12「伝承再現」
街の住民は誰もが、あの赤は死の色だと思った。
赤い光が街を覆った。
影ですら赤い。
あるいはもう、死後の世界なのかもしれない。
光の中で、街の人達は声を聞くのだ。
『震えるなーー』
女の声だ。
『恐れるなーー』
舌足らずさを、経験によって克服したような声。
『何も案ずることはない』
ーー何故なら
「主が還たのだから」
統括長ダダンの直ぐ後ろで声がした。
振り向くとそこに居たのは宙に足を掛ける黒い獣に乗った、純白の衣装を着た幼子だった。
肌は陶器のように滑らかで、髪は美しい金色。
純白の衣装がそれらを際立たせ、まるで人形のような印象を抱かせる。
右手に漆黒の剣を持った幼子は、黒い獣から飛び降り、12000の魔物から放たれた赤い光の中に突っ込んでいき、その剣を振るった。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
力と力が拮抗する。レーザーの高出力に剣がガタガタ震えだす。金色の髪の先端が、力の拮抗の摩擦によって焦げ茶に焦げた。
幼子の頬から、雫が滴り落ちる。レーザー光によって周囲が熱され、それを受ける剣ーー正確には刀、"不動"は1000度に達していた。
それでも刀が溶け出さないのは、"不動"が原子レベルで状態を固定されているからだ。
それでも、12000というレーザーからの圧力に押され、地面を踏ん張る足が地面に痕を残しながら徐々に下がってきていた。
「っくうううぅぅぅ……あああああ!!!」
レーザーに圧され、強制的に後退させられた幼子は、兵士達がいる場所まで戻された。
歯をギリギリと食い縛り、ギリギリの所でその攻撃に堪えていた。
その姿に、兵士達は思わず思ってしまう。
「ッーー頑張れ!」
「あと少しだ!」
「頼む!!堪えてくれ!!!」
「街を救ってくれ!!!」
その声に応えてか、幼子の剣を持つ手は安定してきた。兵士達の後ろに控えていた住民達も「いけるぞ!」「あとちょっとだ!」と声を掛ける。
アウダウンの人間5000人が、見ず知らずの、突然現れた幼子に願っていた。助けてくれ、救ってくれと。
「ま、かあ、せ……ろおおおおおおおおおお!!!!」
剣が振りきられた。赤の景色は晴れ、いつもの青い空が見えた。
12000の束になったレーザーは一人の幼子によって消滅した。しかし脅威そのものが消えたわけではない。12000の軍勢はレーザーと競り合っていた間も迫ってきているのだ。
「そこにあるのは爆薬か!!?」
「そうだが……貴方は?」
話しかけらたダダンは、まだ今起こったことに思考が追い付いておらず、自分の名を名乗る前に聞いてしまったことを直ぐに後悔した。
「血ノ主、と言っておきましょう」
「血ノ……主……!」
血ノ主という言葉に思い当たるのは一つしかない。
この街が造られた時から伝わるとされる伝承の一節にある。
『血ノ主〈あるじ〉、黒キ獣ニ乗リテ、空ヨリ舞イ降リ、邪ヲ滅シ、新タニ地ノ主〈しゅ〉トシテ治メン』
誰かが言葉にしていた。
そう、それだ。血ノ主。そして、黒キ獣。
「黒キ獣……まさか、貴方がが伝承の主〈しゅ〉……なのか?」
胸の高鳴りをダダンは感じた。
不覚にも考えてしまったのだ。
アウダウンを真の意味で救えるかもしれない算段を……。
しかし直ぐに頭を切り替えた。
今は目の前の事を考えるべきだ。余計な思考は失敗を育む。
「我々は何をすればいい?」
「物分かりが早くて助かります。私の合図で、そこにあるものを爆発させてください」
軍勢が来るまで、およそ1分。
視界には収まりきらない、攻め来る緑の魔物。
どんなことを要求されるかと思いきや、集めたものを爆発させるだけ。
何に使うのかは知らないが、それだけで救えると言うなら、やってやろうじゃないか。
「分かった」
ダダンは頷き、起爆スイッチを持つ兵士5人に指示を出す。
血のノ主からの指示は、「右から順に第一、第二、第三、第四、第五と爆発物を呼称する。爆発の師事を出すから、それぞれ応じてくれ」という至ってシンプルなものだ。
要は、自分が持つスイッチの名前が呼ばれたら押すだけでいい。
