるとリッケンだけでなく、フレデリック家そのものを住民達は忌み嫌っているらしい。代々街長を引き継いでいることに相当の不満を持っており、そこら辺の人間が街長をやったほうがマシだというのがフレデリックに対する評価だった。
賢人会はまだ存続しているみたいだし、支配後はまた機能を取り戻させるのも良いかもしれない。
あとは、重い一撃を食らわせられるようなものがあればいいが。
「おい、そんなにベラベラ話していいのかよ」
「別に事実なんだ、みんな思ってる事だし、隠す必要もないだろ」
しかしロングソードの彼は本当に効かないな。
常にこちらに意識を向けており、しっかり本来の役目を果たしていた。
街に戻ったグループは、新たに死者が出るかの確認が任務だが、居残りグループにももちろん任務がある。
それは何故半分を留まらせたのかという理由にも繋がる。
自分を監視しろと言っているのだ。
監視されている中で、殺しなぞ出来っこない。そしてその間に死者が出たなら、自分ではない誰かがやったのだという証明になる。
ようするに、後付けのアリバイを作ろうというわけだ。
メイディとしては、半分くらい魔法が聞けば良いなあという予想だったのだが、思った以上に聞いているみたいで少し驚いた。
彼らにかけているのは精霊魔法と呼ばれるもので、精神に干渉する魔法だ。強力なものになると、思い込みによって火傷させたりなど出来る少々特殊な魔法だ。というのも、名前の通り精霊が主に扱う魔法であり、精霊以外にも使えるが治療の際の麻酔に似たようなことで使われる。それも応急処置レベルである。
精霊ではないメイディは、負の感情を抑制させる等といった事は本来出来ない。
それを可能にしているのはブラッドの血脈によるものだ。6代目ラズリ-ブラッドは精霊魔法を極め、大火災が起こったと精神に錯覚させ、血一滴を流さずに一国を滅ぼした。という経歴もあるが、彼女は「可愛いものと綺麗なものが好き!」という人物で、精霊と戯れたいために精霊魔法を習得したというお茶目な人だったという。
ブラッド血を受け継ぎ、実際に隣で見てきたケルディが教育につくことで、ほとんど100%先代の技術はメイディに還元されているからこそ出来る。
精霊等の補助があれば、完璧な洗脳なども容易く出来るろうが、あいにくここにはそういったものはない。
精神魔法は炎と違って、燃えるものがあれば燃え続けるものではない。燃やすための資源はいらないが、掛けるのを止めれば効果が切れてしまう。
精神作用による支配は、効果が切れれば反逆に合う可能性が高い。滅ぼす目的ならそれでも構わないのだが、街長だけをすげ替えてあとはそっくりそのままで支配下におきたいので、精神魔法は今回きりのつもりだ。
効果が切れたとき、おそらく彼らは自分の感情を抑えられていたと気付き私に対して嫌悪感を抱くだろう。しかも大切なものを失ったという感情を抑制されていたのであれば尚更強く反抗してくるはずだ。
その時は、彼らを消さなければならない。
(そうなると自らすすんで協力してくる者がほしい)
精神魔法を使わずとも従ってくる者。
メイディには一つ候補があった。
賢人会。
ブラッドによって創設された組織。
賢人会であれば、むしろブラッドの支配下に戻りたいと、目的すらも共有出来るかもしれない。
まずはそこに当たろうと、メイディは思考を巡らせた。
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戻り組はどうなったか。気になるところではあるが、あまり多くは語れない。何故なら、こちらは帰還途中に不幸にもバケモノに相対してしまったのだ。結末は言うまでもないだろう。
季節的にも、時間的にも今が最も寒い時間帯だろう。
夏には緑を主張していた木々は、裸になり、落ちた葉は既に腐りそのほとんどが次の生命への栄養へと変わっている冬の中、手足が悴むという悪環境の中での下山は辛いものがあったが、特に危険と遭遇することなく街の麓近くまで来ることができた。
夜明けまではまだ遠く、辺りは暗闇に包まれており、夜間に目印として灯されている時計台の明かりだけが唯一の道標だった。
黒の館を出たあと、彼らの話題は「黒の館の幼子と老執事」はバケモノと本当に無関係なのかどうかだ。もしかしたら、半数の残った者は今頃殺されているのかもしれない。そして次は我々を刈るために今まさに、こちらにその刃が迫っているのかもしれないと緊張状態にあった。
過剰な警戒のために歩行速度も遅々としたものであり、自分の足音すらも警戒のために邪魔だというその慎重な行動が、それがどんな音も見落とさないことに繋がっていた。
「おい、今の聞こえたか?」
夜の静けさの中で、微かに聞こえたのは女性の叫び声。
聞こえてきた方角へ集中すると、金属同士がぶつかり合う甲高い硬質な音を耳が拾った。
「……戦闘か」
「行くぞ。おそらくバケモノだ」
彼らはすぐさま悲鳴のした方角へ急行する。尖った枝が肌を刺し、葉によってスパッと鮮血が散るが気にしない。
次第に大きく、鮮明になっていく音は、やはり戦闘のものだった。怒号も絶え間なく聞こえてくる。
気掛かりなのは、近づけば近づくほど、聞こえてくる音が減っていくことだった。
金属音も疎らになっていく。
嫌な予感しかしない。
「あと少しだ!」
10人の視界に飛び込んできたのは人、人、人……の血だった。奇妙なことに、そこら辺にごろごろと転がっていて不思議じゃない死体が一つも見当たらない。
戦いではなく、殺戮だった。
その理由は直ぐに明らかになる。
血飛沫が上がった。
その渦中にいるのは一人と一体。
3度交わりあったあとに、耐えきれなくなったソードが砕け散った。得物を無くした人間に、ソードなんかよりも太く、鋭利で頑丈な4本の爪を防ぐ手立てはない。
振るわれる爪を回避しようと後ろに飛び退こうとするも、長いリーチによって左肩から右足の付け根までざっくりと抉られた。
膝から落ちた戦士に、守られていた女性が駆け寄り、庇うようにバケモノの前に立ち塞がった。
「……動けるか?」
助けに行くぞ、ではなく疑問系になってしまったのはバケモノの容姿に恐怖と嫌悪感を抱いたからだ。
既に200人以上を殺した正体不明のバケモノ。
見た目も、大きさも色も何一つ分かっていなかった。それでも事故ではないことは現場の出血量と、あるはずの死体が一切残らないことから、食人の魔物であると推測し、バケモノといつの間にか呼称が定着していた。
そして今、最初の犠牲から8日目にしてようやく、正体が明らかになった。
体毛は、血によって塊になり、一本一本が直径1センチはあるように見える。もとの毛色が分からないほどに、血で真っ赤に染まっていた。
腕から生えた4本の爪だけが、銀色に鈍く輝いている。おそらくソードによって血が削り取られたからだろう。しかし傷は一切見受けられない。
目も口も耳も、血を充分に吸って重くなった体毛によって隠されていて見ることが出来ない。
そこにいるのは、全長3mの、血の色をした毛むくじゃ らの、鋭利で極太の4爪を持ったバケモノだった。
だが彼らは本能で分かっていた。彼らもきっと、このおぞましいバケモノを見たのだろう。
死んだ彼らも。
そして自分達も同じ運命を辿るのだと。




