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メイディ-ブラッド=吸血鬼リヴァイヴ=  作者: 綾
吸血鬼リヴァイヴ
14/14

13「思い出される苦痛と、そして憎悪、憎悪」

「アオオオオオオオオオン!!」


 1500の血溜まりを前に黒キ獣が雄叫びを上げ、住民達5000人の喜びと安堵の声が響く中、幼子は既に限界であった……という風にメイディは見せ掛ける。


 ここで上手くふらつき、ケルディの背中に倒れ込む。「魔力切れでもう無理」と満身創痍、全ての力を出し切って戦ったことをアピールする……はずだった。


 わざと倒れるなど今までやったことのない不馴れな芸に、自分の足で足を引っ掛けてつんのめり、地面にずてんと転んだ。


「え」


 喜び合う中でも、当然街と住民を救ったメイディには注目は常にいっている。


 力を使い果たし、膝から崩れ落ちる。

 それが、街を救うのに全力を尽くした英雄の正しい姿だろう。

 そんな中で英雄的存在が転ぶというのは与えるインパクトが大き過ぎた。


(ど、どこで間違えたというのよぉぉぉぉぉぉ!!)


 心の中で響く壮絶な叫び。

 完璧な戦略が、崩壊していく。

 いや、戦略そのものは大成功を納めたのだけれど、私の威厳というかなんというか、決して生きていく上で必要というわけではないけれど、とても大切なものが……。


 この静けさが痛い!

「ずてん」音という音が一切聞こえてこない。


 まさかそういう類いなのかと、静けさが訴えてくる。


 "ドジっ娘"なのか? と。


 雰囲気で感じとるメイディは、がばりと起き上がりわなわなと震えた。

 そんなレッテル嫌だ。

 しかし時既に遅し。

 住民フィルターによって「あうあう……」しているように見えてしまっていた。


 きっと親しみやすさは上がっただろう。ならば良いじゃないか。

 ここは急遽路線を変更すべきなのか。メイディとしては、先代のように威厳ある、ある代には妖艶な王を目指していくつもりだったというのに。


 過ぎたものは仕方がない。

 メイディは開き直った! そうでもしないとやってられないわ!


 んっんんっ!

 小さく咳払いをしたメイディは、自分の体より大きい"炎王剣"を地面にざくりと刺した。


(ふぅ……少し落ち着いた。)


 一拍、目を閉じて深く息を吸って大きくはいた。

 天使の微笑みをイメージして、優しく語りかけるように意識して言葉を紡ぐ。


「皆さん、敵は打ち払いました。脅威は去りましたーー」


 あれ、おかしいな。

 自分の顔が見える。ついに第三の眼とやらが開眼したのだろうか。


「私の名前は、メイディーブラッド。黒の館の主ーー」


 第三の目が捉えるメイディも、口を動かす。" 私の名前は、メイディーブラッド。黒の館の主ーー"と。でも映るメイディは全体的に紅くて……え、"映る"?


「な、な、な、な……」


 紅いメイディの肩が震える。本物も同じで動揺していて目の焦点が合っていない。


 第三の目なんてなかった。

 ただ、炎王剣に映っていただけだった。

 端から見れば、自分のまえに剣という名の鏡を差し、話しかけていただけだった。


 炎王剣からそぉっと顔を覗かせて周囲を伺う幼子。

 その愛らしい行動に、街の人たちの心は完全に囚われてしまったらしい。


 "ドジっ娘"なのか?

 いやいや、"ドジっ娘"でしょ。

 "ドジっ娘"可愛い!


