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メイディ-ブラッド=吸血鬼リヴァイヴ=  作者: 綾
吸血鬼リヴァイヴ
2/14

01 「幼子と老執事」

 ーー目を覚ませ


 こだますのは、舌足らずさを経験によって克服したかのような幼女の声。口にするのは目覚めの言葉。

 ほらいつまで寝てるの?お前らで床が汚れるだろうと苛立ち混じりの声だ。


「糞ども」


 黒い狼の使い魔によって運ばれてきた、気を失った人間ども20名が目を覚ました。

 人間である彼ら相手にコンマ一秒も遅れを取られる事はないが、念のために既に拘束の措置はとってある。そんなものなかろうが、私の前ではこいつらの命なぞあってないようなものだが。


「う、どこだ……ここは」


 光沢のない金のような色の壁に、紅い絨毯が敷かれた部屋で彼らは目覚めた。見たこともない場所に驚きを隠せないようで、キョロキョロと見渡している戸惑いの表情と不安は、視界から親を見失った赤子のようだ。


 だが無理もないことだろう。森の中なら外にいる。床の上なら家にいる。ではここは何処だ? こんな色の床など見たことない。故に、自らの居所が分からない彼らは不安になる。


 漆塗りの背もたれの高い椅子に座る幼女の一歩下がったところに、黒い礼服に身を包んだ老執事が立っているのを見てから、ようやく体の異変に気づいた。


「ああ……くそ……!からだが、動かね!」


 20人の男どもはどこも拘束されていないのに起き上がることが出来ず、ただもがくことしか出来ない体に、更に焦りを生じさせる。来たことのない場所に動けない体。明らかに何か干渉されている。

 そしてその人物の候補は、目の前にいる見知らぬ二人へと収束される。


 そんな雑魚どもに少女は冷ややかに問いかける。


「そこの、しょっぼい得物を持って何用で参ったの?」


 幼い見た目に反した汚い言葉に驚愕し、動きが止まった。

 しょっぼい得物とは、そこら辺に転がっているソードや銃、十字架型のハンマー等々、彼らにとっては最高と思われる武器たちのことである。防具はヘルムを含め奪われていない。


 幼子は金の髪に紅い瞳を持ち、黒を基調としたフリル付きのドレスが白い柔肌を一際引き立てる。

 綺麗に飾られた、見目麗しい幼子が怒りを露にする。


「貴様らは私に不干渉を一方的に押し付けてきやがったくせに、のこのこ領地に侵入してきやがった理由を聞いてんのよ!」


 怒りに少女が降り下ろした腕の延長線上の床に、10mほど亀裂が入った。

 怒りの感情だけで建物を揺らしてみせ、石の破片がパラパラと赤いカーペットに落ちる。


 見た目は幼い姿をしているのに暴力的で、それも超人的な力を持っているようで、突然の出来事にもうわけがわからなくなっている街で猛者を語る男どもは、竦み上がるばかりであったが、一人だけ感情を昂らせて答える者がいた。


「ーーッお前に……!お前にユナが殺されたんだ!!だから、俺は、お前を、殺すゥ!!!」


 男がどれだけ力を込めても、感情に任せて動こうとしても、その体は微動だにしなかった。


 感情と力は比例しない。出せたとしても人間の能力では遠く及ばない。

 幼子の正体など全く知らない男は、それでもなんとか動こうと足掻いてみせる。

 だが一向につりあいを見せない力では、土の中に埋められてしまったかのように一切の行動ができない。僅かに鎧が擦れる音が響くのみだった。


「人間なんて不味いもん喰わないわよ!!私はもう何年もこの城から出てないってうのに!人間ってのは決め付けて勝手な生き物なのね」


 自分で侵入して勝手に捕まってるだけなのに、全部自業自得じゃないと怒りだす幼子。


 親族が殺されただとか知ったこっちゃない。

 こういう、状況が掴めない中でも騒げる奴っていうのは、パニクっているだけだ。能力があるから喚くことが出来るなんて評価してはいけない。

 相手の力量を測ることをさはない時点で冷静さを失っている。回りの人間のように成り行きを黙って見守っているほうが賢明だ。


「お前以外に誰がーー!!」


 だから力の差を思い知らせて一旦黙らせてやろう。こいつのせいで一向に話が進みやしやしない。


「いるってんだよおおおおおおお!!!!」


 煩い男だけ、拘束を解いてやった。


 動きを取り戻したという事実に、周りの人間は一瞬硬直したあと、「俺だって!」という掛け声と共に力を込める。「ぐぬぬぬぬ」「うおおおおおあああ」と叫びまくる……が、全く動く気配がない自分の体を見て「何故だ!?」と項垂れる。


「自分も」とか言いながらその様!