主<しゅ>は黒キ獣へと歩み寄り、獣は主<しゅ>に平伏し、斜めに体を傾けることで、自身にくくりつけられている深紅の剣を差し出した。
そして、血ノ主は漆黒の刀から、真っ赤に染められた深紅の剣に持ちかえ、爆発物よりも先に、最前線へと歩いていく。
「それじゃあ、行くわよ」
住民に緊張が走る。これが、救いとなるのか、はたまた救われると思った者への嘲笑なのか。
「第一、点火」
ーーーーーーーーーー
全ては思い通りに進んでいる。逆に上手く行きすぎえて怖いくらいだ。
街を守る兵士のリーダーらしき人物がやった爆薬を集めるのを作戦と言うなら、戦略と言うべきだろうか。
何故、明け方に街へ来たのか。恐れられている黒の館の者が来れば、混乱になることは分かっている。忍ぶのであれば夜が適解だろう。
街の人間は、私が来ることで動揺するかもしれないが、立ちはだかる困難を代わりに私が解決するならば、感謝の念を懐くことだろう。少なくとも追い出そうとするなんてことはないはずだ。
だがそれは、一般住民に限った話だ。
フレデリック街長とやらは、兵士からの話を聞く限り自分がナンバーワンで、他のことなんてどうでもいい、地位を脅かす輩がいるなら消し去る、そういった印象を抱いた。
不干渉協定の破棄も街長ではなく、あくまで兵士の統括長とやらによる認定だ。
この街の管理機構そのものがとは言わないまでも、少なくともフレデリックさんは私に対して良い印象をーーいや、ストレートにいこう、大嫌いなはずだ。殺したいほどに邪魔なはずだ。
自分が頂点のはずなのに、わけのわからないものが隣に居やがる……そう思ってるに違いない。
そう考えると、この協定破棄も難癖付けられて反故にされる可能性ありだ。色々でっち上げて、効力を取り戻す可能性だって十分にある。
しかし面白いことに、統括長が認めた協定破棄の書簡は街長と同等の権限を以てして書かれているわけで。つまり私の事が大っっっ嫌いなぁ?、フレデリックさんが! 私に街の出入りの許可を与えたということで。
そう、なるわよね……ふふ
折角OKサインを貰ったのだから、あとはこのサインを無効にされないように仕向ければ良いというだけの話。
一般住民の支持を多大に受けたなら、いくらアウダウン一の権力者であろうと、追放するようなことをすれば住民から反感を貰うことになる。そしてそれは枯れにとって避けるべきことだ。
だから目下に迫る軍勢を駆逐することで街を救い、住民からの支持を得るのだ。
救世主たるもの、見た目のインパクトも大事だ。
印象を良くするために普段着ている黒は止めて、白い、如何にも聖職者ですと装ったものにした。
そしてケルディの背には、この時のためにわざわざエンペラーの大剣をくくりつけてきた。
アウダウンに伝わる、1万の魔物の群れを葬り去ったものと同じ剣だ。
名を"炎王剣"という。
刃渡り1.5メートル、幅が包丁を思わせるように広い。
剣全体が深紅色であることが特徴だ。
そしてこの剣には特殊能力が備わっている。炎を吸収し、放出するのだ。
別に、先程のように"不動"で受けているように見せ掛けて超広範囲展開した<氷檻>でレーザーを反射させても良かったんだけれど。というか、反射させたレーザーで全滅させてもよかったんだけど、それでは面白くない。
わざわざ明け方に出向いてまで面倒なことをしたのだから、最後まで演じきりたいところだ。
明け方を選んだ理由は、順序の操作のためだ。
私が外へ出た場合、盛りに隠れている緑狼〈グリーンウルフ〉が出てくるだろうことは予想していた。
緑狼が私の排除を目的にしている(だろうという仮定。でもまず間違いない)なら、私が外に出るという今までにない行動をしたらどうだろうか。確実に何かをやらかすと考えるはずだ。そしてそれを阻止する方向に動くはずである。
察知しやすいためにも、わざわざ"ロード"というかなり魔力を食うものまで召喚もしたのだ。これで動き出さないなら森ごと燃やし尽くしてやったわ。
まさか1000もいるとは思わなかったけど、そこは結果オーライである。数が多いほど力の強大さを示せるから。
……話を戻そうか。
大勢の意見というのは基本的に正当化される。
私が街へ来て、そこへ緑狼の軍勢が来たらどうだろうか?