 もうやだ館に帰りたい。いじけるメイディに統括長ダダンは話しかけた。


「主〈しゅ〉、と呼ぶべきなのでしょうか。救っていただきありがとうございます」


 住民達がつられてダダンに倣って頭を下げた。5000人から頭を下げられると若干威圧感がある。


「……主〈しゅ〉でもメイディでも、不愉快に感じなければ何でもいいわ」


 遠回しにそのレッテルは止めろと言うが、きっと伝わらないだろう……。


「では主〈しゅ〉よ。書簡はカールから受け取られたのでしょうか?」


「ええ、受け取ったわ」


 書簡のことを知っているということは書いた本人なのか、或いは関わっているのだろうとメイディは考えた。


 何だか知らないが、成立している会話に、ダダンは既にメイディと接触していたのだろうと住民達は思った。ダダンが優秀であるのは周知の事実で、街長から緊急時は指示を仰がず判断してくれという権利も授けられている。書簡はダダンの独断で書かれたものだ。その独断の権利を与えられている故に、その効力は街長の決定とほぼ同等の力を持つ。


 既に計っていたダダンの評価をまた一段階上げる人々だが、計画を立てるのはダダンだけの専売特許ではない。

 メイディもまた、得意なのだ。


「あなたが言いたいことは分かっているわ。バケモノの事でしょう。もちろん処分する。軍勢はついでよ。『異変を感じて急いで来たら、緑狼〈こいつら〉がいただけだから。』」


 全住民の前で"順序"について偽っておく。一先ずこれで緑狼〈グリーンウルフ〉の軍勢が襲ってきて、そこへ駆けつけたという構図がマジョリティになるはずだ。


「ありがとうございます。バケモノを探すことは我々にお任せください。主〈しゅ〉はしばしお休みを。恐らく長い年月でこの街も変わった事でしょう。観光などいかがでしょうか?」


 正直幼子の正体は分からない。

 古い伝承の中でしか語られていないのだ。だからダダンとしてはバケモノを倒せる力を十分に持っていることを見せられ、幼子の地雷を踏まないよう、神経を磨り減らしながら、バケモノを倒すことの約束を確認する。


 しかしその態度が、まるで幼子を主〈しゅ〉と認めていると周りに誤解を与える。仕方のないことだ。ダダンは兵士団のトップの統括長であり、信頼もあり、街長から強い権利も与えられている。


 そんな人間が幼子を"主"と呼んでいる。

 誰もが幼子を"主"と認めていた。

 残念なレッテル付きであるが。


「そうさせて貰うわ。何か美味しいものもお願いしようかしら」


 メイディは単純に街に興味を持っていたので提案を受けた。

 黒の館から200年ずっと見続けていた場所。直ぐそこにあるので行くことが許されなかった場所。


「では、案内する者を付けましょう」


 次の言葉に黒キ獣は渋面を作るのだが、獣の表情の変化をメイディ以外読み取った者はいなかった。


「ようこそ、アウダウンへ」



 ーーーーーーーーーー



 カール達は黒い階段"ロード"を降りていた。

 黒の館の主が召喚した流さ1キロメートルに及ぶ階段で、中央には水色に輝く水晶が埋め込まれており照明の役割を果たしていた。

 しかし照明と言っても、あと少しで朝になるので、あと10分もすれば消えるだろう。既に少し、光が射し込んできていた。


 館の主は黒キ獣に跨がり、先に街の方へ駆けていった。

 あの速度であれば、もう着いている頃だろう。


「まさか、本当に伝承の主<しゅ>だとはなあ。何千年って前の話しだっていう仮説もあるみたいだし、俺は玉座に居座る屍を正直想像してたたんだよ。カタカタって動き出してよお。そいつ事態はもう力はないんだけど、そいつに操られた魔物とか、そういうのが街を襲ってると思ってたんだ」