 無様でとても笑える。


 なんて幼子が心の余裕を見せる中、自由になった青年は迫り様に近くにあったロングソードを拾い上げ 、少女へと斬りかかった。


「……かわいそうな子」


 幼子は腰に携帯していた小太刀でロングソードの刃を柄の根本から切り落とした。


 小太刀は真っ黒で、漆のような独特の光沢間があり、見ているだけで吸い込まれそうな美しさを持つ。


 漆黒の小太刀の名は"不動"。


 柄から流れているのは魔力。

 そこから魔力機構を介して原子固定の魔法が、刀身全体に掛けられている。

 その効果は、刃零れしない、どんなに雑に扱っても決して折れない刀身を生み出している。


 斬られたロングソードの刃が、青年頭上を放物線を描いて越えて床に刺さったときには、金属製の薄く加工されたヘルムは八つ裂きにされていた。


 "不動"は別段切れ味が良いわけではない。

 原子固定によりひたすら硬いことと、幼子の腕力によって、金属をスライスすることを可能にしたのだ。つまり力業である。


 露になった男のーー元は爽やか系なのだろうーー憎悪に歪んだ目先に小太刀を突きつけてやった。


「自分の実力も把握出来ていないなんて」

「ッうそ、だろ……」


 男は柄だけになったロングソードを呆然と見つめることしか出来ないでいた。

 一瞬の出来事に呆気にとられ、次第に一目で分かるほどの脂汗を吹き出し始めた。

 それは恐怖していることの証拠でもあった。そして恐怖とは、伝染するものだ。

 未だ拘束されている者たちも、とりあえず静かに経過を見守ろうという姿勢から、静かにしなければならないという態度にシフト変更、状況を見定めようとしていた。


 くわんくわんと、刃が音を立て、物理法則に則ってやがて静止した。


 文字通り手も足も出ない、それも血を流させていないことから手加減をしていると、兵士である彼らは幼子に対して全員で掛かっても倒せるか分からないという判断をしていた。

 そもそも動けないのでどうしようもないのだが。

 きっと、一人だけ動けたのも自分の意思で解いたわけではなく、幼子によるものなのだろう。

 相手の行動を封じる何らかの手段を持つ相手に対して勝ち目はなかった。

 明らかに普通ではない。やはり、吸血鬼が住まうというのは本当で、この幼子がそうではないのか。


 ロングソードを折られ、戦意喪失した男を無視して他に抵抗しそうな人間を探す。

 まだ2人ほど、憎しみ、怒りを表情に出している者がいるが、他は話が出来るくらいには落ち着いているように見えた。


「で、なんだってこんなところにまで来たっての?」


 人間は私達を大層恐れているという認識を持っていた。

 幼子が産まれる前、街とブラッドの間で不干渉協定が結ばれ、それ以来黒の館の住民は街へは行ってないはずだ。


 協定が結ばれるに至った理由は、先代のブラッドが、街に襲撃してきた魔物の群れを撃退するために放った魔法が街の一部を破壊、死者は出なかったものの、危険と見なされ、不干渉を人間は申し出てきた。


 街は黒の館に干渉しない。

 だから黒の館も街に干渉しないでくれ。


 つまり、黒の館の者が街を出入りすることを禁じたのである。


 協定があるにも関わらず何故来たのか、そう幼子は問うた。


「5日前に、バケモノが現れた。そいつは、そいつは人を……食ったんだ」

「特徴は?」

「分からない。遭遇した者は皆、そいつに殺されている」


 敵の正体が不明で、一切の情報がないことに苛立ち、同時にやり場のない怒りを男は吐き捨てた。


 目撃者を生きて帰さない程度には、そのバケモノは人間よりも強いらしい。


「何人殺されたの?」

「20人だ。ここにいる者たちは……全員被害者と縁があった者たちだ」

「あ、そう。思ったより全然少ないねぇ」


 悲しげな表情を彼らは浮かべた。

 20人と聞いて浮かんだのはこいつらの数だ。きっと親族とか、親しい者だったのだろう。ならばその、ヘルムに隠された憎悪に歪む顔も頷けるってものだ。


 人間を容易く殺せるバケモノを連想させると、私に辿り着いたってか?