ほぼ間違いなく、「お前が緑狼を連れてきただろう」と住民が思うのは明白で、私がいくら貢献しようとも「自分の責任は自分で解決するのは当たり前」と、面倒事を持ってきた印象しか残らず追い出される。
だから印象を、「緑狼の軍勢から救ってくれた!ありがとう!」に変えたい。そうすれば順序を指摘するマイノリティは淘汰され、私が正当化される。
全員の前で敵を倒したいし、力を示したい。でも順序を操作したいので極力見られたくない。このことから、寝ているので気付かれず、しかし直ぐに気付いてもらえる住民が起きる直前が望ましかったというわけだ。
それと緑狼〈グリーンウルフ〉に関することも理由としてある。
緑狼は太陽光を葉緑体によって吸収、熱へとエネルギー変換しレーザーを発射している。
逆に言えば夜ではレーザーは発射出来ない。しかし夜にも撃ってきているのが事実。恐らく月からの太陽の反射光で変換しているか、昼間の分を蓄えているかだ。実際、今まで夜に2回以上発射しているのは見たことがなく、1発で終わっている。昼間には連発して撃ってくる。これらは、丸一日殺さずに実証したので信憑性は高い。
今回の戦略に当たっての要点は、私が呼び寄せたことを上手く誤魔化し、伝承の中で使われた"炎王剣"でぶっ殺す。
丁度爆発物を集めているみたいだし、折角なのでその炎も吸収し、「ありがとう! みんなのお陰で倒せたよ!」を演じ、"まるで皆で協力して達成した"と見せかけられればベストだろう。
最後に問題点……と言うには些細なことではあるが、今"ロード"を使って街に戻っている連中と、南の見張り兵が正しい順序を知っているということなんだが、これは先程の数の暴力でなんとかなるだろう。
危機感を煽るために、緑狼<グリーンウルフ>になんにんか殺させたのが少しばかり心苦しいところだが、まあいいでしょう。
さてさて、ギリギリ勝った感を出すことによって、圧倒的力という恐怖を取っ払うことに尽力しましょうか。
「うおおおおおおおお」
思ってる以上に苦労した。本当に疲れた。
街を覆う程のレーザーを斬る?馬鹿だろ。普通に飲まれるわ。
いつも通り氷の壁を展開してレーザーを防いだだけなので、「うおおおおおおおお」とか一切言う必要はない。力が拮抗して熱が出るとか全くない。あの熱は氷があるとどうしても冷気が出るので、体を発熱させ誤魔化し、その暑さに対して叫んでいただけ……何もないのに叫ぶとかさすがに無理だった。
さてさてさて。
お楽しみの時間と行こうか。住民共、よく見ておけ。今から伝承の再現の始まりだ。
「第一、点火」
起爆スイッチを押す。
スイッチと言っても片手で押せるような代物ではなく、空気入れのような、起爆台だ。接点から信号が送られ、地面を這う線を伝って爆発物へ。
ドッーー
爆炎が上がる。
鼓膜を揺るがす衝撃。
住民は揃って髪を頭の後ろへと流され、子供は大人になんとか支えられて立っていた。
目を疑うことに、今度はその髪が視界を奪った。
爆発によって10メートルも上がる炎が、生じた衝撃ごとメイディの元へと集っていった。
螺旋を描くようにして深紅の大剣へと集束されていく。
「第二、点火」
ドッーー
前方を見れば、視界を埋め尽くす緑。
顔を半分以上出した太陽が与えるのは、街にとっては今は朝日ではなく滅びのカウントダウンに近い。