 そう話すのは第1部隊所属のティムだ。

 彼は妻を"バケモノ"に殺され、復讐をすべく黒の館にまでやって来た。今では館の主は"バケモノ"とは関係なく、じゃあ一体何処にいるんだと途方に暮れる始末だ。


「俺だって、あんな子供だとは思わなかったぞ……俺の娘より、子供じゃないか……」


 自分で言って、自分で泣いた。

 アルレゴは娘をバケモノにやられた。

 今年で14歳になる娘で、ボーイフレンドが出来たなんて増せたことを言い出したと思ったら、その翌々日に……くそ。


 ティムがアルレゴの肩を優しく叩いた。

 自分の子供が殺されたのだ。同情なんか要らない。

 そう叫ぶのが普通だが、ここにいる21名の内、10名は親族が殺され復讐のために黒の館へ来た者達だ。

 アルレゴの気持ちは、痛い程解る。自らも同じ思いでいるのだから。


 だが彼らはもう間もなく思い知る事になる。

 メイディーブラッドが、その感情を弄ぶ悪魔であることに。


 始め、恐る恐る降っていた彼らも、本当にただの階段の機能としか存在しないことを理解すると、駆け足で進んでいった。

 それでも何かの罠があるかもしれないと、"冷静"になりながら降りていったので少しばかり時間が掛かっていたのは仕方のないことだ。


 500メートル地点。


 心臓を震わせる鐘の音が響いた。


 ゴオオオオオォォォォンーーゴオオオオォォォォンーー


「な、この鐘はレベル5ーー」


 ここにいるのは街の兵士だ。

 低く唸るようなこの音が、全住民の即刻避難と、街が滅びる災厄が迫っていることを報せるレベル5の鐘によるものであることは当然知っていた。


「北と東……北東方面ーーなんだあれは!!!!???」


 街の向こうにある森の陰が伸びているのを見つけ、兵士達がどよめいた。

 よく目を凝らすとそれは陰なんかではなく立体感があり、小さな何かの集合体だった。


「……昨日襲ってきた魔物?」


 誰かが呟いた言葉で、全員が納得したと同時に恐怖に駆られた。

 あのレーザーを発する魔物が、街の反対側の森からおびただしい数で移動しているのだ。


 遂にそれらは森をもうひとつ作ってしまった。


「まずいまずいまずいまずいまずい」


 兵士達は脇目も振らず階段を駆け降りていく。


「なんだってんだ!! なんで街に来てんだよ!!」


「そもそもなんで森にあんなに!! いるんだよ!! おかしいだろ!!!」


 たくさんの「なんで?」が出てくるが、考えるだけ無駄だ。

 いくら考えたところで分かるはずがなかった。


 そして視界をジャックする赤。


「くっーーレーザーか……!!!」


 思わず腕で目を守ってしまう。そうでもしないと目蓋だけではこの光量は目に危ない。当然足も止まってしまった。


 街を襲った極太のレーザーが止み、目を開けた彼らが見たのは壁を大きく破壊された街だった。

 北から東に駆けての防壁が一切機能していない。

 このままでは間もなくすれば、あの無数に蠢く魔物の軍勢に蹂躙されてしまう。


 壁が消えたことで、魔物の軍勢全てが住民の目につくことになり、街は一気にパニック状態になる。


 このあと、ダダンの指示によって火薬類を集めるという統率の取れた動きが現れるが、その頃には南の壁によって街の様子が見えないない高さまで兵士達は階段を降りていた。


「ようやく、着いたーー」


 21名の兵士が、黒の館から"ロード"を降りきり、街の南を守る壁へと辿り着いた。

 だがこれはゴールではない。


 巨大な階段を降りながら、街に着いたらどうするか、逃げるべきか、それとも先に着いてるはずのメイディが居るであろう、あの魔物の軍勢がいる北東へ行くべきか考えていた思考が終わり、新しい思考が芽生える。


 それが本当の、彼ら自身の脳の考えだった。


 メイディの鎮静作用の魔法の効果が"ロード"から足を外すと同時に途切れ、彼らは悲鳴を上げた。


 それは苦痛だ。

 子供を、親を、恋人を、愛する人を失った苦痛。

 感情の奔流が止めどなく走り抜ける。


 そして次に来るのは悲しみだ。

 どうして別の事を考えていたのか。

 街の危機なんてどうでもいい。

 メイディーブラッドがバケモノじゃない、どうでもいい。

 じゃあ本当のバケモノを探しに行こう、何故そう考えなかったのか。

 どうして行動に移さなかったのか。


 そう思考して辿り着いた結論。


 "考えさせないように仕組まれていた"


 誰に?