 冗談じゃないわよと、幼子は舌打ちをする。


「……兵士は、街に忠誠を誓ったとき、生者の枠から外される」


 つまり、いずれ街を守って死ぬのが仕事なのだから、もう死人扱いしても良いよね、ということを言っているわけだ。随分と嫌な身分だ。守ってもらいながら死人扱いするなんて、そんなおぞましい仕事があったなんて驚いた。


「兵士を合わせれば、200人に達すると思う。あれはバケモノだ。直接は見てないが、ここいらでバケモノと言えば、お前しかいない。だからーー」

「あ、そう。でもその反抗的な態度はいただけないね」


 睨み付けてくるその視線の前で小太刀で悠然と円を描き、首を斬るモーションをとる。


「見る限り、あなたも、あなたたちも兵士とやらみたいだけど……ふふ、死人ならどんな扱いされても文句は言わないよね」


 誰かが固唾を飲む音がする。体は動かない。ならば後は死ぬだけだろう。そもそも彼らは死ぬ覚悟で来たのだ。兵士を最低200人は殺っているバケモノを相手に、生きて帰って来ようなんていう覚悟をした者はこの場にはいなかった。刺し違えてでも殺したい、そういう思いを思った者が集い、やって来たのだ。

 故に平然と訴えてくる。殺るなら殺れと。


「はあ……どんだけ死にたがりなのよ……めんどくさっ」


 幼子は小太刀"不動"を鞘に収め、ぱっぱっと手を振り払う。


「半分残れ。もう半分は街に戻って、誰か殺されたら来てよ。それで分かるでしょ?」


 言いたいことは言ったので、とりあえず拘束を解いた。


 幼子にとって、これは黒の館から出る良い機械だった。

 約200年間館の中に閉じ込められるようにして暮らしてきた。

 初代ブラッド、エンペラーの代から執事を勤めるケルディに戦闘のノウハウを叩き込まれ、魔法も先代が使っていたものは殆んど威力そのままに習得した。もうこれ以上、自分で自分を鍛える必要はないだろう。そろそろ、未知での経験が必要のはずだ。


 幼子ーー9代目ブラッド、メイディは後ろに控えている老執事ケルディの顔を窺うと、彼はゆっくり首を縦に振った。


 ーーいいでしょう。次のステップに進む時です。


 なら、丁度良いところで不干渉協定を結んだ相手側から破ってくれたのだ。これを利用する手はない。


 体の自由を取り戻していることに気付いた彼らは、掌を閉じたり開いたり、そして腰を捻ってみたりと各々その事実を確認すると立ち上がり始めた。


 ロングソードを折られ、ヘルムも失った人間を見て、『命を失っていないし、帰るように促す』この幼子は本当にバケモノなのだろうかと考え始めていた。


 吸血鬼が住まうと噂されている黒の館。

 自分達の街を作ったとされる伝承の通りならば、その主は吸血鬼で、それらしき人物は目の前にいる二人の関係を推測するならば主と従者。なら、主に当たる幼子が伝承の吸血鬼であるというのか。


 見た目からはそうは思えないが、先程の、大人の男の攻撃をいとも簡単に捌き、一切を傷つけずに装備だけ破壊してみせた技量は異常だった。


 そう、頭で考えても、昂る感情は抑えられない。特にまだ冷静さを失っていない者、例えば、昨日息子を殺された父親などは。


「ああおあああああおおおああ!!!!!」


 叫びを上げ、一度床を拳で叩きつけ、先程の男同様に床に無造作に転がっている武器を拾い上げた。


 そして拾い上げた武器ーー銃を幼子に向けて引き金を引いた。

 息子を殺されたというたった一つの、どろっとした濃い感情を凝縮してどす黒くなった思考だけが彼を動かしている。

 だから躊躇いはない。

 息子を殺したかもしれない者をひたすら殺していけばいつか本当の仇を殺せているだろうという無茶苦茶な帰結だった。


 突然の行動に、幼子は全く慌てる素振りは見せない。

「やっぱりね」という顔をしながら、有り得ない話であるが、飛んでくる弾丸を鑑賞でもしているかのようにゆったりとしている。


 幼子の後ろにあった影が動いた。

 弾丸は、突如軌道上に現れた白い手袋をした五本の指によって「ジッ」という音と共に止められた。


 銃口から弾が射出されたと同時に、主の後ろに控えていた老執事は行動していた。


 弾丸より速く移動し、軌道を正確に読み、親指と人指し指だけで摘まむようにして停止させるという常軌を逸した業を一瞬の動作でしてみせた老執事は、銃を撃った少し小太りの男を睨んだ。