太陽光が魔物のエネルギーとなり、それがアウダウンという街を焼き付くそうとするのだから。
その恐怖を打ち消すように、"炎王剣"が紅く紅く、燃え上がるような明るみを帯始める。
剣が炎を食らっているのだ。
「第三、点火」
ドッーー
魔物の目が、一瞬光った。
それは幻なんかではなく、見張り台に据え付けられている鐘を撃ち抜き、空気中に霧散した。
12目が分裂し、1つ目になったことで容量が減ったことでチャージに掛かる時間が短くなったのだろう。
だが撃ってきたのはかなり後方の魔物のため、正確にメイディを狙ったとしても仲間を数十近く殺した上で減衰して決して届くことはないだろう。
仮に届いたとして、メイディにはどうすることも出来た。
だから、動じることなく更に続ける。
「第四、点火」
ドッーー
その姿に、街の人たちも心を強く保つことが出来た。
鐘が熱で溶かされ、轟音を立てて地面に落ちようとも、12000の目が光を宿し初めても、そちらに注意を向ける者は一人も居なかった。
その視界に収めるのは、圧倒的緑と、紅を持った白だ。
「第五……点火」
ドッーー
最後の合図が、火を噴いた。
剣が紅を通り越して朱になり、そして白くなった。
"炎王剣"が持つ許容量を完全に満たした合図だった。
皆で集めた火薬類が、目の前に現れた救世主の力になったーー!!
「やっちまえええええ!!!」
誰かが叫んだのを切っ掛けに、一斉に思いが溢れ出した。
死ぬかもしれない。それが覆ると核心に湧いた声だ。
そんな中、メイディは冷静だった。
人々は知らない。彼らが集めた炎が"炎王剣"の容量の十分の一も充たしていないということを。
そのほとんどを補っているのが、メイディーブラッドが注ぐ魔力であることをーー
(無知というのも、幸せを運ぶことを初めて知ったよ。まあそれが、私の"幸せ"に繋がるのだからありがたいことではあるが)
腕に力を込める。
緑からレーザーが放たれる。12000の光の矢だ。
一本一本は細い。
だがそれが互いに合わさり、極光となる。
「はああああああああああああ!!!!」
ああ、なんて非生産的な叫びだろうか。
しかし人間というのはこういうものを好むらしかった。
戦略がより潤滑に進むのであれば、脚色というのも必要であろう。
1振り。
たった1振りだ。
1.5m×2×3.14=9.42m
その軌跡が、極光と、12000の魔物を襲う。
極光は一切の抵抗無く紅蓮の炎に呑まれた。
それは計算され尽くされた一振り。
一拍置いて、赤いが裂いた。
ずるりと、左の緑狼〈グリーンウルフ〉から血が滲み出す。切り離された上部分がその場に止まろうと、しかし下部分は前へと進もうとし、慣性の法則によって獣は自らズレを発声させていく。
炎に潜んだ斬撃が生んだズレが許容範囲を超えーー
軍勢から、真っ赤な華が咲いた。
華は互いに混じり合い、大きな血溜まりを形成した。
何故ブラッドという家名が付けられたのか。
それはエンペラー達先祖が、たった一人で軍隊を血の華に変えたことで人々がつけた異名である。
故にブラッドたるメイディも例外ではなく、12000の軍勢で血の華を咲かせた。
「アオオオオオオオオオン!!」
黒キ獣ーーケルディが勝利の雄叫びを上げ、人々が勝ったのだと、救われたのだと歓声を上げた。
太陽は完全に大地へと光を降り注いでいる。
夜と朝の狭間の出来事だった。
本日の20時頃、もう一本投稿予定です。