 メイディーブラッドに。


 カールと、黒の館へ最初に向かった残り組を含めた10人は憎しみを顔に表した。


 バケモノを殺す。

 大切なものを奪われた復讐の感情を抑圧された事への憎悪。


 愛を奪われた事への狂気を消された事は、愛を消されたも同義。

 愛なくして狂気は産まれなかった。

 ならばその狂気を消した奴は愛を奪ったということだ。


 感情の奔流に思考が覚束無い彼らはそう結論付け、バケモノとメイディを同格に位置付けた。ほとんど無意識だった。


 カールは思い出す。正確には取り戻す。

 息子のユージの恋人が殺されたことを。

 娘のカレンもバケモノに食われ、冷静さを無くしたユージが一人でバケモノを探しに行ったのを。


 仲間達も自分の感情を取り戻したようで、蒼白になっていた。

 失った大切な者を一時でも忘れていたことを恥じ、恐らく精霊魔法だろう人の感情までも操るメイディに畏怖した。


 街の北方面から爆発音が轟いた。カール達からは、緑狼の軍勢は街を挟んだ位置にいるので確認出来ない。


 赤い光、爆発。

 街に何かが起こっていることは確かだった。

 南の見張りの姿は無く、一同は誰に止められる事もなく街へと戻ってきた。

 街へ入っても人一人いなかった。


 完全にゴーストタウンと化した街が不安を煽る。ただでさえ抑えられていた感情が暴れまわっているというのに、更なる不安要素が舞い込んでくるのは本当に勘弁願いたかった。しかし大抵そういう願いというのは叶わないのが世の常だ。


 ドオンとやけに短い爆発音が北東方面から聞こえてきた。更に連続してもう4回轟き、思わず立ち止まった。

 光といい爆発といい、まだ何かが起こっているということは、街は落とされていないということだ。


「とりあえず、北東へ行こう」


 指針が出来たことで。再び進み出す。


 暫く歩いていると、微かに鉄の臭いが流れてきた。カールはこの臭いが何なのかしっている。血だ。あのバケモノが仲間を殺した時に、娘を食った時に感じた臭いだ。


 訝しんでいると、再び赤い光と、今度は炎が見えた。

 そして獣の咆哮と大勢の人間の歓声が天に響き回った。

 光って爆発して歓声が轟く。


「何がなんだか分からない」そう、誰かが呟いた時、前方に人が現れた。

 現状の状況を聞こうと近づいていくと、更に先に人、人、人が集っている。


 視界一杯に人がいた。それもそのはず、5000人がここにいるのだ。そして皆一様に喜びをこれでもかと表している。

 恋人達は抱き合い、友人達は手を叩き合う。


「何が起こっているんだ」


 人を掻き分け、混乱した頭を更に混乱させて前へと進んでいく。

 そしてその中心人物を見つける。


「メイディ-ブラッド……」


 カールが口にする者こそ、この状況を作り出した張本人。


 彼女は人々の姿を見渡し満足そうな顔をしている。

 白い衣装に、滑らかな白い肌は人形を彷彿とさせる。

 黄金の髪は風で僅かに揺らぐ。

 その風に乗ってくるのは血の臭い。


 きっと、この光景を絵にすれば売れるに違いない。


 血の湖を背景に、妖艶な幼子が、黒い狼に寄り掛かっている。

 そして誰もがその絵を見て、容姿と大量の血から彼女の正体を連想することだろう。


 すなわち、吸血鬼と。

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