 絶対零度の視線で睨まれ、銃を手から落としてしまい、唯一の対抗手段を失って後ずさりする。銃等あっても、対抗出来るとは既に思えないが、それでもあるのとないのとでは心の持ちようが違う。


「何故だ?」


 理解できない奇行を見たと言うように、信じられないという気持ちと主に銃を向けたことに対する怒りを老執事は向けた。


「自ら罪を犯したというのに反省の色も見られなければ、それを許し、あまつさえ貴様らが持っている誤った事実を確認してきても良いと、主は言っているのにその寛容な赦しを踏みにじるというのか」


「う、うるしゃい!! お、おお前らがぁ!!お前らが殺したんだろおおおお!!!!?」


 老執事はその言葉を聞くと冷めた視線すらも失せ、ゴミを見るような目つきに変わった。


「理由になっていない。何故なら我々は街に干渉していない。街にはその人間も入っている。」


 後ろに控えていたせいで見えなかった老執事の全貌が明らかになった。


 執事とは、スマートな体型、どちらかというと痩せぎみであるイメージがあるが、目の前にいる執事は違った。

 服の上からでも分かる発達した筋肉が、執事服を強靭な肉体の形に歪ませている。

 オールバックにした白髪混じりの黒髪は、割合が半々くらいでグレーのように見えた。

 左目には眉にかけて傷跡が2本、頬にも細かい傷が数えきれないほど入っている。


 執事というよりも、どうみても歴戦の戦士の貫禄を漂わせていた。


「く、来るなぁぁああぁあ!!!」


 そんな老執事が一歩、また一歩と近づいてくる。

 死という概念が迫ってくるのと同等の恐怖が、襲ってくる。


「わ、わるかった!! だからーー」

「駄目だ」


 少しでも距離をとるために、本能的に座り込んでしまう。

 何故自分は銃を撃ってしまったのかという思考が、怒りを全て塗り潰してしまっていた。


 老執事は一気に詰めより、他の者にも警告するように言った。


「二度目はない。そしてこれは二度目だ。先程のロングソード、そして貴様の銃。裁かれて当然だろう」


 その言葉を最後に意識を失った。

 殺されてはいないが、一瞬で戦闘不能にされた仲間を見て、完全に抵抗する気が全員から消えた。


 ぱんぱん、と手をたたく乾いた音が静まり返った部屋に響いた。


「居残りが一人決まったね。あと9人はもっと早く決めてよね」


 そこからはスムーズに事が進んだ。

 自分達の復讐の相手ではなさそうだったから。

 だがそれは話を進める上での建前だ。皆内心では勝ち目のない戦いというのを味わってしまったせいで、一時的に復讐心よりも生き残ることを無意識に選択してしまっているのだ。


 黒の館に入る前までは、例えこの命がつきようとも、一発でも良いから叩き込んでやるという気概であったというのに。


 まず、最初にロングソードで突撃していった男が、自分がこの事態を招いた一因があるということで自ら残ることを志願した。


 季節は冬。

 街の隣にある小さな山の頂上に居を構えているこの館から街へ行くには、相当の労力となる。普通なら残る方を選択するのが好ましいが、今は早くここから出たいというのが総意だった。


 結局体力があり、足が速い者が街へ戻ることとなり、それを告げると早々に出ていけと幼子に急かされ、10人はそれぞれ武器を携えて黒の館を後にした。


 彼らの運命は既に狂い出していた。

 黒の館に来なければ、もしかしたら死なずに済んだ者もいたのかもしれないし、どのみちバケモノによって殺されていたのかもしれない。


 だが、間違いなく彼らは黒の館に来たせいで、今日死ぬのだ。


 メイディ-ブラッドに出会ったせいで。

 彼女の戦略に巻き込まれたせいで。


 だがそれも、協定を破った自己責任だ。

 今日から起こる全ての出来事は、彼らが不干渉という簡単な約束事を破ってしまったのがきっかけなのだ。


 ーーさあ、真っ赤な華を咲かせにいこう

 ーー赤い、紅い、綺麗な華を

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